95.対須佐之男命戦 後半開始
VRMMOクローズドベータ版。ボス戦。
前半でボスのHPMPを削れたはいいが、基本的にボスが上空に浮いている後半戦である。時間を掛けたら自動回復されてしまう。
「しかしどうするアレ?」
「前はやって来なかったぞ、残りHPで行動が変化するやつか?」
今の所、上空に居るボスに届く攻撃が鉄人とソライロの連携スキルしかない。
にもかかわらず、多少のダメージだけでスキルを躱し、高高度から奇襲をかけてきたのである。
小春のスキルで見えているボスのHPMPを見ながらジオが言った。
「高度によってMPを消費するみたいです。残りHPとMPを天秤にかけたんじゃないかな?
術師の人に地道に削ってもらって……降りてきたところをボコるしかないかなと」
瞬が凪枯を見た。
「じゃあ降りてきたところを凪枯のスキルで捕まえてもらおうぜ」
「乗れるかなぁ……木が生えたらそれを利用する予定だったんだけど……」
心もとなそうに凪枯がボスを見上げた。
凪枯のスキルは敵の動きを封じる重力系である。効果範囲はほぼ足元だけと狭いが、当たれば八岐大蛇も止められる。
「私が放り投げたら届くんじゃないかな?!」
レイである。
八岐大蛇戦で赤裸裸を式神で放り投げ、届かせた実績がある。
「ああ、じゃあついでに。さっきケイを見て思い付いたんですけど……」
と、ジオが提案した。
拍手が響く。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【高御産巣日神 神集】
【建御名方神 鹿児弓】
術師の術の集中砲火。目くらましである。
配置に着いた一同が一斉に動く。
まずは加速した赤裸裸がレイの式神に乗った。
「バッチ来ーい!」
レイの気合とともに、レイの式神を踏切板の様にして赤裸裸と巨山羊が宙を舞う。
ボスは避ける様に動くが、逆方向からほぼ間髪入れずに瞬が跳んできた。
【二神連携 布都御霊剣】
「スキルなら届くだろ!」
天手力男のスキル持ちはレイだけである。しかし、そこで要のスキル、神集でコピー、ケイにペーストして式神踏切板二号とした。そこから瞬が跳んだのである。
これにはボスも一太刀食らったが、そこまでであった。空中では連続攻撃できない。
鷹もいくつか光線を放ち、最初は当たったがすぐに距離をとられ避けられた。
【二神連携 国造】
しかしそこに地上から飛んできた岩が当たった。
死角であろう箇所に、縁と翡翠の連携スキルがヒットしたのである。
間髪入れずに誰も居ないはずの空中から、声がした。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
ジョブスキルの隠形で姿を隠していた凪枯である。
凪枯は国造のスキルで出てくる岩に乗って上空に上がったのだ。
先ほど、広間でケイが国造のスキル効果範囲内に入り込んだのを見て、ジオが思い付いたのである。
【天津甕星 天津甕星】
凪枯がボスとともに地上に落ちてきた。
全員でここぞとばかり集中攻撃を掛ける。
凪枯を叩き落そうと暴れる尻尾と頭を前衛組が相手取った。
「後衛下がれ! 巻き込まれる!」
頭と尻尾の大暴れは完全に防ぐことはできそうにない。凪枯が吹き飛ばされないようにするので精一杯である。
しかし効いているようでボスが頭をもたげて口を開けた。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【天照大神 天照】
紫苑のスキルがボスの胴体に直撃する。胴だけは凪枯がしっかり押さえ込んでいた。
「天照めっちゃ強い……」
「このまま倒しきれるんじゃないか?」
その時、スキルが表示された。
【須佐之男命 悪神之音狭蝿如す皆満】
「は……?」
天詔琴と同じ、地鳴りのような重低音と空気が歪むようなエフェクト、そして空気を伝播する波に乗って道敷大神のような黒い炎の球が広がるように発生し、前衛を飲み込んだ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【神産巣日神 枳佐貝蛤貝母の乳汁】
楓の全体回復スキルである。
秀吾の防御スキルで楓が生存していたのであった。その秀吾はMPを消耗してへたり込んでいた。
「すみません! 使っちゃいました! リキャストタイムに入ります!」
楓が叫ぶ。
近くに居たサラと小春が楓と秀吾のMPを回復する。
「今のはマジで仕方ない」
「ナイス判断!」
突然の広範囲大ダメージ攻撃。HP勾玉を割って死亡を免れたものの、瀕死で行動不能だったプレイヤーも少なくない。追撃を受けたら全滅必至であった。
「むしろ楓さん! ごめん!」
間一髪、ボスの体当たりを数人で弾きながら、前衛組が声を掛ける。
ボスはそのまま前衛を振り切って上空に上がる。仕切り直しである。
そのタイミングで要が拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【高御産巣日神 神集】
「後衛みんな集まってください!」
要が後衛組にかけたのはサラのスキル。周囲のプレイヤーの自動回復力増強。
集団で一か所に集まる都合上、これ以上に有効なタイミングはない。
ケイが戻ってきた。瞬を飛ばした地点からボスの落下地点を避けて後衛組に合流しようとしたらボスのスキルで吹き飛ばされたのである。
戻って来たケイがジオに聞く。
「今のが例の極大攻撃?」
「いや違う、今のは……」
ジオが言い終わる前に上空のボスの頭上に、炎が大きく弧を描いた。
その真ん中に真上に立ち上がる細い炎。全体としてみれば炎の弓矢である。
【須佐之男命 鳴鏑】
花火が撃ち上がるような高音が長く尾を引く。
「来た! ここでかよ!」
「多分一定時間猶予後の広範囲大ダメージ攻撃」
シアタールームの作戦会議での一幕である。
ほぼ確実に来るボスの極大攻撃の対策案は話し合われていた。
「いっそボスエリアではバラバラになるか?」
「逃げ場のない広範囲攻撃だったらどうする?」
「バラバラに行動したらまともにダメージ与えられないんじゃないかな。布都御霊コンビとか大ダメージスキルの持ちの人は遊撃でもいいかもしれないけど」
しかし瞬達が否定する。
「布都御霊剣当たんないんだよ。黄泉津大神の大雷は届いたのに」
「上空に居るというのもありますが、結構機敏なんで避けるんですよね」
同意するように紫苑が付け足す。
「天照も避けられたぞ」
「ええ……どうやってダメージ与えるんだ……」
およその懸念が出揃ったところで鉄人がざっとまとめた。
「とにかく全員一緒に動く前提にしよう。その上での極大攻撃の攻略だ。
ジオの八意思兼で攻撃範囲を確認してもらって、騎獣持ちに分乗して一番近い範囲外まで逃げる……とか」
「範囲が分かんない上に大国主のネズミの件がある。逃げ切れる設定かは分かんないぞ」
ジオがそれに異を唱えた、というより別の懸念を表した。そして提案する。
「だからMP多めの後衛組は縁さんを中心にして秀吾さんの青柴垣に神産巣日掛けてMP消費を分散してもらって耐え切る」
「……ジオ、えげつない事考え付くな……ほぼ鉄壁じゃねーかそれ」
青柴垣はMPがある限り耐え切る防御スキルである。周囲の人のMPを分けてもらう形。実質無尽蔵である。
「いや、それでもどう転ぶか分かんない。大雷みたいなのだったら耐えきれなそうだし。連続する即死技とかだったりしたら……」
影助達の初戦で秀吾のスキルが破壊されていた。
「あ~……即死技だとMP半分ガッツリ削られるんだっけ……」
「だから初見突破目指すなら攻撃範囲外に逃げる回避メンバーと、青柴垣で耐える防御メンバーに分けるのも手かも」
「そうなると防御勢と回避勢、どっちが生存してもいいように回復役は分かれてもらった方がいいな。
スキルの都合上、防御勢に縁さん楓さんが残るのはほぼ確定だから……翡翠さんと……来てくれるならサラさん小春さんか」
「私らは竜型戦からは参加するぞ!」
「サラさんは回復力増強スキルがあるから出来れば防御勢に残ってほしい所だけど」
サラが頷く。
「そうなると回避勢は翡翠さん小春か。騎獣が要るな。誰が出す?」
「式神使いはMP多いから防御勢に参加してほしい。そこでお使いに出した式神がダメージ受けてMP喪失とかは避けたい」
「付いて行くなら騎士だろうな。ジョブ特性で一番基本MP少ないから、防御に参加するメンバーだけ決めて消去法」
「攻撃範囲を確認して最短ルートで範囲外に逃げるのが一番いいんだがその暇があるかどうか……」
「状況に寄るかな。木が生えてなくて攻撃範囲が見渡せないとかありそうだし。その時はバラバラの方向に向かった方がいい」
そういった方向でおよその対策は立てられた。
「来た!」
そして現在、作戦を実行する段である。
「鹿毛坊! 翡翠さんを!」
「豪登! 離脱します小春さんを!」
騎士と薬師。四人を乗せて、馬と山羊の騎獣は正反対の方向に走る。
安全なエリアが分からない以上バラバラに逃げる方針である。
「縁さんは……! ……え?! それって?」
ジオは縁を探す。と、見つけた相手に驚いた。
白いネズミの直毘神が一緒に居たのである。
「えっと……さっき凪枯さんを飛ばした国造のスキルに巻き込んじゃったみたいで……」
「流石というか……」
妙な引きの強さに定評のある縁である。