94.対須佐之男命戦 中盤
VRMMOクローズドベータ版。ボス戦。
ダメージの嵩んだ鬼型ボスが想定以上に強化されてしまっている。それ以前に有利なスキルを持っているメンバーを的確に戦闘不能にされている。
要は秀吾が防御スキルを使おうとするのが見えた。
秀吾は今、MPを消耗していて下手にスキルを使う余裕はないはずである。
ここでスキルで防御する必要があるとすれば遠距離攻撃だが、今ボスが持っているのは弓ではない。
よって、秀吾は天詔琴の地震攻撃が来ると判断したはずである。
この間の思考は一秒に満たなかった。そこまで結論付けて要は秀吾とほぼ同時に拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
要のスキル、還矢は受けた人のダメージをHP割合で相手に返すもの。
そして天詔琴は距離に半比例するダメージを与える範囲攻撃である。
つまり今居る中で一番大ダメージを受けるであろうプレイヤーに掛けるのが最適解となる。
ボスの至近距離に居る、かつ、ダメージをあまり受けておらずHPと防御力の低いジョブとなる。
【高御産巣日神 還矢】
「へ?!」
八十禍の群れに追われて柱の影から飛び出して来たケイが、突然掛けられたスキルに目を丸くした。
ケイも無策で走り回っているわけではない。近いとは言ってもボスからはやや離れた位置、全力で逃げれば対応できる位置である。
「みんな下がれ!」
ボスの予備動作に気付いて前衛組から声が上がる。
そうした状況でケイがとった行動は、ボスに向かって突撃。
至近距離でわざと致死ダメージを受ける。道連れである。
周囲の敵を一掃する前提で動いているせいか、ボスがケイを迎撃に動くことはなかった。間近まで近づいたところでケイがシキを消す。
【須佐之男命 天詔琴】
【事代主神 青柴垣】
「っ!」
防御スキルに守られた後衛や距離をとった前衛とは別に、至近距離で衝撃波をまともに食らってケイが吹き飛ぶ。と、同時に紐が弾け千切れるような音が響き、揺れが止まった。
ボスは手元の壊れた弦を見るようなそぶりを見せると、例によって比礼を振って広間内の八十禍を追い出し、消えた。
ボスの居た場所に黒火鳥居が出現している。
「……天詔琴って破壊可能オブジェクトなの……??」
還矢がまともに決まるとボスも一撃で倒せる。そのため、運営はあの手この手で一撃死を回避させる方策をとっている。
今回はケイの相打ちダメージをボスの持ち物が壊れる形で相殺された様である。
そのケイは当然HP0。意図的に至近距離で食らったので当然ではある。
「神集で青柴垣コピって守ってくれてもよかったのに……」
回復中のケイがぼやいた。
「青柴垣は防御バフじゃなくて設置型スキルなので神集でコピーできないんですよ」
あっさりと正当な理由で秀吾と要に否定される。
「まぁ尊い犠牲だったぞ。あのままだったら全員消耗しただろうし」
とジオが慰めにならない事を言う。
ボスが時間制限で撤退するまでにはまだ時間があった。
あのペースで消耗したら何かしら後半に響いていた可能性が高い。
そう、今回のボスは特定の条件で最初の戦闘が終了する二連戦構成、黒火鳥居をくぐったら竜型の登場である。
所々に岩が点在し、丈の高い枯れ草が茂る。
普段は暗雲が立ち込め、風が吹いているが、今は紫苑のスキルの効果で快晴である。逆に青空を飛ぶ巨大な竜型ボスの姿がはっきり見えるのはかなりの威圧感であった。
開幕早々、ボスが口を開けた。今までにない動作に警戒が走る。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【思兼神 八意思兼】
【事代主神 青柴垣】
ジオがスキルで攻撃範囲を確認し、はっきりとした広範囲攻撃を認めた。秀吾が防御スキルを用意する。
およそ十秒経っただろうか、何事も起こらない。
ボスはまた口を閉じた。
「???」
「スキルキャンセル??」
何はともあれ、まずはサラと小春を連れてこなければならない。
ケイとソライロは二人でボスエリアを走っていた。ケイは少し離れて頭上を警戒している。
「えっと……」
ソライロはケイのスキルと地形を見比べる。そして岩の裏に緑火鳥居を見つけた。
「ありました! 小春さんたち連れてきます! 頑張ってください!」
「おう! とりあえずここは全滅しないように頑張る」
ソライロを見送って、ボスのスキル攻撃を警戒する。
頭上の竜の頭を見上げたが、即座に背後に気配を感じてシキに横っ飛びに飛んでもらう。
ケイが居た場所を竜の後ろ脚が掻いて、再び上空に上がって行った。
巨体なせいで全体が視野に入らず、どこから攻撃が来るか分からない。
何でケイがちょっかいを出されるかといえば、恐らく猿田彦神のスキルの火の玉が目立っているからである。
ケイは警戒を続けながら、周囲のメンバーを確認した。
スキルに表示される炎が味方の位置を示している。位置取りから察するに、他の皆は周囲から緑火鳥居を確認しているはずである。本当にいざという時は逃げ込む予定だが、その予定はまだ先である。
【崩彦神 尽に天の下の事を知る】
小春のスキルが表示された。
「早! やっぱ早いな道敷大神」
ソライロのスキルは間に合った様である。
しかしケイのスキルの表示を見るに、かなり味方陣から遠くに居る。
事前の打ち合わせ通り、ケイは迎えに走った。
小春の姿を認めた所でボスの標的にならないようにスキルの炎を消す。
ボスのHPMPを見ながら小春が声をかけて来た。
「ずいぶん減ってるな。そろそろ奥の手使って来る頃じゃないか?」
「怖い事言うな」
ボスの奥の手は広範囲の大ダメージ攻撃と想定されている。
「ケイさん、さっきぶりです。貫名さんに回復薬補充してもらいました」
サラとソライロも到着していた。ソライロはスキルの都合でMP回復薬を使っているが、動けはする様である。
「今、皆で緑火鳥居周辺に布陣してる」
「オッケー!」
小春がケイの話を聞くなりシキに飛び乗って来た。
「お前かよ」
「サラのが良かった?」
「そういうわけじゃないけど」
何か小春だと図々しい気がするだけである。
「ソライロさん回復したいから、私はギンに乗せてもらうよ」
サラのスキルは近距離に居る人のHPMP自動回復量上昇である。そういう理由で分乗が決まった。
皆に合流して早々、小春が軽口を叩く。
「おいお~い、何ちんたらやってんでぃ。ボス回復しちゃうぜ」
「だからソライロ待ってたんだよ」
鉄人が返事をすると同時に二人の拍手が響く。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』
二神連携」
【二神連携 瑞穂の祖神】
巨大水竜巻がボスの巨体の一部を巻き込んだ。
「よし!」
複数名の拍手が響く、まずは動きを鈍らせた所で遠距離から集中攻撃する作戦であった。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
「!? 待って!」
次の瞬間、全員が呆気にとられる。
ボスが竜巻の勢いに乗って上空に吹き飛んでいった。むしろ昇り竜の貫禄である。
「えええ???」
「吹っ飛んでっちゃった……」
いや、とジオは思い出した。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【思兼神 八意思兼】
即座に周辺一帯が攻撃範囲に入っているのが見える。
「まだだ! 来る!」
【事代主神 青柴垣】
秀吾が防御スキルを発動する。
猛烈な突風。ダウンバーストもかくやという風が発生したのはボスが落下してきたからである。
ボスはそのまま上空に上がって行った。プレイヤーとしてはそれ以上追撃を受けるのは免れたとも言える。
「いやそんなんありか?」
間一髪で突風を免れたプレイヤーが肩で息をする。
「そういや八岐大蛇も何の予告もなく降って来たんだった……」
加えて言えば先ほどの鬼型戦でも瑞穂の祖神のスキルを利用して柱を飛び回っていた。
鉄人とソライロも防御スキルに駆け込んだので瑞穂の祖神のスキルは解けた。
上空を悠々と飛ぶ竜を見上げながらさてどうするかと思案する。