93.対須佐之男命戦 前半
VRMMOクローズドベータ版。ボス戦。
毒持ちの敵が壁際に無限湧きする中、即死攻撃を持っている上にどんどん強化されるボスに対応しないといけない状況である。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【建御名方神 鹿児弓】
アンが必中効果を周囲に付与する。
前衛と比べて一撃一撃は弱いものの、追尾弾はボスの注意を逸らすのに効果を発揮する。
あわせて無限湧きする八十禍にも対応しているが、焼け石に水である。ケイが八十禍の動きを制止しようと試みる。
「臨!兵!闘! うわ!」
ケイがボスに切りかかられた。
ボスの一刀を受け止めたのは瞬である。
しかし次には弾かれた瞬が、八十禍の山に突っ込んだ。
「っこの……」
右腕と左足に麻痺毒を食らって這うように転がり出てきた。このままではいい標的である。
「ロク! 瞬を救助!」
騎獣に救出を任せ、鷹がボスを相手取る。徒士と忍者もボスの周囲を囲んでお互いにフォローに入っている。
「だぁー! 速い! 捉え切れない!」
徒士と忍者がつかず離れず攻撃を加えるが、まともに当たらなくなってきている。騎士はほとんど防戦一方である。
「ボス、攻撃力まで上がってないか?」
「多分初速が上がってるんで攻撃力に上乗せされてる。これ以上ダメージ与えると手が付けられなくなるぞ」
「既に手が付けられないんだが」
須佐之男命鬼型。ダメージにより強化されるタイプのボスと考えられている。
前半で全体攻撃に巻き込むなど上手く攻撃がはまったのが仇になり、早くもボスの速度が対応しきれないぐらいになりつつある。
「とにかく落とされなければ何とか立て直せる! はず!」
「後は耐えれば何とかなる! 時間経過イベなんだから!」
ボスへの牽制と毒を受けた味方の救助、周りの八十禍を減らすのとで人手が分かれているのも良くない。
本来は鉄人、ソライロの連携スキルでボスと八十禍は押さえ込めたはずであった。
ソライロのMPが尽きたのが痛いほど効いてきている。
八十禍は鉄人が止めている。しかし小山になるほどの群れの傍で平静に戦うのは難しい。体が傾いだらアウト。心理的には足場の狭い高所で戦うようなものである。
「レイさん!」
レイが戦闘の余波でバランスを崩した。軽く接触した群れに毒をもらったらしい。HPが減っていくのが見える。
「あう!」
レイが脱出しようとしたところで転んだ。足にも麻痺毒を食らった様である。
幸い、そのままシューティングスターに咥えられて八十禍の群れから離脱する。
「回復を……うひゃ!」
シキに乗った翡翠が回復しようと近づいたところでボスの矢が飛んできた。そこを弾いたのは要である。
「下がってください! 守り切れません!」
幸いジオと紫苑が背後から奇襲をかけたので、ボスの注意が別方向に逸れる。
縁が術で援護し、翡翠とレイは後方に離脱した。
翡翠は早速レイに回復を施す。
しかしその拍子に今度は影助が投げ飛ばされて八十禍の群れから毒を食らったようである。キリが無い。
「くっそ、そんなデバフ撒きありかよ……!」
鉄人が歯噛みする。
ソライロが鉄人に声をかけた。
「鉄人さん! 連携使いましょう!」
「いや、ソライロまだ全然回復してないだろうが。薬使ったならせめて半分まで回復してからにするべきだ」
このゲーム、回復薬を使ってもHPMPは重傷ほど回復が遅くなる仕組みである。この戦闘はボスにつられてペースが速く、まだ数分も経っていない。
ソライロはあれから回復薬を二つ使っているが、MPは四分の一も回復していない。未だに行動制限が出るぐらいの大ダメージである。
「長丁場だからここで回復薬大量消費するのもまずい。既に予定の量使っちゃってる。サラと小春が補充する分でも足りなくなる」
「でもどうするんですか? 鉄人さんだってMP少ないし……広間の八十禍を放っておいたらもっと全員が消耗しますよ」
ソライロの言うのも尤もである。
「じゃあ俺が囮やる!」
そう言ったケイが周囲に尋ねる。
「……とりあえず鉄人が空けば骸骨は一掃できるし……毒持ちだけ倒せればいいんだよな……? 縁さん、翡翠さん、連携使う余裕ある?」
「僕はHP回復と術を撃ってるだけなのでいけます」
「前衛組がこっち来たら回復しないといけないけど。今あっちに行っても足手まといだしね。今だけならできるよ」
ケイがやりたい事に気付いた鉄人が口を挟んだ。
「それなら俺が今スキル解いてここでやればいいだろ」
「避難所に障害物できたら見晴らし悪くて危ないだろ。端は八十禍来るから避難所は真ん中のここしかないし。特にボスはかなりアクロバットな動きしてくるし」
柱の間を飛び回り、障害物が無くてもプレイヤーを翻弄してきたばかりである。
ソライロが提案した。
「道標と瑞穂の祖神への走性、八十禍がどっちを優先するか分かりません。何度かアップデートありましたから。
最初に一掃だけさせてください」
ケイがシキに乗って飛び出した。
「一瞬だけ使う! 前衛! 上手く対応してくれ!」
鉄人の号令で前衛組が察する。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』
二神連携!」
【二神連携 瑞穂の祖神】
壁際に居た八十禍が水竜巻に引き込まれ次々と撃破される。
ボスも足をとられて動きが鈍り。集中攻撃が当たってよろめく。しかし一撃必殺は食らってくれない様だ。
「これ以上ボスのHP減らしたら攻撃激化しないか?」
「どのみち現時点で手が付けられないんだから倒せるほうに賭けます!」
ソライロの回復を待つのもあり、スキルはすぐさま解除された。
シキに乗って飛び出したケイは拍手を打っていた。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【猿田彦神 道標】
通常の敵であればケイのスキルに寄って来る。狙い通り、広間内に新しく入って来た八十禍が一斉にケイを追って来た。
たまに前衛後衛問わず八十禍の進行方向と搗ち合いそうになっているが、標的がケイに向いているのもあって、うまく避けている。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【伊邪那岐命 祓戸大神】
鉄人のスキルで、壁際からゆっくり向かってくる骸骨型の八十禍が一掃される。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』
二神連携!」
【二神連携 国造】
縁達の連携スキルがケイの足元で炸裂する。ケイを追っていた八十禍が噴き上がる大岩に巻き込まれ消えた。
「大丈夫って絵面じゃないんだけど大丈夫なんだよね??」
「味方攻撃ないから心配しなくて大丈夫、なはずです……」
天井に当たって粉砕された岩が降って来ても、上昇していく岩をぴょんぴょん飛び回っても、ケイもシキも涼しい顔である。
ケイは国造である程度数を減らしたのを見ると、再び八十禍を集めるべく走って行った。
秀吾はボスの動向を注意深く観察していた。
ボスの攻撃でMPが完全に枯渇した影響で、秀吾のMPはまだ半分ほども回復していない。行動制限で未だに歩くのも難儀するダメージ量。防御スキルを展開していたらあっという間に尽きてしまう。
防げるとしたら勝負は一瞬。タイミングを計るのみである。
なぜボスはスキルを使ってこないのか。
恐らくは後半戦の為のMP節約か、又はMPダメージによる行動制限で戦闘終了しないように設定されているのか。
表示されていない以上、ボスのMPは推し量るしかないが、回復したら使ってこない保証もない。
予兆に気付いたのはほぼ無意識だった。
言語化するならボスの左腕からわずかに力が抜けたのが見えた。乱戦の最中の事である。




