91.嵐の前の一段落
VRMMOクローズドベータ版。ボス戦。
というよりボス手前の大回廊、蜂型八十禍の群れが突如荒れ出した。
今、蜂の八十禍は暴風に巻き込まれて飛べなくなっている。しかし地上の百足型も顎を鳴らし、風が止んだら突っ込んでくるであろう、臨戦態勢である。
「申し訳ありません。うかつでした。八十禍が木の中に隠れているとは……」
「こっちも思わず瑞穂の祖神使っちゃったけど、これ解いたら広範囲の敵が一斉に襲って来るよなぁ……まずったごめん」
要がケイのスキルの火の玉を探そうと上に上がる時に、木の中に居る八十禍に気付かず踏んづけたのであった。
現在、動き出した八十禍は鉄人のスキルで止めているが、ここでMPを大きく消耗するのも困る。特に鉄人は前衛職の為、スキルの消耗に対してMPが少ない。
空が晴れているという事は紫苑達が到着しているのは分かるが、殲滅力はそこまでないメンバーである。
鉄人達は味方に過剰な期待を掛けてはいけないと判断した。
「とりあえず敵を減らしてきましょう」
秀吾は地道に敵を減らしていくことを提案する。
「鉄人さん。少し周囲の敵が減ったら代わってください。僕が防壁張ります」
鉄人はスキル使用中は動けない。しかしこの中で一番攻撃力があるのは鉄人である。
「要さんレイさんも、できれば手近な敵を削って行ってください」
「分かりました」
要は近い敵からサクサクと切り捨てていく。直接攻撃向きのスキルは無いが、攻撃力は騎士に次ぐ徒士である。
レイも式神の射程に任せて動かない八十禍を削っていく。一体一体はそこまで強くないのだが、何せ大軍である。
秀吾自身も負担にならない程度に術を飛ばして見える範囲の遠くの敵を削った。
周りの八十禍が減ったのを見て、秀吾が拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き……」
その時、上の階から声が掛かった。
「鉄人さん!」
「ソライロ! 着いてたのか! キリが無いから連携頼む!」
「了解です」
すぐさま鉄人に合わせてソライロが拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
「二神連携!」
【二神連携 瑞穂の祖神】
今度こそ現れた暴風は草木を揺らし、水を巻き込んで全ての敵を粉砕していく。
「よし終わった!」
あっさりと八十禍の大軍は消滅した。
こっちに向かおうとしていたであろう敵も巻き込んで消えたようである。
「やっぱここと相性がいいのは全体攻撃だよな」
瞬が手すりに頬杖をついた。
合流した三組はせっかくだからということで、薬師の翡翠を中心にして、八十禍が居なくなった木からアイテム収集である。
「あ、葉っぱの形からもしかしてと思ったけど、レアだ」
「もしかして意富加牟豆美命とかですか?」
「かもね」
あの世の近所にあるらしいと伝えられる桃。微妙に反応に困る。
そんなこんなで残りの縁と赤裸裸達の合流を待ってボス攻略開始である。
「素戔嗚、待たされすぎてキレてそう」
「その内に侵入して一定時間たつと出張ってきたりするようになるんですかね」
暗い水面の様なエリア、左右に並ぶ灯の間を進みながら他愛のない会話をするケイとソライロ。
「どうだろ? 鬼型の退場条件が『戦闘開始から一定時間経過する』か『ボスが状態異常などの特定の状態になる』だろ?
それだと回廊まで出て来たら全力鬼ごっこして時間まで誰かが逃げ切ればいいから、プレイヤーに有利になるんじゃないか?」
横からジオが会話に入って来た。
「そうか? 紫苑か影助落とされるだけで大苦戦しそうだぞ? 不意打ちで主力が落とされたら竜型戦で苦戦するだろうし」
紫苑が居なければ回廊以外は夜の暗さである。
影助が居ないとあちこちに潜んだ八十禍に襲われる事になる。
「……確かに対策無しだと相当厳しいか……」
典型的な非対称おにごっこゲーム。ちょっとしたパニックホラーになり得る。