90.嵐の前
VRMMOクローズドベータ版。ボス戦。
今回のボスは再戦のたびに回廊からやり直しである。毎回出直すたびにダンジョン内から回廊、鬼型、竜型の攻略手順である。
一方で誰かが竜型と戦っている間なら回廊を飛び越えて竜型のボス戦に乱入できる。
つまり厄介な回廊を避けるなら、竜型との戦闘が始まったらソライロが緑火鳥居で抜けて町で待機するメンバーを呼べばいいわけである。
何度か挑戦する間に、竜型に挑むと同時にソライロが連れてくる戦法で小春とサラも参戦。
幸いな事に同一ボスという扱いではあるらしく、鬼型も含めボスのスキルも表示されるようになった。しかし。
シアタールーム。兼作戦会議室。
ダンジョン内の記録、レコードを再生しながらボス対策を話し合っている所である。
【須佐之男命 生太刀】
「生大刀っつーか生きを絶つって感じだな」
親父ギャグとも真面目ともつかない貫名のコメントに、ケイが返す。
「実際即死攻撃みたいだし」
剣と弓は鬼型ボスの基本攻撃であるが、スキル名が表示された場合はわずかな溜が入り即死攻撃に変わるようであった。
レコードではHP満タンの赤裸裸が一撃で倒されている。
シアタールームの向こうの机では、また別の事が話し合われている。
「この広間になだれ込んでくる八十禍、夜の食国効かないのか?」
「どうも広間と外は別空間扱いらしくて、広間に入った瞬間止まりはするんだけど、後ろから押されて静止が解けるっぽい」
「そんな玉突き事故みたいな夜の食国対策ある??」
紫苑と影助を交えた鉄人達である。
「じゃあ、からくり長鳴鶏とかは?」
「貫名さーん」
「えー、あれ在庫切れだし簡単に作れねーぞ?」
別の机ではボス戦のレコードを確認していた鷹がぽつりと言いだした。
「これプロト生木っぽい……」
「え? 人間の反応速度越えてるってこと?!」
生木AI。VRゲーム用高性能対人戦闘AIである。
「かもしれないってだけですが……前に不正行為者が使ってたオートパイロットの反応タイミングに近い気がします。
プロト生木をゲームのNPCに使う事自体は不正でもなんでもなくて、普通はプレイヤーが勝てなくなっちゃうから改を使うんです。
でもこの鬼型をクリアする条件。基本的に一定の時間耐えきる事っぽいんですよ」
複数開かれているいくつかのレコードの画面では広間への入場からほぼ同じ時間で戦闘が終了している。
「もう一つの退場条件は、おそらくボスに状態異常などが発生する事だと思います。
HPが一定以上を切って行動制限が発生した時も鬼型戦が終了する可能性はありますが、まだそこまで追い詰めた事は無いので未検証です」
「あー……じゃあ初戦はほんとに運が良かったんだな……」
瞬が呟いた。
初戦で偶然、建御雷のスキルがボスに感電の状態異常を発生させたのである。
「で、そういうボスって大抵時間経過か残りHPで難易度が変化するんです。
生木AIは疑似五感以外の情報の後付けや能力の急変動で不具合を起こしがちなので信じがたいですが、このボスは恐らく残りHPで難易度が変化するタイプ。
深追いしないで時間制限一杯まで粘れば鬼型とはそんなにダメージ受けないで戦えます」
鷹の説明に付け足すように、ケイが渋い顔で貫名に説明する。
「でも竜型に連続ダメージ与えるの難しいから、鬼型で出来るだけダメージ稼ぎたいって話になったんだ」
そう、検証の結果、鬼型の時に与えたダメージは後半に影響するようなのである。
空に浮かぶ竜型にダメージを与えるのが難しいので鬼型の時点でダメージを与えようとしているわけだが、鷹の見立てによれば鬼型はダメージを与えるほど手強くなるらしいのである。
「つまりこちらが深手を負わないペース配分が肝か、下手に追い詰めるのは鬼門ってわけだな?」
貫名が多分肝と鬼門を掛けたが、スルーである。
「あまりダメージを与えると竜型が初手でスキル使って来るとかもありそうだし……」
「皆! 絶対に私ら呼んだ直後に一瞬で壊滅するなよ!? マジで頼むからな!?」
全滅したタイミングでボスエリアに移動すると回廊毒虫エリア直行である。当然小春は必死であった。
ちなみに小春は鬼型の画面は見れていない。ボスの広間に百足がうじゃうじゃ居るからである。
「ちょくちょく呼んでるけど大丈夫だったろ」
「それをフラグって言うんだよ!」
今の所ソライロだけ戻って町から小春とサラをボスエリアに直行させる作戦は成功している。
「竜型でいきなり全滅って可能性は少ないだろ、大抵は回廊と鬼型のエリアで合流して大所帯になるから」
「状況にもよるけど、鬼型を通る分には安定するようになってきたもんな」
「そういえば今回のボス戦、生還率高いね」
サラが気付いたように言う。
「……敵に毒攻撃のあるやつが多いから、ボス挑戦組のほとんどが比礼を持ってる」
「ああ……なるほど……」
特定の敵を避けるアイテム、比礼。必要素材が多く、店でも高騰している。そしてペナルティ無効スキルがないと、やられたらアイテムがロストする。
「そんなわけで竜型は深追いせずに脱出優先してる」
人数が揃わないというのもあるが、アイテムロストしたくないという事情で全体的にいつもより慎重に進んでいるのもボス戦の検証が捗らない原因であった。
「でも比礼持ってるとアイテム枠圧迫されるんだよな……」
「もう比礼置いてっちまっていいんじゃねえの? レコード見る限りは慣れたせいかひでぇ囲まれ方もしてないみたいだしよ」
貫名がここぞとばかり比礼とひでぇを掛けたが、スルーである。
しかし確かに蛇蜂百足の三種類をそろえているプレイヤーは少なく、数人でまとまって行動している回廊ならともかく、言われてみればボスとの乱戦では焼け石に水であった。
ボスエリア。晴れ。地平線に月が見える。
回廊の脇の庭、花や緑が咲き、その池の水面の下にも縦横無尽に回廊が伸び、庭園が広がっている。
現在ケイ達はボスの居る真っ黒い空間を見ながら庭園最上階でピクニック状態である。
のどかにみえるが本腰を入れたボス攻略である。
暗闇の中に大量の八十禍が潜む回廊を安全に通過するため、先行して影助のスキルで敵を静止し、紫苑のスキルでエリアを明るくしている所である。
ケイが自分のスキルに火の粉が降り始めたのに気付く。火の粉は味方の位置を表している。
「誰か来たっぽい……迎えに行く?」
翡翠がケイを止めた。
「ケイさんがここに居ないと、皆が集合場所分かんなくて回廊をウロウロする事になるよ」
「そういやそっかぁ……」
ケイのスキル。頭上に煌々と火の玉が輝いている。
ケイ、影助、紫苑、翡翠、アン、ソライロ、凪枯で一足先にボスエリアに到着し、皆を待っている所であった。
何でこんな半端な人数かというと、ダンジョンに入る時はケイ、影助、紫苑のパーティーにサラが入っていたのである。
ケイとサラの連携スキルでボスと味方の位置を表示した後、サラには蛇の山を避けるために一旦帰ってもらったのであった。
味方の表示を頼りに途中で合流したのが翡翠、アン、ソライロ、凪枯のパーティーである。
あまり戦闘特化のメンバーではないが、ここのボスは一定範囲に踏み込まなければ攻撃してこない。
よって、他のパーティーが来るまでのんびりピクニック状態である。
「怖い話でもしよっか」
暇つぶしか、翡翠が誰ともなく声をかける。
「あの木の枝にもアイテムのアイコンがあるんだけどさ」
薬師のジョブはダンジョン内で採取できるアイテムがアイコンの形で見えるのである。
「よく見たら木に八十禍がびっしりしてたんでやめた」
他の五人が一斉に木を振り返る。アンは敵の位置が分かるので「あ、言っといた方がよかったですか?」という顔である。
「うわ……っ! マジだ……!!
夜中あんなに居た八十禍、どこに居るのかと思ったら……!」
「これ、突いたらここに居るメンバーじゃ対応できないだろ……九字印で止めとく?」
「他の皆にも共有しといた方がいいな……」
そんな時に後ろから声がした。
「お、居た居た」
「やっぱケイが居る所が一番速いな」
瞬、鷹、ジオ、楓である。
「攻撃組来た!」
「今めっちゃ心細かった!」
「??? どうした?」
ケイ達が木の事を伝えると、四人も改めて木を確認してうわ、という顔をしていた。
「逆に言うと、庭の木を触らなきゃある程度は大丈夫なのか?」
「でも最初の時、ジオ廊下に隠れてた骸骨にやられてたじゃん。
今は影助のスキルが効いてるけど、普通は近付いたら動き出すんじゃね?」
「それもそうか」
と、そんなことを話していたら遠くの方で黒雲のようなものが上がった。
蜂の八十禍の群れである。
「げ」
「もしかして誰か触ったのか?」
「応援に行った方がいいな」
ケイのスキルを頼りに現場に向かう。