9.出口
純和風(?)VRMMOベータテスト。
ダンジョン一層、1エリア目。丈は高いが草地が多く、明るく見通しの良いエリアである。
遠くに富士山っぽい山を望みつつ、その鳥居は林の中にあった。
サラリーマンとスケボー少年とエルフと大正袴の四人がその前に立っていた。
「ここが帰還路ですね」
鳥居に緑の火が灯っていて、町の風景が見える。
「なるほど、こんな風になってるんですね」
エルフの縁と大正袴の要が初めて見た帰還用ワープゾーンを眺めて納得している。
ケイは裏に回っても町の風景が見えるのを確認していた。
この緑の火の鳥居をくぐれば、安全に町まで戻れる。
「では、この帰還路を中心に、要さんの能力を検証していきます」
要のスキルは味方に掛ける、いわゆる一時強化であり、名前は『還矢』である。
ジオはカウンター系と考えている。
なので『還矢』を着けるメンバーは、ケイの予定である。
ケイ自身のスキルの影響で、真っ先に敵のターゲットとなるからだ。
「でも俺、さっきから攻撃されてないんだけど……」
今も近づく前に禍神を倒したところである。
そもそも四人全員、攻撃を食らっていない。
ジオと要は回避するし、縁は遠距離攻撃である。
「あー、そうだな。じゃあ今度敵が来たら体当たりして?」
「テキトーだなおい」
しかしそれから数分。あれだけ寄って来ていた敵が来ない。
「……狩り尽しちゃったんでしょうか……?」
不安げな要である。
「実はエリア内の敵のリスポーン条件がよく分かってないんですよ……まさか歩数とかじゃないと思うんですけど……」
「なあなあ、歩くんだったらこの火の所も見てみたい」
ケイが自分の頭上の側に浮かぶ、スキルの黄色い火を指差した。
「黄色い火の鳥居はエリア移動用だな。行ってみるか?」
着いた先は緑火の鳥居とほとんど同じ、ただし黄色い炎が灯っていて、鳥居の向こうに見える景色は相変わらずの平地と林である。
ジオが解説する。
「ここから隣接エリアに行けるんだ。同じ一階層だからそんなに危険でもないと思うが」
「じゃあちょっと行ってみようぜ」
「あ! ちょっと待て!」
ケイはジオが止める間もなく鳥居をくぐった。
特に何の変哲もない平地である。
振り返って声を掛けようとしたが、鳥居が無い。
ケイの困惑が収まらない内に、黄色の火柱が3つ灯ってそこからジオたちが出てきた。
「とりあえずスキル消せ!
鳥居は一方通行だから、このエリアで緑火鳥居を探し直しになるの!」
言われて気付いたケイがスキルを消した。
「あー……自動生成ダンジョンの階段降りるみたいなやつか……ごめんごめん、ようやく理解した」
縁が振り返って鳥居が無いのを確認し、フォローした。
「僕もいまいち実感がなかったので、丁度良かったですよ?」
「まぁ縁さんのお陰で回復アイテムもあるし、お前のスキルがあれば大丈夫だろ。丁度いいから還矢の実験台、お前な」
「はい」
敵に接近される前提の為、他の三人はケイから少し離れた木の上に居る。ケイがやられたら襲って来た禍津日神を袋叩きにする予定である。
三人分の拍手が響く。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【思兼神 思兼神に思はしめ】
【高御産巣日神 還矢】
【猿田彦神 道標】
要のスキルが掛かったケイがぼんやり光る。
「緑火鳥居は―……」
と、ジオがケイのスキルの火の玉の位置を確認しようとした所、早速地響きが聞こえてきた。
一直線に走ってくるのは白い大猪である。
ケイが思わず声を上げる。
「でかくね!?」
「ケイさん!?」
「いや、せっかくだからやられてもらいましょう。俺らがあの猪に対応して止められるとも思えないし」
少し離れた木の上、ケイを心配する縁と要に比べ、付き合いの長いジオは冷徹である。
容赦なく突撃されたケイが水平方向に吹き飛ぶ。
「っ痛ー!!!」
VRだから別に痛くはないが、衝撃を受けて吹き飛ばされたら思わず痛いと声に出る。
そしてケイの視界が暗転した。一撃でHPが尽きたようである。
「縁さん、回復を!
要さん、二人で前後から囲んで時間を稼ぎます!」
「はい!」
ケイの視点では真っ暗闇の中、がさがさこっちに近づいてくる音だけが聞こえている。
「え、ちょっと待って! 視界が切れてて音だけ聞こえるのめっちゃ怖いんだけど!」
「?」
戻ったケイの視界に縁の顔があった。
戦闘不能状態での行動はゲーム内のアバターには反映されない。ケイが騒いでいた間もゲーム内のケイは黙って倒れていた。
ケイは口の中に葡萄の味を感じた。縁がアイテムで回復してくれたのが分かる。
じわじわと回復してきて、ようやくケイが起き上がると、ジオと要がケイ達の方に歩いて来ていた。
「あれ? 敵は?」
「死んだ。恐らく『還矢』の能力は、食らったダメージを最大HP割合で反射するカウンター。
お前今死んだろ?」
「俺の100%ダメージが跳ね返って、相手のHPを削りきっちゃったってこと?」
「そう」
つまり『還矢』がついている人が、例えば一撃で最大HPから半分まで減らされた場合、攻撃してきた相手のHPも半分になる、と想定される。
別の可能性としては還矢はカウンター付与だがケイの現在の最大HPが相手のHPより高くて削り切った場合である。その辺は要検証だ。
「しかしそうだとしたら『還矢』、ぶっ壊れだな。還矢付けてHP満タンのLv1を小突かせたらボス瞬殺じゃないか?」
経験値ペナルティによる弱体化が逆に武器になりかねない。
わざと弱体化して100%ダメージで瞬殺。人間爆弾作戦が可能である。
ジオのコメントに要も深刻そうに頷く。
「その仕様だと、ちょっとバランスブレイカーですよね。特にボス戦で。
これから弱体化されるか、何か条件があるのか……」
そんな事を話していると、四人の前にそれぞれ浮かぶものがある。大体胸の高さに卵ぐらいの大きさの物が浮かんでいる。
「……なんだろこれ?」
「勾玉?」
手のひらに収まるぐらいの大ぶりの赤い勾玉であった。ジオも知らないらしい。何かのアイテムではあるようだ。
「じゃあ……検証も終わったし……帰りますか?」
四人で緑火の方に向かう。
「あの、何か俺、吹っ飛ばされてからラグってるっぽいんだけど……」
ケイのゲーム中の動きが明らかに鈍っているのである。
「多分HPダメージによる行動制限だな」
「あ、そうか」
HPやMPが大きく減っていると、行動に制約が付く仕様である。
「勝手に進んだ反省にしてくれ。騎獣は行動制限でスピード落ちないみたいだし、丁度いいだろ」
「へーい」
ボードに正座状態である。
「ところでさ、俺、後衛とはいえ一撃で死んだんだけど。ああいうの一階層でもよくあんの?」
「いや、あれは初めて見た。八十禍と違って真っ黒じゃなかったし、全員分のアイテムも出たし、中ボスだったりするのかな?」
「一階層2エリア目で中ボス出さないでほしいんだけど」
何事もなく辿り着いた緑火の鳥居をくぐると、町である。