89.長丁場の気配
自動生成ダンジョンにたまにボスが出てくるVRMMO。クローズドベータ版。
引き続き、シアタールームでボス対策会議中である。
ケイ達がボスと遭遇戦をしたという話が広まって、いつものメンバーはほぼ揃っている。
そういうわけでボスの検証に移る。
「荒魂は須佐之男命だろうなぁ……」
「もしかして八田間の大室かこれ」
「元々素戔嗚の持ち物ですからね生大刀生弓矢。
まさか天詔琴を地震攻撃に使ってくるとは思わなかったけど」
このゲームの設定では荒魂は戦争や災害を司る神様の一面である。
その力の一部を安全に解消するためにプレイヤーが戦うという設定である。
「とにかくボスは攻撃特化。遠近の攻撃を切り替えて押し込んで来る印象。盾役居ないと距離を詰められて壊滅しそう」
瞬のコメントである。
「琴を使う前に周囲を見渡してるんですよね。使用条件があるのかもしれません」
鷹は該当部のレコードを何度か再生しての感想である。
ケイはちょっと考えた。まさかAIが音声で自分たちの作戦を聞き取っていたとは思わないが。
「ジオの姿が見えなくなったから不意打ちを警戒してじゃないか?」
それを聞いて瞬が顎に手を当てる。
「シューティングゲーのボムみたいなのをボス側が使ってくるのか……」
シューティングゲームのボム。大抵は主人公機の使う高威力の特殊攻撃である。無敵時間や広範囲攻撃の効果を持つことが多く、大ダメージを防ぐための緊急回避手段として設定されていることが多い。
「鬼型は攻撃力が高い上に予備動作がはっきりしてますね。還矢狙えるのでは?」
要が映像を確認しながら言った。
還矢はカウンター型、HP%ダメージ反射のスキルである。
つまりこのスキルを掛けられたHPの低いプレイヤーが一撃で倒されたりすると、相手も即死する。
「お、まだ皆居た。俺らもボス遭ったよ」
影助達がシアタールームにやって来た。影助、紫苑、凪枯、秀吾のパーティーだった様である。
「俺らも最初に変なエリアに入ったんだけど……レコード出した方が早いか」
影助達の映像にあるのも例の回廊である。ただし紫苑のスキルのお陰で明るく、だいぶ印象が違う。
縦に重なったような庭園だという事がよく分かる。しかし床は紙一枚のように薄く、根を張る土の厚みも存在しない。下から見ると回廊の床から下は切って無くなったようになっていて、庭にあるはずの草木も見えない。水面の下は空洞である。
ゲーム的と言ってしまえばそれまでだが、幻想的な空間であった。
晴れているとボスのいる篝火の壁はエリアの一画が黒い壁で覆われているように見える。
影助達は興味本位で向かったようだ。
「意味分かんない強さだった」
相性もあるらしく、影助達のボス戦はかなり悲惨であった。
秀吾のスキルで防御はしたものの、その次の攻撃で防御スキルに剣を叩きつけられた瞬間、秀吾のMPが半分になる。
「え?! 何これ!?」
「腕力?!」
そうだとすればとんでもない攻撃力である。
「流石に何かのスキルだと思いますが……」
近距離攻撃主体だったのも災いしたようである。一撃必殺を狙う紫苑と凪枯が至近距離で琴の衝撃波を食らってそのまま戦闘不能。
これを防御スキルのそばで使われたので、秀吾のMPにも多大なダメージが入った。
秀吾の防御スキルを維持するMPが尽きるとともに、秀吾と影助もとどめを刺された。
影助の経験値ペナルティ無効スキルで辛うじて全員無事(?)である。
情報が増えたので、対策である。
「鬼型くぐり抜けても次回からまた回廊、鬼型、竜型だな」
「判明してるのは範囲攻撃の天詔琴とバリア破壊の強攻撃?」
「竜型の攻撃手段はこの木を生やすやつと突進ぐらいしか判明してないかね?」
「多分だけど……炎で一帯を燃やすやつがある」
そう答えたジオの画面にはネズミの八十禍が映っていた。
それを見て数人が「あー」という顔をする。
「攻撃方法予想つく人居る?」
「発動から一定時間の猶予の後に広範囲を巻き込む大ダメージ系のスキルだと思います」
「多分そんな感じ」
「縁さんは生き残りそう」
「蘇生頑張ってください」
「えええ……上手くいくか分からないけどがんばります……」
ケイがジオを突いた。
「何で皆分かるの?」
「大国主に蛇、百足、蜂が効かなかったんで、素戔嗚が無茶振りした話があるんだよ。
野原に撃った矢を取って来るように言って、そこを取り囲むように周囲の草原に火つけたの」
「あれ? それ、えーと……草薙剣……?」
「そっちは日本武尊のエピソードだから違う。でも混同する気持ちは分かる。古事記で草原で火攻めに遭う話、この二つだけじゃないかな?
で、大国主の方はネズミに助けられて生還するんだ」
「ネズミが? どうやって???」
「ネズミの……巣穴なのかな? そこに導かれて助かる。
今回で言えばネズミの直毘神が大国主のスキル持ちの縁さんを助けてくれる仕掛けがあるんじゃないかと皆思ってるわけだ」
「なるほど……」
とはいえ、ゲーム設計者が何をどの程度意図しているかは不明である。
縁含めて皆で頭を突き合わせて相談する。
「ただ、縁さんだけに頼るのもなぁ……」
「おそらくネズミに仕掛けはあるけど、仕掛けの動く条件が不明なんだよね」
「縁さんの周りに居る人も助かるならいいんですけど、縁さんの生存に一点賭けするのも危ない気がします」
「何とか工夫して耐えた方がいいのか、全力で攻撃範囲から離脱した方が生存率高いのか……」
「絶対奥の手として使って来るだろうけど、見る限り素戔嗚攻撃力高いっぽいから途中でHP玉割る人出てくるだろうし」
「そもそもHP勾玉割っただけで助かるのか……」
ケイがジオに尋ねる。
「そこまで確殺前提で対策練らないとダメなの? HP勾玉一回割れば助かるんじゃない?」
HP勾玉は最大HPを増加するアイテムであるが、身に着けている人のHPが0になると砕けてHP増加分わずかに回復させる。つまり一回だけ戦闘不能を回避するアイテムである。
「八岐大蛇とか黄泉津大神とかのでたらめな攻撃を見るに、普通に食らったら死ぬんじゃないかな? 火雷みたいに燃え続けるとかさ」
「えー……」
「何せ大国主死んだと思ったら生きてた。っていうシーンだから」
「やったか→やってないってそんな古典的だったのかよ……」
こんな感じで対策を練りつつ何度か挑む事になった。