84.夜の回廊
自動生成ダンジョンの中にたまにボスが現れるVRMMO。クローズドベータ版。
ケイ、ジオ、瞬、鷹という珍しい取り合わせで四階層を探索中である。
瞬はできれば新ボスを見つけたいと言っていたが、どうやら怪しいものを見つけた。五階層に向かう鳥居の様子がいつもと違う。
そして鳥居を抜けた先は、建物の中であった。
どちらかというと夜の中庭を囲んで、渡り廊下があちこちに伸びているといった風である。
ケイ達は灯りの灯った渡り廊下に居た。
「ダンジョン内で建物は見た事ないですが……」
鷹が辺りを見回した。建物らしいダンジョンと言えば練習用ダンジョンぐらいである。
上階同士を結ぶように伸びている廊下もある。空に、周囲に、斜め上に、斜め下に、縦横無尽に伸びている渡り廊下。空中回廊である。
空と中庭は夜のように暗いが、廊下は灯りが灯っていて明るい。見た所、周囲の廊下に敵の影はない。
「……水中なのかなここ?」
ケイが上を見ながら言った。
頭上の空間に、廊下の灯がさざめいているように見える。
「水中……ではないと思いますね。水中ならしばらくすると窒息ダメージが入るので」
「ふへー」
鷹の推測にケイは曖昧に相槌を打つ。
しかし真っ暗な中庭には何が居るかは分からない。
今の所、攻撃してくる気配はない。
「ちょっと上の方に行って様子見てくる」
ジオが柱を垂直に走って上る。
天井まで行くと、器用に屋根の縁を掴んで体を引き上げ、屋根に上がった。
そこから屋根を走って交差している上の渡り廊下に飛び移る。
ケイ達の居る渡り廊下はだいぶ大きくカーブしているのでジオの姿が見えた。
丁度ジオが飛び移った渡り廊下、灯りの陰影で影になっている天井付近から、何かが落ちて来た。
「は?」
ジオが戸惑って移動を躊躇した間、ゆっくりと立ち上がったのは骸骨型八十禍であった。
即死攻撃のある敵である。
「げ!」
言う間にジオが掴まった。
ジオは慌てて手持ちのアイテムを探っているが、足止めアイテムは持っていないはずである。
「ジオ!?」
「あの距離なら届く! 『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【建御雷神 建御雷】
瞬の斬撃が上階を薙ぎ払った。
手ごたえを確かめる様に一歩中庭に踏み出した瞬につられるように、シキが中庭に踏み込む。ケイはシキに指示していない。
「シキ?」
シキが瞬を噛んだ。
いや、瞬が足を踏み外したのをシキが咥えて止めたのである。
「は!? 何だこれ!?」
瞬は慌てたが、フードを咥えられたおかげで落下を免れた。瞬が立ち上がる間にジオが屋根を伝って戻って来た。
「ジオ! なるべく廊下踏んで戻れ! でかい穴が開いてる!!」
瞬の助言にジオが軽く了解のジェスチャーをし、柱を走り降りて来る。
しかしこの一連の物音のせいか、ケイ達の居る廊下の周囲が一気に騒がしくなってきた。
暗闇の中に八十禍の無数の赤い目と青い炎が見える。
一斉に飛び込んできたのは、蜂の八十禍の大軍である。
「ひえぇ!」
廊下が狭いので周囲から一斉に掛かられると対応しきれなくなる。正に蜂の巣を突いた騒ぎである。
瞬がスキルを発動させっぱなしで雷撃で切り払っている。
「廊下に大群来てる! 鷹!」
「ケイ! ジオ! スキル使います! 一旦任せても!?」
「ロクとシキも手伝って!!」
騎獣とともに全方向を警戒したのを見て、鷹が拍手を響かせた。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【経津主神 布都神】
近くの敵は瞬が振り回す雷撃が一掃し、遠くの敵まで鷹の熱線に飲み込まれた。
しかし敵は後から後から向かってくる。ジオが声を上げた。
「骸骨型の大群来てます!」
一方からやってくるのは廊下一杯の骸骨型八十禍の群れである。
「ケイ! こうなったら同じだから道標頼む!」
ケイのスキルはエリア内の出口の位置を把握できる代わりに敵に見つかり、攻撃されやすくなるわけだが、ここまで敵に囲まれたらあまりデメリットはない。
「了解! 『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【猿田彦神 道標】
「……緑火鳥居も黄色火鳥居も、あっちなんだけど?!」
出口を探していたケイが叫んだ。
「そっちは群れが来てんなぁ……」
瞬もその方向を見る。
「……とりあえず赤火目指して、途中で他の鳥居に行けそうならそっちの経路を使おう」
ジオが大雑把な方針を出す。
「瞬、乗ってください」
ジオと鷹の合図でシキとロクに分乗し、廊下を駆ける。
前方の廊下が連続した几字状に伸びているのが見える。
「中庭通ってショートカットできないかな」
ケイの提案をジオが止めた。
「止めた方がいい、視界が悪すぎる。中庭に八十禍が居たら苦戦するし、上から見て気づいたんだけど穴があちこちに開いてる」
「穴? 落とし穴の罠?」
「普通の穴。ほれ、あれなんか分かりやすいぞ」
ジオが指した中庭の暗闇の中に小さな光がいくつか伸びている。
よくよく見れば下の方に走る廊下の明かりであった。
「え!? もしかしてここちょっと高い所にあるの!?」
「上に見える回廊と同じ構造がずっと続いてるみたいだ。池の下が空洞なんだな。どれくらい高低差あるのかは分かんない。
四階層の岩山エリアと似たもんだと思っておいた方がいい。落ちたら上がるのがめんどくさそうだ」
無秩序に伸びる廊下でできた巨大ビルのような形であった。
しばらく走り回った後、瞬が呟いた。
「赤火鳥居に行く通路なくね?」
回廊が途切れた場所に出たのである。
無秩序に伸びていた回廊が、ここだけは揃えたように整然と並んで手摺があり、その先は真っ暗。崖か水面かといったのっぺりとした闇で何も見えない。
そして遠くにこちらと平行に火が一列。赤火鳥居があるのは恐らくその辺りである。
ジオが拍手を打った。
『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』
【思兼神 八意思兼】
「どしたの?」
「このスキル、設定が多様で地形の見え方も変えられるんだ。見え辛い地面とかも見える」
言いながらこめかみのあたりを触っている。設定をいじっている所である。
「あそこに通路がある。火が左右に灯ってる」
ケイ達はジオの指し示す方を見た。よーく目を凝らすと暗闇の中に何かが見えた。
「……あれか! 火が二列灯ってる!」
ジオが続ける。
「……ずっと向こうの壁まで地面が続いてる」
「壁?」
「向こうに見える一列の火、壁に掲げられた灯火みたいなんだ」
虚空の様に見える真っ黒な空間に浮かぶ火は、どうやら道と何かの建物らしい。