80.対黄泉津大神戦 おにごっこ
「私かい! 結構速いんだけど!!?」
姿は見えないが追いかけてきていると思しきボス。目測で一般人の全力疾走ぐらいの速さは出ている。
「豪登! 小春さんを!」
「瞬間移動した先で一番近い人を追ってくるようです! 忍者と騎獣持ちは追われてる人の間に割り込んでタゲ取りしてください! 一回攻撃してくると消えます!」
VRMMOクローズドベータ版。ボスエリア。
即死攻撃のある不可視のボスキャラに奮闘中のベータプレイヤー達である。
「これは効かないか?」
鉄人が拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【伊邪那岐命 祓戸大神】
「鉄人! 避けろ!」
「くそっ!」
鉄人は、急に空中に現れて掴みかかって来る青い炎の手を避ける。
おそらく攻撃スキルは効いていない。しかし、鉄人が間に入って攻撃を誘発したので、追いかけられていたメンバーは助かった。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【建御名方神 鹿児弓】
アンが術を撃つ。
追尾性能を付与するスキル。ボスの方に飛んでいくはずである。が、真っ直ぐに飛んで虚空に消えた。
「……攻撃対象として見られてない……?」
一方で思いがけない所に移動される事もある。
「まずい! 秀吾さん! 近い!」
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【事代主神 青柴垣】
青い炎に包まれた手が、秀吾の防御スキルに当たる。
秀吾のMPを半分に削り、青い手は消え去った。
近くに来ていたレイが声をかける。
「%MPダメージなのかね?」
「あり得ると思います。普通に食らえば即死ですからね。何度も防げない所が痛いです」
雑談を始める二人に声が掛かった。
「レイ! もっかいそっち行ってる!」
「うわぁ! 秀吾さん! 乗って乗って! MP回復して!」
言う間にレイが護符型式神で秀吾を摘み上げて、シューティングスターを駆って走り始める。
「すいません。MPポーション尽きてるんです」
完全に防御する方法が無いため、壊滅を避けるためにエリア内でお互いにフォローできる範囲に散っている。
何せ先ほどは防御スキルをかけていなかったとはいえ、一撃で半数落されて立て直すのに苦労したばかりである。回復アイテムがほとんど尽きた。
結果、誰かが落とされるたびに縁と翡翠がスキルで回復しているが、二人のMPも尽きかけ、MPダメージによる行動制限が発生している。
騎獣持ちが動きをカバーしているが、その騎獣持ちも他のフォローに向かうので降りてもらう事もある。
いつか均衡が崩れそうなギリギリの体制であった。
【建御雷神 建御雷】
瞬がスキルで加速し、レイ達とボスの間に割り込んだ。
ソライロの道敷大神の赤黒い炎を目印にして、ボスの居ると思しき所に切り込む。
青い炎を纏った巨大な手が、瞬の斬撃をものともせず掴みかかってきた。
瞬はそれを躱しながら青い手も切りつけるが、反応はない。
「うわ、やっぱり単純に切って倒せないやつ? 一番苦手なタイプだ」
消えた巨大な手を見つめながら、瞬が呟いた。
ターゲットを取るために近くに来ていたケイが答える。
「でも多分出てくるたびに少しずつ小さくなってるぞ」
「もしかして根競べか? こりゃ」
実際その通りになった。
「ごめんMP尽きた」
ソライロのMPが限界を迎えた。サラが自動回復力増強スキルで援護していたが、やはり消耗が大きかったようである。
式神のギンに乗っているのが精一杯である。これ以上消耗すると体を起こせなくなり、式神にとっさの指示が出せなくなる。
「私とケイさんで見張ります!」
アンである。パッシブスキルで敵の居る位置が分かるが、味方と位置の共有が難しい。
「赤裸裸さん!」
近づかれている人の名前だけ呼んで、ボスの居る方を指で刺すようにしている。
指をさされているのとは別方向に走れと言う意味である。右左の指示だと自分視点相手視点でとっさに対応し辛く、避ける方向を間違ってボスの攻撃に突っ込むというのを防ぐためであった。
「ボスどこだ!?」
「つーかどこまで小さくなるんだ?」
「ケイ! 今どれくらいの大きさ?!」
「人の二倍ぐらいだと思う……けど……」
ボスが段々と小さくなってきたことで思わぬ障害が出てきた。ケイがボスの位置を誤認するようになってきたのである。
ケイはゲーム中の物体の動きを皮膚感覚で知覚しているだけである。見えているわけではない。非常に危なっかしい。
誰かが拍手を打った。
「っケイ! 下がれ!」
ケイはボスの前に出て一定の距離をとっていたつもりだった。
ジオからはケイ喉元に浮かぶ、人の手ほどの青い火が見えた。死角である。
【高御産巣日神 還矢】
スキルの表示が出た瞬間に、ケイは冷たい手が首に触れたのを感じた。
ケイがシキの上に崩れ落ちた。距離を見誤ってまともに即死攻撃を食らったのである。
「ケイ!?」
「……ボスは!?」
「やったか!?」
還矢の効果はHPダメージ割合でダメージを返す。
つまりこのスキルが掛かっているプレイヤーが即死攻撃を受ければ相手も死ぬ。
ボスにHP表示が無いが、うまく当たったらそれでボスを撃破できる可能性がある。
「勾玉出て来てない! 攻撃してくると思って警戒して!」
ジオがそう警告した傍から翡翠が倒れた。やはり死角からボスの即死攻撃を受けた様である。
「アンさん、ボスは!?」
「探してます!」
ソライロのMPが尽きてからは瞬間移動の直後は見失っている。
「誰か蘇生できますか?! 回復役最優先!」
ジオの呼びかけに対し、赤裸裸の後ろに乗っていた縁が翡翠の所に向かうが、MPが心もとない。
「要さん。アンさんに神集お願いできますか?」
ジオが提案した。
「止めた方がいいよ! もうMP回復薬無いし! 要さんまでMP切れで動けなくなったら騎獣持ちの人の手が空かなくなる!」
止めたのはソライロのMPを回復中のサラである。
少し考えた要は答えた。
「……とりあえず数人で、一回だけ試してみましょう」
「ならなるべく私の近くに来て、周囲を見張ってくれると助かる」
要のスキルはMPの消耗が大きい。
サラのパッシブスキルは周囲のHPMPの自動回復量アップである。消耗を相殺するとまではいかなくとも、維持の助けになるはずである。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【高御産巣日神 神集】
「レイさん!?」
「こっち?」
アンに声を掛けられ、返事した次の瞬間にレイが倒れた。
「また移動した!」
「どこだ?!」
「何人死んだ?! 楓さん! スキルは?!」
「まだ使えません!」
「瞬!」
瞬は思わぬ方向から声を掛けられて戸惑った。
斜め後ろに立っていた鷹である。
瞬が鷹を振り向いたと同時、ひんやりと首筋に触れられた感触がして、瞬の視界が暗転した。
ケイが目を開けると青い空が見えた。
「あれ?」
一瞬全滅したのかと思ったが、ダンジョンの中である。
台風一過したような惨状のボスエリアであった。
周囲には皆居る。ケイの胸元には緑の勾玉が浮かんでいた。補助系である。
「瞬にタッチした直後に消えたよ。あれで打ち止めだったみたいだ。道敷大神の勾玉だってさ」
「へー、便利なようなそうでないような……」
同じく蘇生されたばかりの瞬がごろりと俯せから仰向けになった。HPがほとんどないため行動制限が掛かっていて起き上がれないのである。
「結局最初から最後まで攻撃しないのが正解とはね……」
「まぁ想定できたことだ」
鷹が瞬を騎獣のロクに咥え上げさせた。
「うん、デウスエクスマキナ型ならそういう仕掛けもあるわな。ソロ用ゲームのイベントボスではたまに見るけど、VRMMOだと逆に厄介な仕様だ」
瞬も大人しく咥えられている。
「……聞こえてた感じだとさっき俺が死んだ後もかなり死んでたよね? アイテムもMPも足りなくなかった? どうやって生き返らせたんだ?」
「見た方が早いな。簡単に言うと、楓さんのスキルで分散したんだよ」
「???」
「帰るか……」
誰ともなしに言い出し、ケイはシキを呼んで上に乗った。というより起き上がれないので寝っ転がっている。
「骸骨型八十禍とか残ってたりする?」
「さっき鉄人が祓戸大神で吹き飛ばした。囲まれたら厄介だったから、正直助かったな」
帰るまでがボス戦である。