79.対黄泉津大神戦 不可視系
「えええ何これぇ!?」
「何? 今攻撃受けた?」
「え? これ死んだ?」
「何も見えないんだけど、状態異常?」
VRMMOクローズドベータ版。ボスエリア。
ボスを倒して一息ついたと思ったら、HPが無くなった時のように視界が真っ黒。
絶賛大混乱中のβプレイヤー達である。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【事代主神 青柴垣】
真っ暗闇でぼんやりとした緑色の若木のような模様の壁だけが見える。
「すいません。不意打ち食らうといけないんで、防御スキル使いました」
最初に動いたのは秀吾であった。
秀吾のMPが続く限り保たれる絶対防御スキルである。不安から来る混乱が一瞬鎮まった。
「ケイ! スキル使ってくれ!」
ジオは暗闇の中に声を掛けながら、万が一を考えて持って来ていた灯火アイテムを使う。
ほぼ同時に拍手が聞こえた。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【猿田彦神 支加】
「あ、蛍火」
ジオのアイテムを知っていた翡翠が声を上げた。1エリア限定でプレイヤー達の周りを飛び交い、灯りになるアイテムである。
ケイのスキルと合わせて、ようやく周囲が見える。
しかし明かりが点いても見えるのは周囲のプレイヤーの姿だけ、後は地面も天井も真っ黒である。
「もしかしてバグでしょうか?」
縁が心配そうに周囲を見る。ジオが否定した。
「いえ、運営が想定してる挙動だと思います。レコードの最後に数秒真っ暗な映像が入ってました。
大雷の後も生存してたらここに来るんだと思います」
「灯り点けてくれてよかった。こっち向かってたらいきなりブラックアウトするんだもんな。バグかと思ったわ」
別行動していた鉄人が駆け寄って来た。
「大雷で抉れてるかと思ったが、向こうからこっちまで真っ平らだ。別のエリアに移動したと思った方がいいかもしれない」
鉄人が走ってきた所感を報告してくれる。
「バグじゃないとすると……何が起こるんだろ?」
瞬が周りをきょろきょろ見回す。
「……何か居る」
ケイが鉄人の背後、暗闇の先を指差した。
鉄人がぎょっとして一歩横に飛びのく。
「例の皮膚エイムか?」
「皮膚エイム言うな。……うん、多分かなり向こうにでっかい何かが居る」
ケイは皮膚感覚が鋭い。ゲーム中で物体が移動する時に発生するノイズを知覚して、自分との大体の位置関係が分かるという特殊な体質であることが最近分かって来た。
「気のせいって事は?」
「気のせいじゃないと思いますよ。言われてみれば確かに敵の表示があります。姿は見えませんが」
声をかけてきたのはアンである。
敵の位置が分かるパッシブスキルを持っている。
ケイとアンが顔を見合わせ、確認するように声をかけある。
「ゆっくりこっちに来てるよね?」
「遠くてよく見えませんが……おそらく……」
鉄人が振り返って確認した。
「あっちの方って言うと……皆の位置関係から考えるにボスの居た方だよな……」
「他の敵は居ませんか?」
秀吾の問いかけにアンは周りを見回して答える。
「……近くには居ませんね。遠いので小さすぎて見えないのかもしれませんが、少なくとも見える敵の反応は向こうの一つだけです」
「じゃあ温存しときますか。近づいてきたら教えてください」
秀吾がスキルを解いた。
「ケイ、攻撃しなくていいから、ちょっと行って敵の周りをウロウロしてみてくれるか?」
「何で俺?」
「敵の位置を知覚できるのがお前とアンさんしか居ない。
で、挑発スキル持ちで明かり持ってて機動力があるのがお前」
ケイはシキに乗って用心深く、しかし速さを保って不用意に立ち止まらないように近づいていた。
様子見でゆっくり近づいたところを骸骨に掴まれたのは記憶に新しい。
近付いたところで気配を感じた。
「シキ! 右へ!」
体重移動とともにシキを引っ張ると思い描いた通りに動いてくれた。
最初に見えたのは目の前に突然広がった青い炎。大きく跳躍するシキの背から見えたのは、青く燃える塊の様なものが自分の居た場所を包み込んだところであった。
「……手?」
握りこぶし見る間に青い炎、そして何かの気配が消えた。
「ジオー! 消えたー!」
「え!? 何? 聞こえねぇ」
「遠いからな」
「何か分かったんでしょうか?」
「攻撃を受けたようにも見えましたけど」
「ボスのHPMP表示出てないんだよね」
走り寄って来るケイが、尚も何か叫んでいる。
手を振って何か示している様だ。
「何か伝えようとしてません?」
「何だろ?」
ケイが直線を逸れ、ジオ達から見て大きく右に移動し始める。
「?」
それを目で追う中、アンが気付いた。
「!? 敵が居ない!?」
「え?! じゃあどこに?!」
と、ジオが隣のアンを見た瞬間、その向こうに青い壁のようなものが迫ってくるのが見えた。
「散開を……っ!」
「うわっ」
避けられたのは気付いた中で忍者や騎獣持ち。
後は運よく攻撃範囲外に居た人である。
しかしこれで青い炎の手に触るとどうなるか判明した。
即死である。
「楓さん! は無理か!」
「まだリキャストタイム終わってない! 巻き込まれて死んでるし!」
ケイが戻って来た。
「悪い! 皆! 敵が消えたって伝えたかったんだけど!!」
「いや、周りに注意してなかった俺も悪かった」
ジオが死屍累々の周囲を見て声をかける。
「アンさん……! も巻き込まれてる!
ケイ! 見張り頼む!
回復薬残ってる人、居るか!?」
それに攻撃範囲外に居て命拾いした赤裸裸が付け加えた。
「薬師と回復スキル持ちの人を優先で蘇生してください! 蘇生手段が足りなくなったら困ります」
端に居たので巻き添えを免れた影助がケイに並走して尋ねる。
「ケイ、ボスがどんな動きしたか分かるか?」
「あんまり……ただ、攻撃してきた直後に瞬間移動した印象」
紫苑がソライロに声をかける。
「ソライロ、道敷大神できる?」
「道敷大神? あ、そうか。
『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【伊邪那美命 道敷大神】
炎の道が一点に向かって走る。
途中に居たケイが思わず飛び退いた。
「うわっ何これ!? 何か見た気がする!」
「レコードで見たんじゃないかな?
ボスエリアで道敷大神を使うと、ボスの居場所が分かるんだってさ」