78.対黄泉津大神戦 決戦
VRMMOクローズドベータ版。ボスエリア。
ちょこちょこ雷が降ってきている。
「まさかボスの下を集合場所にする事になるとはね」
「まずエリア内の全員が集まらないといけないからなぁ……」
ボスの御膝下というか足元である。
女神の巨大な彫像のように見えるボスだが、近づいてみると霧のように霞んでいて実体は無い。仮に真下から頭上を見上げても黒雲か霧が見えるだけである。
雷はどこに居ても降ってくるので、ボスエリアに入ったらどこに居ても変わらなかったりする。時間まで分かりやすい集合場所として使うまでである。
「あ! 雷来る! 近づくんだっけ? 離れるんだっけ?」
「散開! 右手だから土雷だ!」
【黄泉津大神 土雷】
「うわ僕か」
人をターゲットにした範囲ダメージである。
散開していたおかげで凪枯以外にダメージはない。
「凪枯さん、大丈夫?」
「HPは七割残ってる。感電だけは回復してほしいかな」
翡翠のスキルで回復している間に、別の方から声が上がる。
「骸骨止めたから、忍者さん倒してください!」
「……行ってくれる?」
「今居る忍者、僕だけだしねぇ」
うっかり早く到着した組は一人一人の仕事が多い。
「よし! 全員集まったな?」
「早速だけど時間が無い。外縁部に移動しよう。緑火方面がいいんだよな?」
「特に緑火鳥居にした理由はないけど、目印として分かりやすいから」
問題の大雷に対応するため、早目に移動を開始する。
「ボス戦でボスを攻撃しないで耐えるっていうのもな~~……」
瞬が悔しそうに頭上を振り返る。
「秀吾さんの防御スキルがあるから楽勝でしょう」
「逆に虚無感……」
鷹が窘めるものの、瞬はしょんぼりしている。
ボス攻略の糸口。
一定時間後の全滅必至の大雷はプレイヤーの攻撃に対する反撃なのではないか。
その仮説の下、攻撃を控えて大雷の大ダメージを甘んじて受けつつやり過ごす。という作戦である。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【猿田彦神 支加】
丸い火の玉がケイの頭上に灯る。
ボスの注意を引くためである。しかし。
「やっぱケイのスキルでも駄目か。鳴雷使われるたびに別の方に向いちゃうな」
外縁に居るジオがぼやいた。
大雷を回避できるのはボスがこちらを向いている前提である。
土雷や若雷の絨毯爆撃の後に全方位攻撃の大雷が来るような位置取りだと結局全滅してしまう。
そして鳴雷は八十禍を誘導するもので、ボスがそっちの方向を向いている必要があるのではないかという説があり、たまに思いがけないタイミングで明後日のほうを向いてしまうのである。
「だから俺が行くって言ってるだろ? 大雷の後に蘇生してくれれば大丈夫だって。
どうせ全員大雷にやられて楓さんに任せるんだから」
鉄人である。大雷の方向がずれそうな場合、鉄人がスキルで攻撃して注意を引くことになっている。
騎獣持ちで機動力があり、スキルの攻撃範囲が広く、間違っても八色雷公を倒すようなダメージは出ない。多少雷に当たっても生存できる。というのが選抜理由であった。
騎獣持ちの中で赤裸裸、レイは攻撃スキルが無い。鷹は攻撃力が高すぎる。まかり間違って八色雷公のどれかを倒してしまった場合、大雷が二連続来る。
しかし鉄人のスキルでも攻撃範囲が広いとは言え、推定でエリアの四分の一前後の広さ。エリアの端から中央までは届かない。どうしても火雷の発生する位置まで出向かないといけない。
「じゃ、そろそろ行ってくるから骨は拾ってくれ」
鉄人が鹿毛坊に乗って駆け出した。時間までにスキルの効果範囲までたどり着く必要がある。
そろそろ、という位置で鉄人は鹿毛坊の足を止め、拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【伊邪那岐命 瑞穂の祖神】
スキルを感知して反撃が来る。
【黄泉津大神 道敷大神】
鉄人の周囲に黒い炎が広がり、骸骨型八十禍が這い出して来るが、鉄人は抵抗しなかった。
「ははっ、どんぴしゃ」
鉄人の見上げる視界で、女神像が鉄人達の方を向いていた。その背後に空一杯の雷光が走る。
「来た!」
同時に、辺縁に居たケイ達にも空に走り広がる雷光が見えていた。
【黄泉津大神 鳴雷】
【黄泉津大神 伏雷】
【黄泉津大神 土雷】
【黄泉津大神 若雷】
【黄泉津大神 折雷】
【黄泉津大神 黒雷】
【黄泉津大神 火雷】
【黄泉津大神 大雷】
落雷とともに周囲に熱気が溢れる。
何度となく食らったビリビリする衝撃波の様な感触が周囲を駆け抜け、全員の視界が真っ黒になった。
一撃でHPが削り取られたのである。
少しして、近くで弱弱しい拍手が聞こえる。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
楓である。HP上昇の勾玉が身代わりになって、無事生存した様だ。
【神産巣日神 枳佐貝蛤貝母の乳汁】
楓の回復スキルである。HPが0になった人も回復させる、強力な全体回復であった。
「……マジか」
「……通った!」
目を開けると一面嵐の後といった惨状だが、全員復活している。
そしてエリア中央のボスが消えている。
やや手前の方で、鉄人が手を振りながらこっちに向かってきていた。火雷の火災で多少ダメージを受けたようだが、軽症である。
「え……どうなったの?」
行けるか否か、半信半疑だっただけに全員困惑気味である。
「ボスどこだ?」
「ボスのHP出てないからねぇ……」
困惑が広がる中、全員の視界が再び真っ黒に染まった。