72.ボス戦 発見
自動生成ダンジョンの中にたまにボスが現れるVRMMO。クローズドベータ版。
ケイ達がボスエリアの偵察もそこそこに脱出してきたところ、ボスがエリアを越えて追いかけてきた。
既にエリアに居たパーティーをボス戦に巻き込む形になったため、ケイと鉄人はそちらに声を掛けに森の中を向かっていた。
空は青いが森の木漏れ日の中にはたまに閃光が走って雷鳴が轟き、真っ黒い骸骨の様な姿がうろうろしている。ちょっと怖い。
「速いやばい追いつかれたら死ぬ」
「言っても歩くより遅いぐらいなんだが……全方位から真っすぐ向かってこられると怖いな」
即死攻撃を持つ骸骨型八十禍。先ほどまではランダムに動くだけだったが、明確にこちらを指して向かってきていた。
「ボスエリアで状況に応じて変化するとなると、かなりめんどくさいな。例えばスピードアップするとか」
「考えたくねー!」
過去、ボスのスキルに応じて八十禍が強化されるのはよくあった。
「まずいな、囲まれる」
あちこちから現れる八十禍を避けていたら追い詰められた形である。
「……俺が足止めするか……」
鉄人のスキルは敵を足止めできるが自分もその場から動けない。ジリ貧になる。
「いやちょっと待って、えーとえーと……」
ケイの頭に閃くものがあった。
「葡萄!」
縁から渡された葡萄一房を放り投げる。
前方の八十禍が蔓の山に呑まれた。
「そういやこういう時のだったな。忘れてたわ」
スキル伊邪那岐なのに。などとぼやく鉄人を安全確認のために後ろに距離をとらせ、ケイはシキを足早に進ませる。
蔓に絡まれた八十禍の近くをすり抜けても攻撃されることも無いことを確認し、ケイと鉄人は騎獣を走らせた。
「足止めアイテム使って最短距離で合流する」
「よくそんなに素材アイテム持ってたな」
「帰る間際に縁さんが渡してくれたんだよ」
茂みを抜けた先、ケイは声を上げた。
「赤裸裸さん!?」
エリアに居たパーティーは赤裸裸達であった。赤裸裸、楓、凪枯、紫苑の四人パーティーである。
一方の鉄人は赤裸裸のパーティーに紫苑を見つけて声をかけた。
「紫苑居たのか! それで真っ暗になってないんだな」
紫苑の好天にするパッシブスキルの話である。
「よかった! 影助に夜の食国使ってもらって……居ねぇわ! 向こうだ!」
言って鉄人が頭を抱えた。
夜の食国は八十禍を静止させるスキルである。
鉄人と影助は一緒にダンジョンに入ったが、今は別行動であった。
「合流したら即、影助さんにお願いした方が良さそうですね」
楓が周囲を見回しながら、赤裸裸の後ろから声をかけてきた。見る間に増える八十禍を警戒している。
赤裸裸が巨人型ボスを指して言う。
「ども、ケイさん。あれ何か分かります?」
「ごめん! あれ今回のボス大禍! 俺らがボスエリアから黄色火鳥居で逃げたら追って来た!」
「そんなのあるんですか!?」
ケイの説明に驚く声が上がる。やはりボスがエリアを跨いでやってくるのは前例がない。
ケイは続けた。
「悪いけど俺らは緑火鳥居から逃げる予定! 脱出するなら案内する!」
赤裸裸の後ろに楓。凪枯と紫苑もケイと鉄人と分乗。
一緒に脱出する事になった。
「大ダメージの雷と即死攻撃の八十禍ですか……」
「なるほど、森にそれらしいのがちらほら」
雷の鳴る道すがら、ケイ達からボスの事を聞いた赤裸裸と楓が辺りを見回す。
「あれだけ的が大きければ当たるかな……」
ボスを見上げた凪枯が呟いた。
前のエリアで空を覆っていた暗雲が消えて、ボスの姿がはっきり分かる。紫苑のパッシブスキル、好天のお陰である。
ボスは古代の衣装をまとった白く巨大な女神の彫像の様な姿をしていて、心なしかこっちを見ているように見える。
全身に長くたなびく暗雲を纏い、大蛇に跨り従えているようだった。
ボスの足元の暗雲に稲妻が走った。
閃光とともに、森の中に骸骨型八十禍がにわかに増えていく。
「うわ、結構いっぱい居る……」
木々の間に光る赤と青の炎を見て、ケイがシキの足を止めた。八十禍の群れである。すり抜けられるか怪しい。
「足止めアイテムは?」
「竹入れてあと五つ……」
鉄人が上に目をやって、ケイのスキルで味方との位置関係を確認する。
ここを迂回してもそこが同じ状況でないという保証はない。ケイのスキルは敵の配置は見れないのである。
「……誰かいけそうなスキルあるか?」
鉄人が聞いたが、あいにく範囲攻撃持ちや足止め系スキル持ちはいない。
「俺のスキルで動きを止めて、その間に凪枯と紫苑のジョブスキルで確殺してってもらうのはどうだ?」
「う~~~~ん……」
全員が悩む様子を見せる。
「嫌な予感しかしない……」
赤裸裸がぽつりと言った。
その時、側に雷が落ちた。恐らく全員にダメージが通る。
一度雷攻撃でジオが即死しているのを見たケイはひやりとしたが、幸いダメージは十分の一より少し食らったぐらい。種類があるようだ。
「まずいな、ここには薬師居ないし」
楓は回復要員だが、奥の手である。
「仕方ないから鉄人の作戦で行く?」
「っし、皆離れて、ボス見張っててくれ」
鉄人が皆を下がらせ、拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【伊邪那岐命 瑞穂の祖神】
スキル発動とほぼ同時に、鉄人の足元に黒い炎が池のように広がった。
「え?」
鉄人のスキルにこんなエフェクトは無いはずである。
「鹿毛坊! 跳べ!」
鹿毛坊は馬にあるまじき跳躍を見せる、さすがはゲームの仕様である。しかし、咄嗟の事で飛距離が短い。
黒い炎の池の端に着地した鹿毛坊が、何かに掴まれたようにもがきはじめた。シキの時と同じである。
黒い火から次々現れたのは、骸骨型八十禍であった。
見る間に鉄人も捕まってしまう。数秒後には即死する厄介な攻撃である。
「竹!」
ケイが足止めアイテムを投げると、八十禍は竹に貫かれて動きを止めた。
投げ出された鹿毛坊と鉄人が立ち上がる。
雷鳴と閃光の中、ケイと鉄人は目を合わせた。二人でジオ達の居るはずの方向を見る。相変わらず八十禍はほとんど隙間なく向かってきている。
鉄人の足止めが封じられてしまった形である。打開策が浮かばない。
「すっかり忘れてました。やはり慌てるとダメですね」
楓がケイを見た。
「九字印お願いします」
「あ」
このゲームの九字護身法は式神使いが使うジョブスキル。敵の動きを止めるものである。
使いどころの難しいスキルなので存在感が薄い。しかし今回の敵の動きは遅いのだから、敵を視界に入れて動きを止める九字護身法の格好の餌食なのである。
ケイの九字で敵が静止したのを確認し、息を吐いたところでスキルが表示された。
【伊邪那美命 瑞穂の祖神】
「あ」
向こうに居るソライロのスキルであった。
九字護身法に気づかなかったのはケイ達だけではなかった様である。