68.四階層に負ける
『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』
【猿田彦神 道標】
スキルの灯りが洞窟入ってすぐの場所を照らす。八十禍をおびき寄せる性質もあるスキルだが、先ほどと違って動く物は無い。
「……コウモリはもう居ないのかな?」
「分からん。ちょっと騎獣で通れそうか見てくる」
ジオが洞窟の奥を指した。
大きな高低差があったらケイは越えられない。
「忍者でも危なくない? 向こうは暗闇でも見えるんだぞ?」
「隠形は音も消すから実質ステルスだな。触れば流石に気付かれるけど」
言いながら視界の先に消えたジオから声が掛かった。
「結構複雑に分かれてる。ちょっと一通り見てみるから」
自動生成ダンジョンを攻略するVRMMO。クローズドベータ版。
現在、ケイとジオの二人で四階層に下見中である。
ジオが洞窟の奥に消えて約1分。
「ジオ遅いよな……シキ」
「みゃう」
灯りの届く場所を探るだけのはずである。ステータス画面の時計でも確認したから間違いない。ケイは拍手を打った。もう一つのスキルを使うためである。
『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』
【猿田彦神 支加】
「…………居ねぇ!?」
支加の炎は出口である鳥居の場所に加え、エリア内に居るプレイヤーの位置を表示するスキルである。
現在、このエリアにケイ以外のプレイヤーは居ない。
「え!? ジオやられたの!?」
うろたえるケイはふと気配を感じて頭上を見る。
まん丸な赤い目。巨大な人影が、背後の岩壁からのそりと上体を現し、手の平で掴みかかって来ていた。
「……!! シキっ!」
シキを掴んでその脚力に任せる。
捕まる既の所を手の平から逃れた。
しかしケイが逃げ込んだのは洞窟の奥である。
なるほど、洞窟の奥は鍾乳洞の様に柱状になった岩、屏風状になった岩が並び、通路が非常に分かりづらい。
逃げ込んだ狭い通路のすぐそこに、歪な丸太が横たわっているように見える。しかし恐らく丸太ではない。
「シキ!」
威嚇音を立てて丸太に見えたそれ、蛇の頭が突っ込んできた。
シキが壁と天井を踏んで変則的な動きを見せ、躱す。
ケイはスキルの明かりで見えたが、ジオはうっかり大蛇を踏んづけた可能性が高い。
そして避けた先、シキが着地した瞬間、がくんと沈んだ。
「え、これもしかして落とし穴……」
目の前は暗く、何も見えない。
衝撃が来るかと思って構えたが、数秒、何もない。
柔らかい音がして投げ出されたのは草地であった。
薄っすら曇っている森の中である。
明らかにエリア、というか階層が違う。
「ここ……どこだ?」
「みゃう」
遠くにジオが手を振っているのが見えた。
呼びかけようとすると口に指を当てる。静かにのジェスチャーだ。そして森の中に消えた。
「何だろ? 厄介な禍とか見つけたのかな?」
何か違和感を覚えながら、ケイはシキに乗って追いかけた。
「どこいったんだろ? 木の上とか?」
ジオを見かけた地点まで来たが、完全に見失っている。
ケイはスキルを使おうとした。が、その時に目に緑火鳥居が映る。
恐らくジオもこの鳥居を抜けたのだろうと推測した。
ケイがシキを進めて鳥居をくぐろうとする時、目の端に何かが移った。
振り向いた一瞬見えたのは、ケイ自身の姿である。
抜けた先は町の広場である。
ケイは今見た光景に混乱していたが、同時に声をかけられた。
「お、帰って来た」
ジオである。とりあえずの安心感で声が出た。
「ジオお前ー、忍者のくせに落とし穴に落ちたろ!」
「いやすまん。よく分かったな」
「多分お前と全く同じはまり方したの!」
「ぶはっ! おもしろいからレコード確認しに行こうか。……今後の参考になるし」
「え、ああ、うん。気になるのもあるし……」
レコード。自分たちのダンジョン内の様子を閲覧できる機能である。
「うわー、全然気付かなかったけど、この入道型八十禍、音もなくぬるっと壁から出てくるんだ……」
「同じところに何分居たらみたいな制限あるのかな? 入って来て丁度1分経ってるし」
「なるほど」
ジオが居なくなってケイが新手の八十禍に追われたところである。
「マジで同じところで引っかかってる。俺は罠は見えてたんだけど、むしろ罠に気を取られて蛇に突き飛ばされた感じ。ほら」
ジオも同じ場所を再生する。蛇の近くの落とし穴の場面である。
「隠形を過信しすぎた結果だろ。
で、静かにのジェスチャーしてたけど、森の中に何か居たの?」
「それは俺が聞きたい。俺の前に緑火鳥居に行ったはずなのに後から出て来るし」
「?」
「??」
「いや俺が先に鳥居に着くわけないじゃん。後から落ちたんだし、ジオ先に居たし」
「いや森で迷ってたらお前が居たんだって。スキルで鳥居見つけたんじゃないのか?」
「いや俺が落ちてすぐジオ見つけたし。シーってジェスチャーしたろ? ほら」
「してない。静かにって指を口に当てたのはお前。映像ほら」
ジオのレコードには確かに森の中に居るケイが映っていた。
やった覚えのないジェスチャーもしているし、何よりずっとそばに居たはずのシキが映っていない。
「……」
ジオが見ているのはケイのレコードである。間違いなくジオが映っていた。
「……」
お互いが見たと主張した相手は、木々の間に忽然と消えた。
そしてその後、緑火鳥居をくぐる時、ふらりと現れた自分の姿が鳥居の脇から見守っていた。
「四階層から落とし穴に落ちると一階層相当の森の中に出て、一緒に入ったパーティーメンバーか会話した事のある誰かの姿が見えます。
それについていくと緑火鳥居に着けます。その時自分の姿を横や背後に見ることもありますね。私も瞬に会った事ありますよ」
「ですよね!? ゲームギミックですよね!?」
「最新のゲーム怪談かと思って焦った」
鷹の説明にこっそり息を吐くジオとケイである。
四階層攻略組には割と知られている仕掛けだったらしい。
「しかし、知り合いだと思った相手が別人って存外びびるな」
「狸とか狐かな? 狐に化かされたってやつ」
正体不明である。
「一言主じゃないかっていう説があるらしいぞ」
瞬が付け加えた。
「一言主?」
首をかしげるケイにジオが説明を始める。
「古事記日本書紀によれば雄略天皇が山に行ったとき、御付きの人も含めたそっくりの集団が現れたそうだ」
「ドッペルゲンガー??」
「描写を見るにそんな感じかな。その時名乗ったのが一言主大神。
『悪事も一言、善事も一言、言い離つ神』だそうだから、不用意に喋らないようにしてるのかもな」
「このゲームの神様達喋んないじゃん」
「ちなみに雄略天皇は畏まって持ち物や服を渡したとも、仲良くなって一緒に狩りをしたとも伝えられる」
「……何か御供えしといた方がいいかな」
「今度落とし穴に落ちたらやってみるか……」