64.対八岐大蛇戦 奥の手
山が降ってくると何が起こるか。隕石落下と同じである。
空気が逃げる間もなく圧縮される、断熱圧縮で爆発が起こり、エネルギーが辺りを赤熱させ、落下の衝撃で直下型地震が地表で起こる。
VRMMOクローズドベータ版。
山みたいに巨大なボス、八岐大蛇が体を跳ね上げて上空からボディプレスしてくると、概ね似た事が起こる。
後衛チームの陣地からは地面が波打ち、衝撃波とともに木々を薙ぎ倒してくるのがみえた。
反応したのは秀吾である。拍手を打って防御スキルを展開する。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【事代主神 青柴垣】
秀吾は同時に全員に指示を飛ばす。
「全員後ろへ! 生きてた人は楓さんの回復を優先してください!」
第一波の衝撃波で秀吾のMPが大きく削れた次の瞬間、地震の波紋が地面ごと辺りを吹き飛ばした。
ケイが目を開けると暗かった。またHPが0になったかと思ったが、そうではない。空に白い月が輝き。遠くで赤い火が複数揺らめいている。
HPMPともに減って行動制限がかかっているが、かろうじて動ける。MPにもダメージが入っているのはシキが巻き込まれたからだろうか。
【建御雷神 建御雷】
スキル表示とともにその赤い火の回りに青い電撃が走った。どうやら揺れている赤い火は八岐大蛇の目である。まだ戦闘は続いている。
「楓さん! 生きてるか!?」
返事は無い。
近くに居たはずだが、こう暗いと何も見えない。
ケイは最初、この暗闇は八岐大蛇のスキルかと思ったが、スキル名表示が無かった。そこで思い当たるものがあった。
「影助! 聞こえてたらスキルキャンセルしてくれ! 何も見えねー!!」
おそらく影助が八十禍を停止させるために使っていたスキル、夜の食国である。
紫苑のパッシブスキルと合わせればデメリットを最小化できるが、恐らくHPの多い影助が残り、紫苑だけやられたのである。
とにかく楓を見つけて全体回復を使ってもらわないといけない。
「ええと、HP回復薬……残ってたっけ……」
その時、ケイは近くに動く気配に気づいた。
「私が持ってる! ケイは灯り点けられるだろ! 楓さん探すよ!」
小春の声である。シキに乗っていた。
「……貫名のおっちゃんに灯り点ける道具あるか聞いといた方がいいな」
言いながらケイは拍手を打った。
ケイのスキルは明るくはなる。しかし敵の注意を引いてしまう。
【猿田彦神 支加】
頭上高くに火の玉が灯り、八岐大蛇の目がケイ達を向いた気配がする。
敵に囲まれるのが早いか、楓に全体回復スキルを使ってもらうのが早いか。時間との勝負である。
「やられた人は支加の白い蝋燭の火みたいな表示のやつ!」
「ええと、あの時の位置関係から……ここかな? いや全員すごい吹っ飛ばされてるけど!? どこ?!」
「とにかく近いとこから虱潰し!」
後ろに小春を乗せ、シキに乗って駆け回る。
途中で倒れている縁や秀吾を見つけたが、とにかく楓を先に起こさないと間に合わない。制限時間は60秒である。
「八岐大蛇がこっちに来てる! 蘇生されたら退避してくれ!」
HP0で倒れているときも周囲の音声は拾っている。声をかけるだけで精いっぱいである。
遮る人数が少ないせいか、八岐大蛇はゆっくり、だが確実に近づいてくる。
倒されていた首がまた一頭、鬼灯色の目を開いて持ち上がった。
そこでようやくデコボコの地面に、うつぶせに倒れていた楓を見つけた。
「楓さぁん!! 全体回復お願いします!」
半泣きの小春が、見つけた楓に飛びつくように回復薬を与える。
起こされた楓も心得たもの。HPは5%も回復していないが、姿勢を変えて即拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【神産巣日神 枳佐貝蛤貝母の乳汁】
全体回復スキルである。辺りが明るくなったのを見て取って、ケイは自分のスキルを消した。
八岐大蛇の至近距離に居たであろう紫苑が復活したという事は、恐らく全員間に合ったはずだ。
「乗ってくれ! 全員退避!」
飛び乗った小春を連れ、MP切れで動けない楓をシキに咥えさせて走る。木がなぎ倒されていて身を隠す場所が無い上に足場が悪い。
ケイは背後の三方向から八岐大蛇の首が迫る気配を感じたが、対処できる場所が無い。
「くそっ!」
【二神連携 布都御霊剣】
背後の一頭が切り伏せられて地面に叩き落された。
左右の頭もほぼ同時に弾かれふらつく。
「すいません。抜けさせちゃいまして」
赤裸裸、レイ、鷹、瞬が駆けつけてきていた。