54.シングルプレイゲームでよく見るやつ
「ええとケイの捜索のために支加を……あ、ケイ居ないんだった……」
「おお、ジオがバグってる……」
VRMMOクローズドベータ版。ボス偵察中。
森の中の崖の様な容貌のボスはパッと見、八岐大蛇である。
ナビゲーションスキル、兼、挑発スキル持ちのケイが呑まれた。文字通り、進路を見失った所である。
一方のケイは洞窟らしい所に居た。
真っ暗な中、大量の八十禍の目が光っている。
どうやら連携スキルは解除されてしまったらしいが、スキルが発動したままだと一斉に襲い掛かられた可能性もある。
ケイは気を落ち着けて周囲の様子を確認する。
目の前に暗い水面。その先は高低差の大きい階段状になっている岩山の様だ。恐らく騎獣で力任せに進めない構造である。
階段状の岩の中腹に黒い炎を灯した鳥居だけがくっきりと見えた。その鳥居の前に大きい影が鎌首をもたげているのも見える。大きさとしては10mぐらい。ゲームではよくあるサイズである。以前思金神戦でジオに止めを刺した蛇ぐらいだろうか。
HPMPを確認する。幸い、ほとんど減っていない。
装備アイテムを確認。回復薬の他には実験用の一時強化アイテムだけ。勾玉は置いてきている。
「こんな所で使うつもりじゃなかったんだけど……蛇の比礼も無いし、ダメもとでいってみるか」
ケイが手に取ったのは素早さを一時的に上げる薬である。
適当な低階層で実験してみるつもりで忘れていたものだ。
以前、攻撃力を上げた状態で器物型式神がサイコキネティックハンドに近い動きをした。
このゲームの式神使いは力が弱くてできないが、他のゲームでは自分を引き寄せて加速移動などができる能力である。
赤裸裸が素早さは初速とほぼイコールみたいに言っていたので、その感覚が正しければ似た事ができる可能性はある。
ひょうたんの蓋を外し、飲む。薬師じゃないので効果時間が短くなっていると見た方がいい。
ケイは強く地面を踏み込んで、水面の上にほぼ水平に跳ぶ。同時に器物型式神で水面を叩く。水切りの石のようにケイは水面を跳ねた。
「やっぱりできた! 初速中にタイミングを見て再加速は有効……後は……岸に着くか……!」
器物型式神を利用してそのまま数回跳ねた後、ばしゃん、と先ほどとは違った音を立て失速。膝ぐらいまで水に浸かった。
「くそ、やっぱりか」
どうやら強化で初速も上がり、力も普段より強くできるが、徐々に減衰していく。やはり根本的な力が足りないのである。
ケイは水をかき分けながら岸に上がった。HPが減ってくのが見える。
「やっぱ消化液ギミックかー。基本だよな」
そのケイの目の前に大量に集まってくるのは全て蛇である。
もう一度、強く地面を蹴って、今度は縦に跳ぶ。そして器物型式神で壁を叩いて縦方向に再加速。この微妙なタイミングをシキと合わせられる自信が無く、騎獣は出していない。
「くそ! 短い!」
もう一段上るはずだったが、想定より加速できずに途中の段に着地する。待ち構えていた蛇達に噛まれたが、HP減少は大したこと無い。
「葡萄!」
道中の素材アイテムはサラと縁に預けていたため、足止めアイテムはこれで最後である。
周囲に集まっていた蛇が蔦に絡めとられた。
ケイは壁際近くに走り込み、再び地面を蹴る。
そして壁を使って加速する。
今度は大きく鳥居の上空に跳んだ。
そこに天井から蛇が飛びかかってくる。
「見えてんだよ! って!?」
噛まれた。器物型式神で振り払ったつもりだったが、ケイの力が弱い。蛇型八十禍を弾き飛ばすほどの力が無かった。
鳥居の前の蛇も飛びかかる体制を整えている。あの巨体の蛇の攻撃はおそらくノックバックの威力がある。最悪下に叩き落されてやり直しになる。
「シキ! 引っ掻け!」
偶然、完璧なタイミングでシキが現れ、飛びかかって来た蛇を段差の下の方に叩き落とした。騎獣型式神。式神使い随一の攻撃力である。
ケイが鳥居の前に落ちた。落下ダメージは無いが、起きようとしても動きが鈍い。HPを見ている暇はないが、ダメージを受け過ぎたと判断した。
「シキ! 連れて鳥居を抜けてくれ!」
ケイは引きずられるように復帰ゾーンを後にした。
「まぶしっ!」
急に明るい所に来たせいか視界も悪い。
ケイが白い視界でうっすら見えたのは目の前にある巨大な蛇の頭。青空。そして下に広がる森と、巨大な八岐大蛇の胴体。
ボスエリアに戻って来たのである。
鎌首を持ち上げた頭から放り出されたらしい。ケイが居るのは空中である。落下ダメージは無いと知っていてもぎょっとする。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【猿田彦神 支加】
「ジオたちは……これか?」
その方向を見ると、おそらく大蛇に囲まれていた。緑火鳥居に進めないで立ち往生しているようだ。肝心の鳥居は恐らく蛇の胴体付近にある。
「岩山方向に行け! 青火鳥居があるから!」
届いたかは分からなかったが、ケイはそのまま地面に落ちた。
ぐずぐずしている暇はない。ケイが発動しているスキルは挑発効果もあるので、すぐに敵が寄って来るのである。
「……何だこれ?」
行動制限が掛かっているかのように体が動かない。
ケイは慌ててHPを確認する。
「何だこれ?!」
HPは60%、MPは90%近く残っている。動けなくなるような行動制限がかかる状態ではない。
しかし、体を起こせないのはHPがかなり低下した時にかかる行動制限である。しかも、HPが徐々にであるが、見る間に減っているのである。
慌てて回復してみるが、行動制限が解除される気配が無い。HPの減少も止まらない。
「何だよこれ!?」
そして視野が白くなってきていることに気付く。視界がほとんどない。自分のHPMPだけがくっきり見える。
「何だこれ? バグ?? シキ、居る?」
「みゃう」
「えっと、皆に合流……とりあえず青火鳥居」
言う間に地響きが近づいてくる。周囲から生き物の動く音らしい葉擦れも聞こえる。
「み゛ゃっ!」
見る間にHPMPが減少した。攻撃を受けているらしい。
と、何かに持ち上げられる感触がした。
「シキ! 回避!」
「ケイさん。目立っちゃうのでスキル一旦止めてください。周囲の八十禍を振り切って皆と合流します」
ケイを咥え上げたのは赤裸裸の騎獣、豪登であった。