51.ボス捜索中
VRMMOクローズドベータ版。
現在、ダンジョンでスキル検証、兼、アイテム収集、兼、偵察である。
二人分の拍手が響く。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
いつも通り表示に注目するが、何も起こらない。
「……あれ? 連携スキル発動しないんだけど??」
「表示はされてるから使えるはずだけど……」
ケイとサラは混乱している。
「ああ、二神連携、視線入力だけだと不用意に発動するって文句出てたろ?
前回のアップデートで『二神連携』って音声入力するようになったんだ」
「え? この長いスキル名読み上げんの?!」
「視線入力と『二神連携』だけでいい。声も揃えなくていい」
「んじゃ『二神連携』」
「に……『二神連携』」
【二神連携 御前に仕え奉らん】
ここで無事、いつものように頭上高くのまん丸の火の玉と頭の近くに浮かぶ火の玉が表示された。
というような多少の混乱があったが、概ね問題なくダンジョンを探索している。
「わぁー、相変わらず入れ食い状態……」
サラが縁の周りの直毘神を眺めて言った。サラとケイの連携スキルが禍津神を引き寄せるのもあってすごい勢いでアイテムドロップの恩恵に預かっている。
「縁さーん、後で紫石10個ほしいんだけど! 貫名のおっちゃんに頼まれててさ」
「分かりましたー。ボス行くようだったらサラさんに渡しますねー」
全滅した時のアイテムロスト回避である。
現在ダンジョンを攻略しているメンバーはケイ、ジオ、縁、サラ。
ダンジョン内、素材採取がてらケイとサラの連携スキルの確認に来ている。
ケイとサラの連携スキルの黒い炎がボスの居場所を示しているとすれば、ボスエリアに着くはずである。
ボスが浅い階層に居そうなら確認に行く予定であった。
ちなみに本人の希望もあって戦闘の苦手なサラは直前で町に戻り、今回は参戦しないと決めている。
これは小春の鑑定スキルの例もあり、スキルを使っている片方がダンジョンから出ても連携スキルが持続するかの確認も兼ねている。
「サラ。透明勾玉って練習用ダンジョンボスでしか出て来ないってホント?」
「今の所そうみたいだよ」
「参ったな。三つ頼まれてるんだけど……アイテムで術効果のあるやつって無いかな? 俺一人じゃ練習用ダンジョンのボス狸倒せないし」
「鹿児弓かなぁ。五回だけ追尾・命中型の術が撃てるやつ」
「五回で倒せるかなぁ……」
横で聞いていたジオが声をかけてきた。
「今ので思い出した。運営に確認したら、式神使いの攻撃は主に物理。攻撃力は半減するが、術扱いでもあるそうだ」
「は?」
「練習ダンジョンの大禍狸、ずーっと殴ってれば倒せるって事」
「ええー……いや、言われてみれば……」
小春は狸のHPが少ないと言っていた。
小春本人も気付いていなかったのだが、実はあの段階でケイの攻撃によって狸のHPはかなり削れていたのである。
削れているHPを見る前にケイ達がダメージが通らないと言っていたため、小春もそう思い込んだのであった。それで無意識に辻褄を合わせて元々のHPが少ないと認識したのである。
ケイ達はジオの必殺スキルが通じず、狸の被ダメージ時のリアクションが分かりづらかったせいで攻撃が効いていないと錯覚しただけである。
一方、式神使いのレイは一人で透明勾玉を持ってダンジョンの入り口に居た。ひたすら殴り続けて一人で攻略したのである。
「運営に「狸のリアクションが分かりづらいです」って報告した?」
「やったやった。リプレイデータのアドレスも添えた」
「よし、じゃあ透明勾玉は三周するとして……あと梨ってどこにあるか知ってる?」
サラは首をかしげて考える風にし、意外な事を言う。
「んー……町のお手伝いイベントでも貰えるだろうけど」
いつの間にやらそんなイベントが増えていた様である。
「そういえばダンジョン内で採取できるものが増えたんだよね。植生も現実準拠のモデルになりつつある。
今のところはアイテム区分としては竹、ひょうたん、葡萄、桃以外は一括して果物、草、枝、みたいな分類だけど、採取した物の名前は出るよ」
「……そういえば見慣れない草が一杯……何だ? 山菜採りゲームにでもする気か?」
「本当はそういうのやりたかったのかも。薬師周りのが動かなかったのも、どの仕様をどの程度整備するかで調整してたのかもね」
「梨ならあの木じゃないですか?」
縁が前方を指した。
「そうだね、薬師のジョブスキルでも梨って書いてあるし」
サラが肯定する。しかし、当のケイは木を見上げて首を傾げている。
「……梨の木ってもうちょっと小さくない?」
「それ果樹園の棚仕立てになってる奴だろ。普通に伸びたら10m以上になるらしいぞ」
「マジで? 三階建てのサイズ?」
ジオに言われて梨の木を見上げる。
「式神なら届くかな、よっ」
ケイが護符型式神で突いてみるも、葉っぱがガサガサするだけである。
「んー器物型なら……」
巨大熊手を見て呆れたサラがシキから降りた。
「採ってくるよ。アイテムのアイコンが点灯してる位置が違う。採取できる場所が決まってるのかも」
そう言って幹を走って上って行った。
サラが採ってくる間、梨の木を見上げていると、ケイがふと口を開いた。
「なあなあジオ、どうでもいいんだけどさ、梨っていつからあの天井みたいな栽培法なの? やっぱ明治時代に外国の栽培法が来た感じ?」
「……棚仕立ては日本独自技術のはずだぞ? 果樹の形を誘引する技術はローマ時代からあるから、もしかしたらどっかの外国に似た技術はあるかもしんないけど。
江戸時代にはあって外国から来たわけじゃないはず」
「え?! そうなの?」
「……梨に関しては江戸時代後期、19世紀初頭には棚作りやってたっぽいって話はあるな。
群馬の下大島は元々利根川の川床だったところで、砂地だったかとにかく耕作に不向きな土地だった。そこでも育てられる植物って事で関口って人が梨の栽培法として確立したって話があったはず。
藤棚も江戸時代らしいし。永田徳本が葡萄の棚仕立てを考案したっていう伝説が本当なら江戸時代初期にはもう棚仕立てあったかもね。
蔓植物以外への応用はちょっと時間が掛かったのかも」
「トクホン? 誰?」
「戦国時代から江戸時代頃に居たお医者さん。ふらっと現れて病気を治してく仙人みたいなエピソードが残ってる」
「戦国時代なんだ……」
ケイは遠くから向かってくる蛇の八十禍に気付いた。片手間に倒すと、珍しくツチノコっぽい直毘神がケイに葡萄をくれた。
「何か居た?」
「八十禍がちょろっと」
戻って来たサラに礼を言う。
少し量が多いので皆で余った梨をかじってみた。
「……ぺきぱき割れる梨ジュース……?」
「野生なのに普通の梨の味なんだ……別にいいけど」
「一口目が板チョコの梨汁……?」
「三噛み目あたりから若干食感が近い気がする……」
食感も改善しているのだろうか?
おにぎりを食べ続けているという都市伝説開発者の血と涙の賜物かは不明である。
「あ、そこトラップあるから」
ジオがジョブスキルで見えている罠のアイコンを突いて罠を解除する。
そうしてアップデートの情報交換をしつつ、のんびり二階層に向かう一行である。