50.アイテムが空いてん
VRMMOクローズドベータ版。
現在、新規実装された練習用ダンジョンで見つかった謎素材に付いて調査中である。
翡翠の紹介で新しいスキル持ちの人に会いに来ている。
途中、練習用ダンジョンの出入り口で同じく透明勾玉を持って首をかしげていたレイ。調合室の前でばったり出会ったサラも合流している。
「居るかなー」
翡翠は調合室の木札をながめた。
「居た。こんこーん失礼しまーす」
「おう」
ごついおっさんである。
短めの落ち武者ヘアというかおでこの広い河童ヘアというか。
眉間の深いしわ。眼帯の様な紺の鉢巻。紺の着物の袖をたすき掛けでくくり。ギャルソンエプロンというか魚屋のおじさんみたいな前掛け。足袋。
阿多古貫名。これでも薬師である。
薬師というより武士みたいな渋い見た目である。
そのごついおっさんが話しかけてきた。
「新入りか?」
「新入りって言うか……」
「俺は新米ってやつだ」
「はあ」
「以前から登録はしてたんだが、当時はクラフト機能がいくらふぉども無くてな」
「それラップ?」
ついて来ていたレイが尋ねた。クラフトといくらほどを掛けていると判断した様である。
「親父ギャグのオシャレな言い方知ってんな。見所あるぜ」
「えへへ」
多分、親しみやすい人である。
表情がごついのと親父ギャグが下手なので分かりづらいが。
とりあえずジオが尋ねる。
「スキルで合成方法が分かるって?」
「ある程度素材アイテムが揃ってると、何が作れるかが分かるんだ。足りない材料とか分かることもある」
ケイがふと疑問に思って聞いた。
「何の神様のスキル?」
「何だと思う?」
聞き返されたケイがジオを見た。
「見た目で分かるなら天目一箇神だろ? 名前が貫名なら製鉄関係っぽいし」
それに反応したのはケイの方であった。
「かんなって鰹節削り器みたいな大工道具じゃないの?」
「砂鉄採りに鉄穴流しって技法があるんだよ。軽い成分は下流に流れるが重い鉄は早く沈むから上流に溜まる。
砂金採りで洗濯板みたいなのにさらさら~ってやってるのと一緒。比重の違いで選り分けるんだ」
と、貫名の反応を見る。
「俺もまぁひとつ狙ったんだけどよー、違うんだなーこれが」
「違うのかよ」
思わずジオが突っ込んだ。
「玉祖命だ。たまの親父ギャグはそのためだ。このゲームのアイテム合成にはほとんど毎回石を使うらしくてな。
石が一枚噛んでるわけだ」
苦しい親父ギャグらしきコメントはもうスルーである。
気を取り直して、アイテムの事を聞いていく。
「透明勾玉に、同色の石10個と木の枝10本で関連する能力値が上がる装備アイテムに変わる。
透明勾玉に黒石10個合わせたら攻撃力+1のチビ勾玉って事だ」
ジオが即座にゲームシステムを思い返す。
「ええと、素材アイテムで持てるのが最大100個だから……石10枝10で+5が最大って事か。装備枠一つ潰すには微妙だな」
「ところが、同色のチビ勾玉は合成できる」
便宜上、透明勾玉と石を合成したものをチビ勾玉と呼んでいるようである。早く公式名称が出てくれないと混乱が発生しそうである。
「攻撃力+5と攻撃力+5を合成すれば攻撃力+10だ。
カンストは検証されていない。実装されたばっかだからな。
研磨が大事ってわけだ。勾玉なだけに」
グラインダーは英語圏で言う所のおおよそレベル上げ、能力値の研鑽みたいな意味である。
「なるほど? レベル上限に達したら今度は勾玉で能力値上げろって事か」
「ただ普通の装備アイテムと違って、チビ勾玉は壊れるようだ。
MP上昇を着けてたプレイヤーがMP使い切ったら壊れて、代わりに上昇分わずかにMPが回復してたらしい。
使う時は気を遣った方がいいな」
「まじかー」
条件を満たすと自動的に壊れるようだと、おちおち強力な勾玉を着けられない。
アイテムロストも実装されたのでかなり考える必要がある。
そこでケイが思い出したように問いかけた。
「あ、能力値で思い出したんだけどさ、複合強化付けられる薬って作れる? 攻撃素早さ防御なんだけど」
「黒石4、白石4、緑石4ってな感じで白石を挟まないとバフ弾ならぬ爆弾になる」
爆弾。薬師のアイテム製作で失敗とされるアイテムである。
「白石の緩衝が必要なわけだな、バフなだけに。
バフ3つ掛けなら白石16、黒石8、緑石8、青石8必要だ、入れる順も気をつけないといけねぇ」
それを聞いたサラが合点が行ったように頷いていた。
「そっか、白石を挟むんだ……めんどくさそう……」
貫名は「掲示板に強化版のレシピ貼っとくか」などと言っていた。
「しかし、複数の石を使っても効果時間はどれも同じ、数分程度。必要な素材の量も跳ね上がるし、重ねがけするほど費用対効果が厳しくなるぞ」
「なるほど」
効果を増やそうとすると必要素材が倍々に増えていく仕組みの様である。
一時強化に使うか、透明勾玉の強化に使うか。
今回のアップデートでアイテムの使い道がぐっと広がった様だ。地道に地力を上げるのに使うか、一時上昇に使うかである。
「貫名さんは変わったアイテムも色々作ってるんだ」
翡翠の紹介に応じる。
「おー。見てけ見てけ、とりあえず作ってみたんだが使い所が無くてな」
貫名はそう言って部屋の隅の薬味箪笥を開けた。どうやら調合室にも自分の倉庫直通の引き出しがある様である。
「狼煙6色、赤青黄緑白黒から好きな色の狼煙を上げられる。手裏剣10個、投擲アイテム使い捨て。隠れ蓑笠、忍者の隠形と同じ効果があるが使い捨て。鹿児弓、術のホーミング攻撃5発分、使用したエリア外に持ち越し不可、使い捨て。からくり長鳴鶏、設置型の禍避け。八塩折の酒、設置型の禍寄せ。チビ打出小槌、ランダムにアイテム3種。チビ如意宝珠、ランダムに回復か一時的な能力上昇……えーと、これなんだっけか?」
「これって素材アイテム枠じゃなくて装備枠なんだよな?」
「そうなんだよな。今一つここぞって所で心もとなくてよ。
倉庫埋まって困ってんだよ、何か使い方思いついたら即行倉庫から持ってってくれや」
100個持てる素材アイテム枠と違って、装備アイテム枠は10個。そこに回復やバフアイテムを入れないといけないので構成は面倒である。
ふと思いついたように小春が薬味箪笥を開く。やはり調合室の引き出しも個人の倉庫に繋がっている様だ。
「ケイ、ジオ、これ」
素材アイテムを渡してきた。
「何これ?」
「薬師は練習用ダンジョンでも素材を見つけられるたからね。私だけ先逃げちゃったからお詫びだ」
「いやこれ不良在庫だろ。青石じゃねーか」
「そんな事ないもん。私だって素早さ挙げられるなら上げるよ」
「まぁくれるならもらっとくけどさ……」
ケイは受け取った素材を自分の引き出しに放り込んで閉じる。
ガツン。と音を立てて詰まった。
青石が引き出しの中を転がる。
「え、何これ」
ケイが呆然としていると貫名が声をかけてきた。
「青石が収納容量越えてんじゃね? そのまま放っとくと消えるぞ」
「あっはっはっは! 私と同じ事してる!」
「お前やっぱ不良在庫じゃねーか! あーもう! 貫名さん、これで素早さのバフアイテム作って! 今度頼まれた素材採ってくるから!」
「まいど」
「収納限界超えるとこうなるんだ……」
一部始終を見てたサラがため息をついた。