5.検証中
ゲームの仕様が独特過ぎて困惑しっぱなしだが、とりあえず基本動作に慣れようという事になった。
練習場で基本の戦闘動作の練習である。
「あ、かわいい」
縁が声を上げた。蛇の禍津日神を倒したら、くりくりおめめの白いツチノコっぽいものになったのだ。
「禍津日神を倒すと直毘神が出てきます。
実際の戦闘では回復してくれたり、アイテムをくれたりすることもありますよ」
直毘神が尻尾を振ってバイバイすると、地面に飛び込みでもするかのように消えた。
数秒後、再び練習場の土俵に訓練用の蛇の禍津日神が出現する。
ケイがジオに解説の続きを求める。
「あれ、どういう設定なんだ??」
「どうって? ……練習モードで敵倒したから次の敵が出て来てるだけだが?」
「いや、神話とかゲーム設定的な?」
「……神話上では黄泉、あの世から戻った伊邪那岐大神が禊をした時に生まれた対の神。
禍津日神が災い担当、直毘神が災いを封じる担当、とかまぁ色んな説がある。
このゲーム設定的には神様には複数の面があって、荒魂というのは戦いや災害を担当する神様の一面だ。
その力を安全に解消するために荒魂の分御霊、つまり分身だな、それを禍津日神という姿に変えて戦わせることにした。その戦場がここ、という設定」
「なんとかみたまがいっぱいでてきた……」
「要は、『仕事に疲れちゃった神様達にアバターで大暴れしてもらってストレスを解消してもらおう』という設定のゲームなんだ」
「よし何となく分かった」
そんな時、唐突にマップの端に埴輪が現れた。
唐突に埴輪である。
「運営さんだ。何かあったのかな?」
あっけにとられているケイを置いて、ジオが話しに行った。
埴輪がプレイヤーを止める様子もないので、緊急の不具合というわけでもないらしい。ケイは練習を再開することにした。
戦闘システム自体は単純。動作自体もスポーツゲームでやった通りに体が動く。
スノーボードは地上から30cmぐらい浮いていて、ゲームだから実際にはできない無茶なトリックもできる。
しかし、攻撃の当たり判定が微妙なのだ。当たったと思ってもミスしていることが多い。
縁の術は当たってるので、スノボを式神として押し込んだのが原因かもしれない。
宙に浮くスノボがラジコンの様に滑って行って敵に当たる様はシュールである。
「式神は連撃入らないから、その都合じゃないかな……あと、絶対運営の想定してるのと違ってるから、そこで当たり判定に不具合が出てるのかも」
とは戻ってきたジオの見解である。
「埴輪さん、何だって?」
「ベータプレイヤーの動きやコメントを、広告とかそういうのに使いたいって話。今回の話は俺だけだった。
あと、ついでに聞いてみたんだけど、縁さんのはバグじゃない。
ダンジョンに入ればすぐ分かるらしいけど、パッシブスキルが強力だからLv1の技が無いんだって」
「てことはダンジョンに入った方がいいのか?」
「確かにこの練習場じゃ分からないことが多すぎるな」
その時、土俵に居る縁が、他プレイヤーの誰かが練習場に入ってきたのに気づいた。
「どなたか来たみたいです。どいたほうがいいんでしょうか?」
「いえ、練習場は複数から選べるから……俺達に何か用ですか?」
ジオが声をかけると、入って来た人は丁寧にお辞儀をした。
「不躾にすみません。当方初心者で、詳しい方にお話を聞けたらと思いまして」
短髪のぱっつん黒髪。青と紺を基調とした大正時代のような袴とブーツ。中性的な見た目。腰には直刀、近距離戦闘職だと思われる。
「私達も現在検証に苦労しているんですが、それでもよければ」
「ありがとうございます。当方、徒士をしています。真木 要と申します」
「あ、要さんの神様の名前聞くの忘れてた。まぁいっか」
ジオが言ったのは要が土俵に上がった後だった。縁とお互いにお辞儀をして何か話している。
どうも味方に掛けるタイプのスキル。強化系スキルらしいのだ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に……』」
ジオがスキルの予備動作を始めた。少し遅れて要もスキルを使う。
【思兼神 思兼神に思はしめ】
【高御産巣日神 還矢】
「高木神!?」
「誰? 高木さんちの神様?」
「高御産巣日神。古事記によれば日本神話で二番目に生まれた神様。
古事記で最初に生まれた造化三神と呼ばれる神様の一柱。
初めて見たな、実装されるんだ……」
「増加……?」
「ちなみに俺のスキルの神様、思兼神の親、祖神」
「神様にも親子ってあるんだ」
「どこからともなく現れる時もあるけどな。それこそ造化三神含む別天津神とか」
要は強化をかけたと思しき縁に、変化を聞いている。
縁はぼんやり光っている以外に変化はない。
ふと、ケイは興味をひかれていた事をジオに聞いてみる。
「なぁなぁ、ところでさ、その『恐しこみ恐しこみ白まおす』って詠唱、実際にあるの? マンガとかアニメとかではちらっと聞くけど」
「いや、俺も詳しくはないけど、多分実際にある祝詞を継ぎはぎしてそれっぽくしただけだな。
『恐れ多くも見守ってくださっている神様達に恐れ多くも申し上げます』みたいな意味になるはずだ。
本来の祝詞は願い事と、その願い事にまつわる神様のエピソードとかを入れて『……なのでそのお力をお貸しくださいとお願いを申し上げます』って感じになるから
……これだと手紙の書き出しで終わってる感じ?」
「ふーん。一般人が唱えてもいいの?」
「ものによってはいいらしい、正式な祝詞が公開されてる所もあるし」
「いつ唱えるの? お参りの時?」
「流石にお賽銭箱の前で朗々と、っていうのはやめろよ?
ていうか、お賽銭入れたら、数歩横か後ろにずれろって言われなかった? うちだけ?」
「あ、それ、当方も小さい頃に言われたことあります。実際のマナーかは不明ですが、兄弟が多かったので家族でお参りに行くと邪魔になりやすく」
土俵から降りてきた要が言った。
「神社によっては行きは道の脇を通って、帰りは神様と一緒だから道の中央を通るって動線が決まってる所もあるんだけどな」
と、ジオと縁が軽く目を合わせた。
「俺、初詣ぐらいしか神社行かねーよ。動いたら人にぶつかるよ」
「ならそれでいいんじゃね? 滅茶苦茶熱心に行くものでも無し。氏神様には月参りって言うぐらいだし。
そして神社じゃなくても混んでるときは余計な事せず誘導に従え。危ないから」
さて、要のスキルの検証の結果である。
「……というわけで何かしらのバフだとは思うのですが、自分に掛けた時はよく分からなくて」
「今かけてもらった僕もよくわからなかったんです」
よく分からないスキル。が結論である
それをふむふむと聞いていたジオが提案した。
「スキルの名前は『還矢』でしたよね。
カウンター型の可能性が高いと思います。
……丁度人数も揃ってますし、皆、よければ実際にダンジョンに行ってみます?」
練習場の敵は全く攻撃してこないため、ここでこれ以上の検証は不可能である。