48.アップデート
「見てみてー! これがアイテム置き場!」
薬師のプレイヤーがはしゃいでいる。
ちょっとした教室ぐらいの大きさ、壁全面が薬味箪笥のような部屋である。
この度のアップデートで実装されたのは、プレイヤー達の集まる拠点であった。
ここはアイテムを置いておく倉庫の一つである。
無制限に置いておけるわけではなく、装備アイテムや素材、更にいくつかの種類に分けてそれぞれ何十個ずつというように制限がある様だ。
それでも薬師の何人かは楽しそうである。
一方で、アイテム置き場が実装されたせいか、ダンジョン内全滅時に経験値ペナルティの他に『手持ちのアイテム全ロスト』のペナルティが実装された。
ボスがどこに出るか分からない仕様と相まって割とスリリング。不用意に貴重な勾玉を持ってボス戦に臨めなくなった。
ケイがボス戦で勾玉を使ったのと関係するかは不明である。
「これ、番号とか振ってないけど自分の持ち物の場所、分かるの?」
ケイが隣のジオに尋ねた。
「自分が開けた引き出しが自分の収納空間だ。
練習場の木札とかと一緒。それぞれの空間に繋がるってこと」
「あーなるほどね」
プレイヤーと収納場所が紐づけされていて、そのプレイヤーが開けた引き出しにその人のアイテムが入っている。VRならではの整頓法である。
お店に売るのが面倒でウェストポーチを占拠していた素材をザラーっと引き出しに流し込むと、勝手に小箱に分けられ数量の札が貼られた。
「自動精算機の小銭みてー」
「その辺の挙動は参考にしてそうだな」
「この拠点さ、結構広いけど、他に何があるか知ってる?」
「んーと、あっちの並びが調合室。設備は薬師じゃないと使えない」
ジオが指した側には引き戸が五つほど。
「入り口には木札がかかってる。例によって触る事で繋がる先を変えられる」
「練習場の混雑防止と同じか」
「あっちがシアタールームって言うか、レコードを確認する部屋」
レコード。ダンジョン内の記録映像である。
「あっちが掲示板かな。スクロールさせたり期間や単語で検索したりできるから、よっぽど変な事書かなきゃ好きに貼ってOKみたいだ。掲載期限を指定する事も可」
待ち合わせの相談や検証内容の共有などに使うと想定されている。
「あとはあっちの奥に『全三層の簡易屋内ダンジョン』。多分、練習場で使えないスキルとかを試す用。
練習場自体は外に残ってて、八十禍がスキルに反応したり反撃してきたりするモードも選べるようになったみたいだ」
「八十禍が反撃する様になったら大体のスキルは検証できるだろ?」
「お前の道標とか支加があるだろーが。あれはダンジョン入らないと分かんないからな」
「あ、そうか」
「後はソライロの道敷大神とかな。
アナウンスはされてないけど、簡易ダンジョンが実装されたとなると一階層までボス来るようになるかもしれない」
「なあ、簡易ダンジョン行ってみていい?」
「つーかケイのスキルが簡易ダンジョンでどう動くか見たいんだ」
「私も行く!!」
いつから居たのか。小春であった。
「薬師は攻撃手段が無いからな! 誰か通りかかるのを待ってたんだ!」
御尤もである。
「薬師はな! アイテム20個持てるようになった!!」
攻撃を道具に頼る薬師にとって、かなり有力なアップデートである。
今回のアップデートは薬師の強化に比重を置かれたようだ。ようやく、ともいえる。
「私は百足の比礼で、実質アイテム九個しか持てなかったからな……」
小春が少し遠い目をした。
シルエットも触れない恐怖症にとって、特定の禍避けアイテムは必要不可欠である。
練習用ダンジョンは複数パーティーで挑む事ができる。
例によって入り口の木札を触る事で一緒に入りたいメンバーの所に入れるようになる。
一方で練習用ダンジョン限定の機能で、一緒に入れるメンバーをロックする事も可能。そこまで広くないため、初心者が他のプレイヤーから何かしらの妨害を受けないようにするための措置の様だ。
そういうわけで簡易ダンジョン一階である。
強いて言うなら大きめの道場の様な一部屋。
「……この板張りの屋内で靴脱がないって、ちょっとむずむずしない?」
「このタイプの床だと土足禁止感がすごい」
言っている間にぽよんと子犬の様なものが出てきた。よく見ると丸っこいぬいぐるみのような姿の狐と狸である。直毘神のようにうっすら白っぽい。
「あ、かわいい」
「説明するよー」
「するよー」
説明用NPCの様である。
練習用ダンジョンは全三階層+ボスエリア。上の階層に進むための赤火鳥居、同じ階層に進む黄色火鳥居。下の階に向かう青火鳥居がある。
NPCの口ぶりからすると、ダンジョンの途中でアイテムを拾う事もできる様だ。
全滅しても経験値、アイテムにペナルティは無し。
「でも、外のダンジョンでは負けると弱くなっちゃうよー気をつけてねー」
「アイテムも無くなっちゃうよー気をつけてねー」
本番ダンジョンのペナルティに言及する。
そして一階1エリア目。各鳥居の前には八十禍が三体ずつ、計九体。
「戦おうとしなければ、敵は動く事は無いよー」
「がんばってねー」
そう言って二匹(?)は姿を消した。
恐らく将来的なチュートリアルのガイドを想定している。
「本当だな!? 本当に動かないな!?」
小春が怯えながら姿を消したNPCに問いかける。
なぜなら左前方の黄色火鳥居の前に居るのが百足の八十禍だからだ。
既に彼女はかなり後ろに下がっている。
「んー、とりあえず八十禍は後回しにして。
猿田彦神の検証から行くか」
ジオに言われてケイが拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【猿田彦神 道標】
途端に、周囲の八十禍が一斉にケイに向かって来た。
「ぎゃーー!?」
猿田彦神のスキルはマップ中の鳥居の方角が表示される。そして強烈に敵を引き付ける。
弱い敵ばかりだったので、何とか倒して息をつくケイであった。
「今の攻撃したことになるの? 罠だろこれ……」
「恐らく練習場で猿田彦神のスキルが分かりづらいっていう事への措置なんだろうけど……。初見でやったらきついだろうな。運営に連絡しとくか」
「小春は?」
「後ろの緑火鳥居に駆けこんだぞ」
「……俺らも逃げればよかったのでは?」
「お前が緑火鳥居に気付かなかったら初心者も気付かないだろうと思って」
ベータ版の別名は。人柱版である。
とりあえず一直線に赤火鳥居を通って行く、二階層は大きな箱が置かれ、一部は積み上げられて迷路のようになり、少し視界が悪くなっていた。背の高さより高く積み上げられているものもある。
その木箱の隙間をジオが指す。
「何だろこれ?」
「どれ?」
「この『!』のアイコンっぽいやつ」
「俺見えないんだけど……」
「……てことは思兼神のスキルは使ってないし……忍者のジョブスキルか? 罠の表示アイコン、かな?」
理解の速いジオである。
とりあえず古式ゆかしく、ジオがアイコンを刀でつついてみたところ、罠が解除された。
折れた矢が落ちてる所を見ると、矢の飛んでくるトラップである。
「トラップ、他にもある?」
「ちょっと見てくる」
ジオが高く積み上げられた箱の山に飛び乗って上から室内を確認しようとした。
「うおびっくりしたぁ!」
「うぎゃー!?」
ジオが箱の上から蹴り落としてきたのは蛙型の禍津日神である。
蛙はとりあえずといった風に手近に居たケイに攻撃してきた。
式神使いは近接戦闘は割と苦手である。
「シキ!」
蛙はシキのネコパンチで倒された。オタマジャクシの直毘神がケイを回復して去って行く。
「狭い所で戦闘さすなよ! ちょっとダメージ食らったんだけど!!」
「そんな強い敵でもないし大丈夫だろ」
ちなみにここは練習用ダンジョンなのでこれだけ騒いでも攻撃しない限り禍津日神が襲って来ることは無い。
一応経験者と思えないぐだぐだっぷりでケイとジオは先に進んだ。