43.いつか神話の果ての果て
ゲームがメンテナンス中である。
二人がこたつに入って遊んでいるのはVR空間の自室。
こたつの上には前世紀のレトロなゲームハード。
VR空間でエミュレーション、再現されたレトロな対戦型パズルゲームである。
「大晦日なのに参拝とか行かないのちょっと意外だな。
神話とか詳しいから行事も割と参加すると思ってた」
「神話調べてるのと信心深いっていうのは全然別物だからな。
あと節分と大晦日は本来は家に引きこもって物忌みするのが正しいんだからいいんだよ」
「そうなの? 除夜の鐘とかあるじゃん」
「あれ確か鎌倉時代あたりの風習だもん。
俺は子供の頃に行きたがった事あるけど、親は連れてってくれなかったな」
「それってやっぱ宗教的理由?」
「いや、普通にめんどくさかったんだと思う。
テンション上がった子供を真冬の深夜の道を抜けて人ごみに連れ出すの、死ぬほどめんどいと思う。
車道に飛び出しそうとか迷子になりそうとか風邪ひきそうとか」
「ああ、なるほどね」
パズルゲームの勝敗がついて再対戦である。
「物忌みが節分と大晦日ってのは何か理由あるの?」
「どっちも年越しの行事かな? 考え方によって新年のタイミングが違うんだよ。日本は旧暦から新暦に変わった事情もあるし。
極端な例だとケルトの新年は立冬の11月1日らしいぞ」
「へー……でも、何で物忌み?」
「節分って、元は大儺っていっていう、疫病の鬼を追い払う行事なんだそうだ。
正義の鬼とその部下、の仮装をした人達が桃と葦で作った魔除けの矢を射って疫病の鬼を脅かすんだ。
中国から渡ってきた文化で、やっぱり恐い恰好した人たちが町を練り歩くっぽい。
まぁ日本に来たのは平安時代とかだからな、追い出された疫病に遭ったら困るから、外出禁止令が出たんじゃないか?
今も昔もインフルエンザとか流行る時期だから、家帰ってじっとしてろってのは割と理にかなってる」
「もしかして節分って、東洋版ハロウィン?」
「……例の部活の遊びの一環で、節分とハロウィンが同根説を思いついた奴が居たな」
「ぼくのかんがえたさいきょうオカルトバトル?」
「それ」
「楽しそうなんで、ちょっと詳しく聞きたい」
コントローラーが置かれた。
「儺は中国の周代、紀元前1000年ぐらいにはもうあったらしい。
ハロウィンの起源はケルトの祝祭と言われてる。
ケルトはおよそ紀元前1200年頃から今のドイツフランス辺りを中心にあの周辺のヨーロッパにあった文明とされる。
そこに遊牧民とかそういった人たちも合わさって、情報が洋の東西を移動して、どっちかがどっちかに影響しててもおかしくないという話だ」
「そういう経緯ならまぁ普通にありそうだな」
「中国の儺は年に複数回、季春、仲秋、季冬、つまり三、八、十二月頃にあったらしいけど、ケルトも一年を八つに区切っていて、有名なお祭りも年4回あるとされるんだ。
このケルトのお祭りの時期っていうのが、立冬立春立夏立秋の四立。つまり秋分冬至春分夏至のちょうど中間っていう、ちょっと特徴的なタイミングなんだ。
ブリテン島に残る古代の墳墓の向きから、かなり大昔からこの時期を重視してたと考えられている」
「……冬至なら日が一番短いやつで夏至なら日が一番長いやつ、春分秋分ならその中間の高さって太陽の基準があるけどさ、その更に中間だと日程の割り出し、古代だと結構めんどくさくない?
現代でも観測から全部手動でそれやれって宿題出たらぜってー途中でめんどくさくなってできないと思う」
「だから結構きちんとした観測技術と計算技術があったはずだけど、ケルトは知識階級が教義を文章で残してないらしいんだ」
「何でそんな太陽の動きと比べて半端な時期なんだろ?」
「疫病避けだとしたら季節の変わり目ってやつじゃないかって考察だ。四立は二十四節気でも季節の始まりとされるし、現代でも夏は熱中症と食中毒、冬は冷えとインフルエンザって、気をつけないといけない事が違うだろ? 一番冷え込むのは冬至の後だし一番暑くなるのは夏至の後」
「なるほど……その程度なら別にオカルトじゃなくない?」
「そのケルトの一部がキリスト教に締め出されて日本に来てた説はオカルトだぞ」
「またか。何か面白いこじつけあるんだな?」
「わっしょいの起源がwassailing説を唱えていた」
「wassailing is 何?」
「wassailは古ノルド語由来ともされているブリテン島の古い言葉だ。
使うタイミングは挨拶やリンゴの木を応援するおまじないなど。
それなら実はブリテン島独自の豊穣を祈る呪文か何かで、遠くまで伝播してもある程度形が残ったんじゃないかって仮説」
「おお、いきなりオカルトっぽい」
「あとは四国の夜行さんが有名だけど、節分の夜に現れるという全国各地に伝わる首無し馬に乗る神様の話だ」
「首無し馬ってデュラハンの? コシュタバワーだっけ?」
「コシュタバワーはデュラハンの馬車の事らしい。
日本に馬車は無かったからかな。首無し馬とか首切れ馬って名前で残ってるよ」
「夜行さん? って何する神様? 見つかると死ぬとか?」
「物忌みの日の夜に現れて、四辻、十字路を見張ったり、人が外に出ていないか辺りを見回ってるんだそうだ。
見つかったら放り投げられる、馬に蹴られる、見逃されても熱を出して百日寝込むと言われている。
一つ目で髭が生えてる鬼らしい。別の姿としては供の者を連れた貴人が物忌みの日に首の無い白馬に乗ってるって話もある。烏帽子を着けてたって話だからデュラハンと違って首はあるのかもね。
夜行さんとは別に、物忌みの間に外を見ようとすると目を潰されるって話がたまにある。
一方、デュラハンも見た人の目を鞭で潰そうとしたり、あと家から出て来た人に血をぶちまけるのも目を潰すためって説もあるんだよな」
「そう言われるとデュラハンと物忌みの夜の神様、似てなくもないのか?」
「辻の信仰はギリシャ神話のヘカテにもあるけど、道から悪いものが入ってこないようにって信仰はあちこちにあるから何とも言えない。
夜行さんは無関係な人が夜に行う儀式に紛れ込まないように作られた妖怪みたいなものだと言われているんだ。子供が川に近づかないように河童の話があるみたいなもんだな。
首切れ馬が現れるとされているのは節分と大晦日、そして夜行日と呼ばれる特定の日。
この夜行日の日程は基本的に地元の神社が夜間に行う神事に関係あるらしくて諸説あるんだけど、一部はケルトの祭りの日とかなんじゃないかって仮説」
「日程は渡って来た神官がこっそり観測で割り出すとしても、物忌みが必要な夜行日ってどうやって一般人が知るんだろ?」
「当時の暦は陰陽寮の独占業務だな。忌夜行日の予報も。案外そういった神官達とこっそり日程の相談して決めてたんだったりしてな」
「陰陽寮って政府機関だよな? そうなると意識してかなり中枢で面倒見てたってこと?」
「まさかー。と思うけど、この仮説だとそうだ。七世紀ごろ、ケルトの人達がキリスト教が広まったせいで祭祀が続けられなくて、ひっそり信仰を続けてた所を日本に招待されたとかそんな感じだ」
「例によって漢字勉強して中国で「道士です!」って自己紹介して渡ってきた感じ? さすがにそろそろ日本人も気付かない?」
「日本書紀の時代からちょくちょく中国の滅びた国とかを名乗る亡命者は居たみたいだけど……この説作った奴は日本側が確信犯で遠方の国の人を招いてたってことにしてたな」
「どゆこと?」
「征夷大将軍の坂上田村麻呂って赤ら顔で金髪だったって話があるんだ。
祖先が百済の人だって話だけど、実は百済まで来てた西洋の人だったのかも」
「日本人適当過ぎか」
「案外、ヘッドハンティングしたら問題になりかねない隣国の学者よりも明らかに遠方から来た人の方が都合が良かったかもよ? って話」
「えー……あ、そうか、亡命者ならどこでも余所者なのか」
「そういう行き場の無い知識人を保護してた方が日本にとっても都合が良かったって仮説だ。
当時の極東まで来れたならその時点でただ者じゃないし。気に入ったらそのまま住人になってくれる。あっさり母国に帰っちゃうことも無い。
明らかに利害関係の無い遠方から流れて来たわけだから、隣国と仲が悪くなってもスパイとか気まずいとか心配する事も無いって所だ」
「そういう発想なら、いかにも外国人ぽい人をむしろ積極的に呼ぶ事もあるか……」
「古代日本には存外あっちこっちから文化が来てたんじゃないかって説だ。
そいつが例に出したのがこれ」
「……七夕……じゃないな?」
「これはケルトにある厄を布に擦りつけて自然に任すっていう信仰。聖なる井戸Clootie wellと言われるやつだ。
病気になった所をボロ布で擦って木に結びつけると病気を吸い取ってくれるとか布が朽ちて消える頃に治るみたいな考えらしい」
「それ聞くとちょっとおみくじの凶を結ぶ木っぽい」
「中国の道教にも替身っていう日本の人形祓いに似たやつがあるらしい。紙人形を燃やして厄払いするっていうから。日本の大祓の人形、陰陽師とかがよく持ってる紙人形みたいなアレみたいなのを体に擦って川に流すやつはそこから来たのかな?
何かを自分の身代わりにするっていう似た発想の厄除け自体は世界中にあると思う。
七夕で笹に紙を飾るようになったのとおみくじを木に結ぶようになったのは江戸時代って話だけど、この説を考えた奴、詳細な由来は不明だから七世紀から江戸時代まで民間伝承として伝わった可能性でゴリ押したんだよな」
「七世紀から江戸時代は流石に遠くね?」
「ただ、例えば比叡山の最澄さんの弟子で唐に留学してた人が居る。
結構あちこちの山でお寺を開いてるんだけど、その内の一つに布が巻かれた木があって、ケルトのClootie wellそっくり。現代でも次々布が結ばれてる。
しかもこの風習、由来は謎らしい」
「おお、ちょっとぞわっとした」
「何かでClootie wellの伝統が入って来てて、同じ疫病除けの意味がある大祓や、それと近い時期にあって芸の上達を祈る乞巧奠、五色の布を飾る施餓鬼旗などと微妙に混同されつつ共存してたのが、江戸時代に七夕が五節句として制定された事がきっかけで広がった説」
「おー」
「一方、北の方のシルクロードみたいなやつ、いわゆる草原の道に近い針葉樹林帯に住んでてトナカイに乗るタイギン・フンっていう人たちが居るんだけど、何かのお祈りの時に枝に布を結んでるらしいんだ。
チベット仏教も入ってるらしいけどチベットの五色旗とは多分違う。独自の自然崇拝があるらしい。資料が無くて詳しい事は分からなかったけど、勝手にこの経路の根拠にしてたな。似た文化があるなら交流があったんじゃないかって。
だからケルトの人達が来たとすればステップルートを通って平安時代頃じゃないかって仮説だ」
「人、日本に来れる? 遣唐使を廃止したから平安文化ができたみたいな話聞くけど……」
「鎖国してたわけじゃなくて、呉越とか北宋南宋と取引はしてたみたいだ。人が来るのも不可能ではないと思う」
「……授業でやったっけ? 覚えてねーや」
「そいつはおみくじも調べてて、おみくじの考案者とされるのは、元三大師 (がんざんだいし)、良源。この人は平安時代の比叡山延暦寺の僧だ」
「さっきからちょくちょく出てるけど、信長に焼かれたところ?」
「そう、信長に焼かれた所。まぁそれ以前にもちょくちょくいろんな理由で燃えてるけど。
おみくじを木に結び始めたのは江戸時代だけど、そもそも昔は偉い人が国の行く末に悩んだときとかにやる占いらしいからあまり知られてなかった作法があった可能性を考えたそうだ。
この良源さんは鬼に変身して疫病を退けたとか、魔滅のお札が豆に通じる縁起になったとか、節分を彷彿とさせるエピソードが多い。豆や鬼が魔除けになる話は中国からの輸入みたいだから流石にこの人のせいじゃないだろうけど」
「外国の人なの?」
「いや、才能を見出された生粋の日本人。
スポンサー見つけて荒れた寺の建物を修復したり、僧兵の暴発を抑えたりしててすごく有能。
そして、同時代の比叡山には空也上人が居る。
この人は出自が不明で、天皇家の血縁すら囁かれていた。
山奥で修行しながら町で寄付を募ってお経を写したり、仏像作ったり、福祉にあてたり。念仏を広く庶民に知らしめたと言われている。この人が海外と繋がりがあったんじゃないかという説だ」
「仏像とか作ってるなら、普通のお坊さんだと思うけど……」
「強いて言うなら疫病を祓う踊りを踊ったっていう話と、鹿の角の杖と革袋を常に身に着けてたって話かな。どちらも仏教の当時一般的だった教義に無い気がする。
まぁ踊念仏に関しては念仏を庶民に教えるためって話がある。
延暦寺の開祖の最澄さんは、玄清法印ていう盲僧琵琶の開祖に会ってるから、その辺に大らかっていうか音楽と仏教の融合の可能性とか見てたのかもしれない。流石にギリシャの詩人は盲目が尊ばれたみたいな話は関係ない、と思う。
そして鹿に関しては、空也上人が可愛がってた鹿が誤って射殺されたんで形見を身に着けてるって話が伝わってる。流石にギリシャ神話のキュパリッソスは関係ない、と思う」
「キュパリッソス、誰?」
「ギリシャ神話にもかわいがってた鹿を誤って殺しちゃって悲しみの余り木に変わっちゃう少年がいるんだよ。
神話に直接関係してるのはアポロンだけど、少年が変化して生まれた糸杉に関係あるのは冥界なんだ。香りの強い木だから昔から葬儀に使われてたらしい」
「ここまで来ると関係あるのかないのか分かんないな」
「一応ケルトにケルヌンノスっていう鹿の神様が居るんだ。これも死の神様って説があるんだけど、日本にはこの神様が来てて空也上人はこの関係者なんじゃないかって説」
「ちょっと待ってどうしてそうなったかが分からない」
「まぁこの説の根拠が『動物の特徴のある神様を信仰してる神官の人達はその動物の一部を身に着けてることが多い』ってだけだからな。
日本にも動物の神様居るっぽいし、日本書紀にも応神天皇が淡路島で狩りしてたら鹿の大群が泳いでたんで「何あれ?」って見に行ったら人が鹿の毛皮かぶってたって話があったりする」
「うっかり撃たれなくてよかったな。
つーかそれなら死の神様の信者って結構アグレッシブなの? かなりの頻度で極東まで旅してくることになるけど」
「その神様だって決まったわけじゃないけど、そりゃー現代の創作とか見ても分かるだろ。異教徒の死の神様とか格好の悪役だよ。
相手が剣とか槍とか持ってる時代ならその神官とか真っ先に殺されるだろうから逃げるだろ」
「えー……」
「まぁそんな感じのケルト神官日本に来てた説だ。オカルトものだったら空也上人の六斎念仏あたりに痕跡が残ってるのが見つかってる所だろう」
「ケルトの神官っていわゆるドルイド?」
「何か色んな種類があったみたいだ。さっきも言った通り、文字に残ってないから謎のまま」
「そんなに多いともう一人ぐらい冥王来てそうだな」
「……言われてみたら陰陽術の主神の泰山府君があっちの冥界の最高神だったわ。こちらは神官が逃げてきたわけじゃないけど」
「居るのかよ!? そんだけ集まっちゃうと仮説とはいえ流石にちょっとおもしくなっちゃうだろ」
「言わずと知れた閻魔大王様だよ。インドのヤマが中国で習合したんだ。
何か知らんけど割と冷静で落ち着いてる冥王様が集まってる事になるな。裁判所とか書類とかちゃんと用意してる神様多い」
「そうなの?」
「いや、ケルヌンノスはそもそも伝わってる話が少ないからどんな神様かわかんないけど」
「そんだけ冥府あってどこにも行けなかったら逆にショック受けそう」
「……もう一周回ってハロウィンっぽい話になったな」
天国からも地獄からも受け入れ拒否されたジャックオーランタンである。
「ギリシャ神話来てた説としてはその頃には日本に来てたギリシャの信仰は消えちゃってた感じ?」
「分からんけど、俺とは別に雄略天皇の時代までは少なくても残ってた説を出した奴が居た」
「俺とは別にってどういう事?? 雄略天皇、誰?」
「この部活内対抗さいきょうとんでもオカルトバトル、俺はギリシャ辺りの文化が古代日本の神話形成時代に影響したって説だった。
そこに俺の説に乗っかって歴史に残ってる辺りまでギリシャの影響があった説出した奴が居たの」
「オカルトバトル、どういうルールだったんだ……」
「ツッコミ禁止でどれだけ都合のいい資料を引っ張ってこれるかってレギュレーションでやってたんだけど、こいつみたいに他の説を吸収して強化する奴が出たので実質ドローで終わった」
「めっちゃ楽しそう……まぁ史実の資料が元になってるならゴリ押せば融合するか……」
「さて、雄略天皇は西暦で450年頃に居たとされる天皇だ。古墳からこの天皇の部下と思しき人がこの天皇の名前っぽい銘文の鉄剣と埋葬されてるんで、ほぼ間違いなく実在したとされている。
別名、大悪天皇」
「何その何かのラスボスみたいな異名」
「強いっていう意味の悪って説もあるんだけど、天皇である兄が暗殺されたのを契機に兄弟親族ほぼ皆殺しにして王位に就いてるんだ。
部下を癇癪で切り殺したとか処罰したみたいな話がいっぱいある。日本書紀では異名の理由を「独断専行で誤解で殺される人が多かったから」って感じに書いてある」
「あ、女性の王様が立たざるを得なくなった理由の人か!」
「この人の治世の頃に……記録上ではそのもっと前の神武天皇の頃あたりから雄略天皇の頃なんだけど、何か大物主をゼウスの扱いにしようとした気配があるって説だ」
「大物主、誰? 大国主と名前被ってない?」
「大物主は大国主が国造りをやってた頃、大国主が相棒である少名毘古那が居なくなって途方に暮れてた時に現れた神様だ。
輝きながら海の向こうから現れ、大国主の幸魂奇魂……あー……守り神みたいな? 神様に守り神ってのもあれだったからか分身って説もある。とにかくそんな感じに名乗って三輪の山に祀られることを望んだ」
「唐突だな」
「それを受け入れて大国主の国造りは成功したとされる。
国譲りの時にも居た説もあるけど、その後に出てくるのはまず神武天皇の時代。神武天皇は大和を平定したと言われている。
その神武天皇のお妃様は大物主の娘ってエピソードがある」
「そういやゼウスもあっちこっちの王族の先祖なんだったか」
「そのお妃様のお母さんのエピソードなんだけど……えーと、古代って天然水洗便所なんだよ。川の上にトイレがある」
「ああ、聞いた事ある」
「で、そこにお母さんが入った時、川の中から立派な矢が飛んできて刺さった」
「いきなり大惨事」
「股間に刺さったんで驚いて部屋まで逃げた」
「よりによってそこかい。そりゃ逃げるだろうけど、反応に困る話」
「そんで部屋に矢を置いたらイケメンの神様の姿になって娘ができた。この矢の正体が大物主。その娘が神武天皇のお后様」
「かなり反応に困る話だな」
「エロス、キューピッドの事前知識が無いまま縁結びの矢のエピソードが入って来て下ネタと結びついたという珍説を出していた」
「キューピッドの矢って古今東西ラブコメの化身みたいな存在だよね??」
「ちなみにエロスは若干冥界と縁があったりする」
「ペルセポネ誘拐エピソードの発端だろ?」
「他にもエロスの妻、読みはプシュケーとかサイキーとかちょっと分からんけど、その人が神様になったエピソードに関わりがある」
「誰?? つーかキューピッドって結婚してんの?」
「キューピッドが少年に描かれるようになったのは時代が下ってからのはず。
神話では例によって美人と褒めそやされてたプシュケーという人間の女性が、美の女神アプロディーテに呪われる。
「プシュケーが最も恐ろしい男と恋に落ちるように」とエロスが遣わされたんだけど、エロスはプシュケーに一目惚れ、絶対に姿を見ないという約束でプシュケーを妻にして匿う。
でもプシュケーは夫の姿が見えない恐怖に負けて夜に明かりを点けてしまい、火傷で灯りの火に気付いたエロスは彼女のもとを去ってしまう」
「伊邪那岐も黄泉で灯り点けて怒られてなかったっけ?」
「ああ確かに、日本書紀でも「だから小さな灯りをともすのは厳禁」みたいな無茶な事が書かれてるんだよな。
小さい灯りだと気付かず火元になって危ないみたいな意味かもしれないけど」
「ああ、それなら納得かも」
「プシュケーはこの後アプロディーテにいじめられて無理難題を押し付けられる。ヘラクレスの功業女性版みたいなやつ。
混ざった豆の山を分別しろと言われたら蟻さんの群れが助けに来て、凶暴な羊を捕まえろと言われたら草木が助言するっていう調子で試練をクリアしていく。
最後の試練が『ペルセポネの美の一部』を持ってくる事。
知っての通り冥界は渡し守に硬貨を渡すとかケルベロスにおやつをあげるとか色々ルールがあるんだけど、賢者の助言を得ていたプシュケーはそれをやりとげる。
ペルセポネは快く美を箱に入れて渡してくれた」
「美って箱に入るもんなのか? と思ったけど、そういえば災厄の詰まったパンドラの箱もギリシャ神話か」
「でも冥界から戻ったプシュケーは箱を開けてしまう。中に詰まっていたのは死だった」
「これどっちかっていうと浦島太郎の方が似てない?」
「一応日本書紀に浦島太郎の原型っぽい話はある。漁師の釣り船に現れた亀が女性の姿になって二人は結婚、海の下で仙人のいる蓬莱山を見物したりするってだけだが。
話をギリシャ神話に戻すと、エロスはこれを知るとすぐにゼウスに掛け合って、ゼウスも事情を鑑みて方々に手を回し、プシュケーを天界に引き上げて神様にした。
神々の前でエロスとプシュケーの二人を祝福してアプロディーテにも文句を言わせなかった」
「何だかんだ言って流石は最高神」
「この見返りとして、いい感じの女の子見つけたら紹介してもらうってエロスと約束取り付けたって話がある」
「流石ゼウス」
「あと大物主が出てくるのは―……崇神天皇の時代か。
崇神天皇の時代、疫病が大流行した。
大物主を祀れば治まるって話になったんだけど、その時大物主が神託で注文を付けた。それはとある場所に住んでる自分の子孫に祀らせる事。
昔々、大事な娘がおかしな輩と関わってはいけないと、夜は厳重に戸締りをした一室に娘を寝かせていた夫婦が居た。
しかしその密室に夜な夜な麗しい男が現れ、ほどなく娘は妊娠した」
「ゼウスにもそんな話無かった?」
「ペルセウスの誕生のエピソードかな? 雨になって部屋に入るやつ。
日本神話に話を戻すと、こんな厳重な部屋に出入りできるのはおかしいと思った両親は娘に言いつけて、夜に男の服のすそに糸を仕込ませた。
朝、親子で糸を探してみると糸は部屋の鍵穴を通って外に出ていて、三輪の山まで続いていた。
あれは神様だったのか、と気付いた後、男が娘のもとに通って来ることは無くなった。
この二つは偉い人は神様の血筋っていう裏付けエピソードかもね」
「こっちでも正体を知られて神様来なくなっちゃうんだな」
「これとは別に少し時代を遡って孝霊天皇の時代。
百襲姫命っていう人が大物主の妻になったんだけど、大物主の正体を見たいって言い出して、正体である蛇にびっくりしたせいで死ぬ、みたいな話がある。びっくりして尻もちついて股間に箸が刺さったせいと言われる」
「展開の唐突さ、神話ぽい。っていうか何かの符丁なの? その突然の下ネタ」
「……実は忌服屋の死因も股間の負傷って伝わってるんだよな」
「よりによって何でだよ」
「……とりあえずこの百襲姫のエピソードがギリシャ神話のセメレーの話に似てる説だ。
ゼウスがセメレーっていう人間の女性に浮気する。ヘラが怒って「最近は神と名乗って女性をモノにする不届きな男がいるそうですよ」ってセメレーの侍女に化け、忠告する。
不安になったセメレーがゼウスに正体を見せてほしいと頼み込み、誓いのせいで断れずに神に戻ったゼウスの雷神の力で焼け死んでしまう。
胎児は神の子だったから生きていて、これが成長してディオニソスになる」
「……似てるっちゃ似てるけど。血筋の裏付けエピソードじゃないなら何これ?」
「教義上の問題なのか何なのかはよく分かんないんだけど、以前からちょくちょくゼウスのアピールはしてるって説なんだ。
三貴子をゼウス、ポセイドン、ハデスに当てはめようとしてミスったとか」
「あ、それで素戔嗚の担当が海になったり夜になったりするのか。
でもその後にテュポーンもどきこと八岐大蛇倒して冥界に居るんだよな? 全部載せもいいとこだぞ」
「だから当時はそこまでこだわってなかったように見えるんだそうだ。
多分その次にゼウス候補になったのが大国主?
息子の木俣神とかもちょっと怪しいって言ってたな。胎児のディオニソスはゼウスの太腿に縫い込んで育てたって話もあるし」
「ああ、突然のチーレム化はゼウスのせいって事なら分かるかも」
「大国主の社がゼウスの神殿の形式にどれほど則ってるかは不明だけど、これで八十神相手に生大刀生弓矢でどっかんどっかん雷でも落として根の国に放り投げてれば習合したかもね」
「退治した八十神って八十禍?」
「八十神はいっぱい居る大国主の兄達のこと。八十はただの古代の数字の単位。
古事記には数由来の単語は結構ある。
だから十握の剣も火之迦具土を切った後も出てくるし、千引の岩も黄泉の境以外にもある。握り拳十個分の長さの剣、千人で引っぱるような大岩って感じの意味らしい」
「なるほど、古代の『東京ドーム何杯分』とか『一クラス分』みたいなもんか」
「何で大国主がダメだったのかは不明。国譲りが解釈違いだったのか。ダメじゃなかったから大物主の分身って事になってるのか。エリノマを取り合ったアドニスと習合してたせいで座りが悪かったのか。国を譲った側の総大将が最高神っていうのが問題になったのか」
「で、今回のゼウス候補は割と唐突に大物主なわけ?」
「雄略天皇が450年頃の人だとすると、その約百年前、ギリシャ本国の国教がキリスト教になってる」
「!?」
「大慌てで日本にギリシャの神々を祀ろうとして、何とかして日本神話にいわれを捻じ込もうとしたのかなーって説だった。大物主を本格的に祀りだしたのは崇神天皇の辺りだと言われてるんだ。百襲姫のエピソードが書いてあるのも孝霊天皇じゃなくて崇神天皇の記録の所だったはず」
「そうだとしたら海外出張してたら日本沈没してたみたいな感じか、想像を絶するに余りあるな」
「そして日本書紀には雄略天皇が三輪山の神様を見たいって言い出して、雷みたいな大蛇が捕まえられたので天皇は畏れて再び山に戻させたみたいな話がある。
これを記録させたなら雄略天皇は大物主=ゼウスっていう図式作りに協力した可能性がある。
後から書き加えられたんだとしても、この天皇の後の時代までは少なくとも信仰が残ってたって事になるって話だ。
万葉集の柿本人麻呂の歌に『大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬せるかな』ってのがある。一説によると本来の後半が『雷山 宮敷きいます』で雷の霊山に宮があるって歌も伝わっている。
八世紀初頭頃までは雷関係の最高神を形成しようとしてた説を出していた」
「後から来たギリシャの人がギリシャ神話の影響に気付いて便乗して最高神乗っけようとしたとかじゃないの?」
「そういえばこの頃にオルフェウス教団が後から来たんじゃないかって説も出してたな」
「突然のオルフェウス教団って何?」
「あまり詳しく分かってないらしいんだけど、すっごい雑に言うと冥界から生きて戻ったオルフェウスにあやかってか「冥界の攻略法教えます」って感じの、紀元前五世紀ぐらいにはギリシャにあったっぽい新興宗教団体」
「紀元前五世紀の新興宗教団体……」
「多分アポロンかディオニソスを信仰してたんだけど、この教団に言わせるとゼウスとペルセポネの子供にザグレウスっていうのが居るんだ。
この時ゼウスがヘビの姿をとってたって逸話も大物主と被ってる」
「ペルセポネってハデスの奥さんだよね? 突然の寝取りエピソードのキーワードに合致しないでほしいんだけど」
「で、このオルフェウス教によるとザグレウスはヘラの嫉妬でタイタン族に襲われて食い殺される。
ゼウスが怒ってタイタン族を灰にした時に生まれたのが人間。
アテネがザグレウスの心臓だけを救い出して、その心臓を元にしてゼウスとセメレーの間に生まれたのがディオニソス。
オルフェウス教は肉食禁止もしてたらしいから、仏教伝来と同期して民間の肉食禁止に同調した勢力って説を出してたな。
ただしそれなら雄略天皇はオルフェウス教の影響はないな。狩りもするし宍人部っていう肉を調理する部署を作ろうとしてたから」
「へー、確かにいきなり肉食全面禁止だよな日本。仏教国でもお坊さん以外は肉食ってるところあったって聞いてびっくりしたもん」
「菜食主義はインドにもあるし、精進料理や神事の前に肉を断つ考えは中国とかにも大昔からあるみたいだけどな。日本も魏志倭人伝によれば葬式の直後は肉食べなかったらしいし」
「なんだオルフェウス教関係ないのか」
「知らん。ああ、芋づる式に思い出した。
天津甕星、アストライオスじゃないかって話が出たんだ」
「何で?? 誰??? 天津甕星が謎の神様ってのは聞いたけど」
「アストライオス、似た名前があって混同されたのか諸説あるっぽいんだけど、ギリシャ神話の星空の神様。ウラヌスとガイアの子で風の神様達の父親。
そして神話が二つある。一つはギガントマキアに参戦してゼウス達オリンポスの神と敵対した。もう一つはデメテルがペルセポネの将来を占いに行って、ペルセポネは近く蛇の子を産むって予言を出した」
「ペルセポネと蛇……」
「このエピソードは紀元後の歌らしいけど、元ネタは古い可能性はある。
なぜならヘカテと同一視されることがあるメリノエもゼウスとペルセポネの子供って話がうっかりすると紀元前から存在するらしい」
「なんで寝取り要素を積極的に入れようとするのか……オタクの間でも割と禁忌だぞ」
「ここがめんどくさいところでな……冥界のゼウスっていうのがハデスを表してるからハデスの子だよ説。ハデスとゼウスが同一視されてたことがあるせい説などいろんな説が混ざってたりする」
「……めっちゃ解釈違いで揉めそうな気がするけど……多神教ってもしかして全然仲良くないのか……?」
「多神教の『諸説あります』の山を見てると、落としどころ見つけるの苦労したんだろうな……って思う時はあるな。
ただ、仮にこの辺でいざこざがあったとしたら、日本に冥界があるのにサイコポンプスが居ないのはそれが原因かもね。ヘカテ、メリノエに触る可能性があったのかも」
「サイコポンプス、何?」
「ギリシャ語だけど、宗教問わず人が死んだ時あの世に連れていく霊的な存在の呼び方。
天使とか、エジプトのアヌビス、ギリシャ神話ならヘルメス、ヘカテ、カロンなど。北欧神話のワルキューレとか、中国の黒白無常とかもかな」
「ちょくちょく知らん神様居たけど何となく分かった」
「まぁ万葉集の山上憶良って人の歌に出てくる之多敞乃使っていうのがそういう役目っぽいから、8世紀頃には名前はなくても日本にもそういう存在はあったのかもね」
「したへの?」
「『下への』、地下、根の国、黄泉と考えられている。この時代の文献、平仮名が無いから表音も表意も漢字で書いてるんだ。
一緒にしたら怒られそうだけど、吐露するに非常口に狩人で吐露非狩って読むようなもの」
「ええ……ところで死神が出てくる歌って気になるんだけど」
「この一つ前の歌がかわいがってた幼い息子が亡くなったのを嘆き悲しむ長歌。これはその歌に対する返歌、続きなんだ」
「ああなるほど」
「『わかければ 道行しらじ まいわせむ したへの使 おひてとおらせ』」
「ごめん多分日本語だけど分かんなかった」
「『若ければ 道行知らじ』、まだ幼い子で黄泉への道も知らないでしょう。
『幣は為む』、お礼の捧げものをしますから。
『下への使 負いて通らせ』、黄泉の使いよ背負って連れて行ってあげてくださいって感じの意味だとされている」
「あれ? 黄泉の使い、結構フレンドリー? 小さい子って死ぬと賽の河原に行ってひどい目に遭うんじゃないの?」
「賽の河原は日本でローカライズされた仏教から出てきたみたいだけど、いつ出来たかは不明だからなぁ……平安時代からあるって説もあるけど、最古の文献は室町時代とされている。少なくても奈良時代にはなかったんだろ。この人は唐に留学してるから仏教も詳しいはずだし。
この続きが『布施おきて 吾はこひのむ あざむかず ただに率去て あまじ思らしめ』
『布施おきて祈ひ祷む』、つまり熱心に祈ります。『あざむかず』、願いに反したりしないでください。『ただに率去てあまじ思らしめ』、真っ直ぐに天道、天の道まで連れて行ってあげてください。みたいな意味」
「あれ? あざむかずってそっちに掛かってんの? 『日和って引き止めちゃわないように心から祈ります、どうかまっすぐ連れてってあげてください』みたいな意味じゃないの?」
「実のところ表音表意混在してるせいもあって読み方も分かんなくなって平安中期ごろには専門家揃えて研究してるみたいだ。梨壺の五人とか調べれば出てくる。気になるなら自分で調べたらいいさ」
「いや、それは別にいい。古文書わかんないし。疑問ついでに下への使いなのに天路なの?」
「んー……完全に想像だけど、丁度この頃に外国の影響が入ってきて、あの世は地下にあるのか天とか別の所にあるのかで意見が分かれてたのかも。それで亡くなった子の長歌に返歌が二つあるのかもしれない。どっちでも大丈夫なように」
「そっか……」
「話を戻してオルフェウス教、いかにも既存の神殿と対立しそうだって話だ」
「オリジナルエピソード満載だもんな。原作改変して炎上する実写化アニメ化続編スピンオフみたいな空気を感じる」
「部活の面子と同じ事言ってる……。
ディオニソスがギリシャ神話の外から取り入れられたのが原因って説があるから、本来は別の神話だったのを何とか維持しようとした結果かもね」
「オリジナルエピソード重視して原作と齟齬が出まくるやつか。この場合は不可抗力だけど」
「とにかく、ギリシャから来てた神殿関係者がこの蛇とペルセポネの預言のエピソードを利用されたくなくて、最初からアストライオス、天津甕星を敵対者として設定したんじゃないか、それが日本書紀に残ったんじゃないかって仮説だった」
「あー、なるほどね」
「何にせよ、この頃に後から完全外部勢力が神話の形成に食い込むのは難しいと思う。ただハデス絡みの人も居そうなんでちょくちょくエピソード入れてるのと同じ勢力の可能性もある。
なぜなら数あるゼウスの話の中からセメレーの話を選ぶ理由が無い。
でも知識がハデス周りに寄ってたなら分かる。
通常の神話ではヘラの嫉妬によりゼウスの雷神の力でセメレーは死ぬ。しかし胎児だったディオニソスは成長して神になり、ペルセポネに木を贈る代わりに母親であるセメレーを冥界から救い出して神に変える」
「……確かにハデス関係でゼウスの話って意外と少ないよな……」
「日本神話の神様との結婚関係のくだりは単発エピソードだから、記憶が薄れた時代の話として崇神天皇や雄略天皇辺りが付け足させたんじゃないかって説も出してた」
「神話の記録って古事記や日本書紀が最初じゃないの?」
「どっちかっていうと過去の記録が火事で焼けちゃったんで、残った資料と記憶から復元したのが日本書紀と古事記って感じらしい」
「そういう経緯だったのか」
「でもそれならディオニソスの胎児の話は入れられなかったかもしれない」
「何でさ? 重要なとこじゃない?」
「記録によれば雄略天皇には栲幡姫皇女という娘が居た。
御付の男が皇女を妊娠させたって話が流れたんだ。
その御付きの男性はその話を聞いた実の父親に殺されてる。皇女は身に覚えがないと証言して自殺。
天皇が命じて亡くなった皇女の腹を割いてみると、水と石が詰まっていたとされる。もしかしたら石灰化を伴う腫瘍か何かだったのかもね。
デマ流したやつは随分恨まれて命狙われたって」
「そりゃそうだろ。この話の方が神話であってほしかったんだけど……そうか、この事件がトラウマ過ぎて胎児が云々とかのエピソードを入れられなかった感じか」
「虹が亡くなった皇女の居場所を示したりとかちょこちょこ超常現象が起こってるからギリ神代な気もするけど、多分実際にあったんじゃないかな」
「現実辛い……ところでギリシャの神官、古代日本に来て自然消滅したんじゃなかったら、いつからいつまでどこに居たんだ?」
「最初は名も無い出雲の知恵者、もしくは海外からやって来て医療技術をもたらした少名毘古那のモデル。後々に卑弥呼、の弟辺りだそうだ」
「卑弥呼!? ……そういえば卑弥呼って日本神話だとどこに居るの?」
「色々と推定されてはいるけど、定説は無いはず。
神話としてしか記録に残っていない古代の女王、天照大神のモデル説。口寄せをし、国を治め、大陸も視野に入れたとされる神功皇后説。古墳の円墳部の大きさや巫女としての役割の記述から百襲姫説。他色々。
魏志倭人伝の中にのみ明記されていて、日本の歴史であるはずの古事記日本書紀では謎のまま、それが邪馬台国を謎の存在にしてる理由の一つだったはず」
「へぇ、じゃあギリシャの影響あった説だとどんな立ち位置?」
「中国の文献によると、卑弥呼は宮殿の中でほとんど人と会わない。鬼道を使って人々を惑わす。みたいな事が書いてある。
中国の鬼ってそもそも亡霊とかそういうものを指すらしいんだ。
そのものずばり、ハデスって地面の下の冥府の神様だから、降霊術の儀式とかあったりしたらしいんだ」
「へー、その儀式の跡とか見つかったら何か分かったりすんのかな?」
「むしろその時代の何かが見つかれば他所の地域との文化的なつながりが判明しそうではあるな。中国のどこかとか。
ただ、ハデスに限って言えば神殿がほとんど残ってなかったりする。残ってる遺構からすると、パッと見では井戸みたいな穴があって、そこに小麦粉、牛乳、蜂蜜」
「何かおいしそう」
「それと生贄の血。そして生贄を放り込んで燃やす。物語とかも含め一部の文献によれば黒毛の動物が使われたとか死者は血を飲むと喋れるようになるとか天然の洞窟を使う事もあるとか」
「それが降霊術か……すごいそれっぽい……」
「もし穴の中で物を燃やす儀式してて、その後一度も動かされていなければかなり正確な時期を割り出せる可能性がある」
「何で?」
「磁気って一定の高温にさらされると消えるんだ。それで冷める時に地磁気の影響で着磁する。
地磁気は変化するから、一度も動かされていなければ過去の地磁気の影響からいつの時代に着磁したか割り出せる。
火事で放棄された後にそのまま埋もれた遺跡とかはかなり正確に時代が分かるようになってるらしい」
「へぇ……今時は素人が下手に発掘しちゃいけないってそういう事か。証拠消える可能性があるんだな」
「他のオリンポスの神様は生贄の動物の肉は人が食べていいんだけど、冥界関係の生贄は全部埋めるか燃やすんだそうだ。
この異質さからギリシャ神話の中の冥界の神様達だけ別の神話から来てるんじゃないかって話があったりする」
「そんな違いあるのか。確かにどうせなら食べた方がいいよな。もったいないし、燃やすにも燃料も必要だろうし」
「あえて食べないとなると、すぐ思いつくのが人獣共通感染症だな。
古代ギリシャにはマンテイス?っていう臓物占いの専門職が居たらしいんだ」
「ぞうもつうらない……」
「これ、経験則で表面上見えない病気を生贄から発見してたんじゃないかと思ったりする。
要するに標本抽出法で解剖検査。人に感染しなくても、家畜の病気に事前に気付くだけでも随分違ったはずだ。
臓物占いして疫病の兆候見つけて、やべーぞこれってなったら予言と疫病担当のアポロンの神官とかが予言を出して、食べて大丈夫な病気なら最寄りの神殿、人にうつる病気ならハデス、ペルセポネ、デメテル合祀神殿に滅茶苦茶生贄を捧げて全部燃やして無病息災を祈る事で防疫してたとかじゃないかなって」
「デメテルも?」
「デメテルとペルセポネの親子の神殿があるらしい。そして大昔の土着信仰時代に夫婦神として合祀されてる神様がいたっぽいんだ。夫婦神だからゼウスとヘラとかゼウスとデメテルみたいな解釈もあるっぽい。多分ギリシャ神話に影響した色々の一つなんだろうけど。
そうした信仰の一つにZeus・Meilichiosっていうのがあって。女神と合祀されてる夫婦神で炎で浄化する性質あるっぽい。死と豊穣を担当する髭の生えた蛇の神様」
「おいゼウスとハデスどっちだそれ」
「こういうのもあって大物主の立ち位置も割り出すのめんどくさそうってのがあったんだ」
「ああ、そういう話だっけ…………ログ見て思い出した。ちなみに卑弥呼絡みなら例によって邪馬台国の場所ってどこって話出た?」
「俺らは普通に九州の辺りじゃね?って感じだったんだけど、当然ながら邪馬台国ネタやった奴も居た。
その説だと邪馬台国は普通に九州。
で、卑弥呼が居たのは清水」
「何でだよ」
「清水港ってずいぶん大昔からあるっぽいとか。
清水、諏訪の筒粥神事が平安時代の熊野より昔っぽく見える。神話の通り、古代の出雲、諏訪、そして天竜川を下って東海方面の交流があったんじゃないかとか。
そんで外洋を航行する技術を持っていたのが卑弥呼の所だけで、海路で清水と九州を結んで邪馬台国の一部として仲良くしてたんじゃないかって説だ。神話上の勢力としては瓊瓊杵尊と結婚した木花咲耶姫の実家あたり。
魏志の資料も『南へ』じゃなくて『南回りで至る』みたいな意味じゃないか、とかね」
「へー」
「ギリシャの影響あった説だと神話への浸透具合から付き合いが長かったのはおそらく出雲なんで、出雲諏訪清水の陸路で繋がってた方が俺らの説に都合が良かったんだよな。
都市国家に近い自衛する宗教団体だったなら当時の規模としては国って呼ばれるだろうし、大勢力とはつかず離れずな距離置いて生活しそうだし、大陸にもコネクションありそうだから金印貰って後ろ盾になってもらうかなってだけ。
古代のこと過ぎて記録に残ってないだけで、正式に大和政権につくことになって金印もお守り的な感じで渡したんじゃないかな?って話になったんだけど、ここで割れたんだよな」
「金印で?」
「崇神天皇の次の代、垂仁天皇の時代に、非時香菓っていう、不老不死の実みたいなのを探させたっていう伝説がある。
持ち帰った時には垂仁天皇は崩御していて、そのお妃さまの日葉酢媛命が半分だけ受け取ったとされている資料がある。
この非時香菓が金印だったんじゃないかって説出した奴がいるんだ。超貴重品だったから広く公開されるような記録に明記できなかったんじゃないかって。
垂仁天皇の時代にクーデター一歩手前の事件とかあったし、その次の代は景行天皇と日本武尊があちこち平定して回ってる。
これらが伝わって倭大乱と女王の話になったんじゃないかって説」
「ほー」
「一方で後々までギリシャの影響説の奴は、この非時香菓探索は船団を組織するための口実で、キリスト教に追い出されたギリシャの神官を迎えに行こうとしてたんじゃないかって説を出してた」
「ふーん、ロマンはあっていいと思うけどな。清水の卑弥呼。富士の樹海にでも埋まってんのかね?」
「登呂遺跡、当時としては結構工夫された構造物多い印象だけどな」
「そうなの? ちなみに何かギリシャっぽいものある?」
「いいや。むしろ復元された高床の祭殿はインドネシアの伝統建築、トンコナンっぽい印象がある。雨や湿度を想定して作ってると自然に似るのか、どっかから影響あったのか。
一方で、もしかしたらここの御祭神はそうかなって話になった所はあるけど」
「気になるんだけど……」
「これは又聞きなだけで根拠になる歴史資料が見つかんなかったから保留」
「ギリシャの神官、結局謎の多い時代の話だけで歴史には残ってないの?」
「忌部氏だって説を出してた。
斎部氏のご先祖の神様は太玉命とか、何人かいる。岩戸隠の時とかの祭祀担当の神様。
その斎部氏の中に天目一箇命の子孫って人たちが居るらしい」
「え? 天皇家以外に神様が祖先の人っているの?」
「居るぞ。大体大昔から居る貴族の人達はその子孫とされている。
瓊瓊杵尊についてきた神様たちどこいっちゃったの? ってなるだろ」
「神様達、神社に居るんじゃないんだ……まぁ古代だったら実物が目の前に居た方が分かりやすいよな」
「昔は氏神氏子ってそういう『ご先祖の神様とその子孫』って意味だったけど、最近は産土神の担当地域内の人は全員氏子って事になってる」
「そういやそう聞いたな、もしかしてその子孫の人で何か目立つ人居たの?」
「西暦で855年頃、地震で東大寺の大仏の頭が落下した時、斎部文山っていう人が、雲梯之機っていうクレーンぽいもの作って引き上げたって伝説がある。
自力で考えついたのかもしれないけど。古代ギリシャにトリスパストスってクレーンがあるんだ。
「雲梯、つまり攻城梯子に轆轤をつけたもの」って言われたらまぁ確かにって感じの形はしてる」
「へー……話がループするけど、結局日本に来たのはどういう人だったんだろ? やっぱオルフェウス教団? ハデスも怪しいけど、日本神話にはハデスもペルセポネも欠片も出て来ないよな?」
「あるいは他の全ての神様を歪めてでも自分達の神様を守りたかった とかね」
「…………なるほど、しかし当時の大陸文化が進んでたのは間違いないけど、もしも自分たちの文化を守ろうとしてシルクロード踏破して脱出してきた気合入った人たちも混じってたなら、そりゃ「すげーわ大陸」ってなりそう」
「根拠が十代に作ったとんでもオカルトだからなぁ……」
「でも、もしあっちこっちから逃げてきた神官を保護してたとしたら日本とキリスト教の相性の悪さ分かる気がするじゃん」
「別に神話関係なく、鎖国直前のキリスト教の印象が相当悪いんだよ。
主に当時カトリックとバチバチやってたイギリスのウィリアム・アダムスさんとオランダのヤン・ヨーステンさんたちプロテスタントが家康にカトリックの悪口言いまくったせいだろうけど。
鎖国中の日本のカトリックのイメージって、「現地の人に分からないスペイン語で降伏勧告出して従わなかったから都市丸ごと焼き討ちにした」とか「異教徒をマストに吊るして射撃の的にした」とか「宣教師に一部の豪族がそそのかされて裏切り、南の島の王朝が滅亡した」とかそんなんだと思うぞ。
じゃあプロテスタントはセーフかって話を聞いてみると、カトリック教国スペインと殴り合いしてるだろ」
「敵の敵は味方的に仲良くなったりしそうなもんだけど」
「オランダが独立した八十年戦争の発端は、あの辺を支配してたスペイン王家がプロテスタントを弾圧した事なんだ。
極端に言えば『プロテスタントは必要とあらばお上とも殴り合う』って事だ。それを支援したのがイギリス。
家康は若い時に三河一向一揆でかなり痛い目見てる」
「うお……」
「イギリスとオランダ双方がお互いの悪印象を家康に与えようとしたって説もあるみたいだ。
『オランダはイギリスの手を借りて宗主国を裏切った』『イギリスは裏から手を回して大国に損害を与える手段を持っている』ってな感じ私掠船とかさ」
「え? 何そのギスギス? オランダイギリス味方同士だよね?」
「1600年初頭ぐらいのスペインポルトガルと殴り合いしてた時はよかったんだけど、停戦協定が結ばれて貿易が上手くいくようになったら1620年頃にはイギリスオランダで貿易摩擦。
1623年にはインドネシアでオランダがイギリスを襲撃するアンボイナ事件とか起きてる。当時のインドネシアには日本人も結構渡ってて、その様子を日本に伝えた人も居たんじゃないかな」
「あー……」
「一向一揆はじめ寺社の強訴に手を焼いた戦国大名は多かったはずだ。
西洋との貿易は儲かるだろうが、異教徒を迫害する。強訴の手段が先鋭化してる。滅茶苦茶めんどくさい搦め手で浸透してくる。となれば……「冗談じゃねえよ」ってのが乱世を生き残った戦国大名たちの気持ちだったんじゃないかな」
「あー……トラウマなのか」
「そんなわけで西洋とキリスト教にかなりの不信感を抱えたまま三代将軍徳川家光の頃に貿易港を薩摩藩の平戸から長崎の出島に封印して、タイムカプセルみたいに幕末まで至ると」
「家光、思いっきり島原の乱食らった人じゃん」
「そう、島原の乱が当時の日本がキリスト教に接したおおよその最後。それから時代が流れて幕末の日本に広まってたのは海国図誌。アヘン戦争で危機感を抱いた清の人が書いた西洋事情の本」
「これだけ聞くと幕末日本人視点で開国して大丈夫な要素が無いな」
「実際、幕末でもかなり最後の方までキリスト教だけはやめてくれって感じの交渉してたはず」
「……結局そんな事は無かったんだから、やっぱ交渉で裏取りは大事だね」
「それに関しては西欧も日本が近代の思想をどれくらい理解できてるか分からなかったのもさることながら、「日本の死刑って自分で腹切って内臓えぐるんでしょ?」みたいな印象もあって司法権渡すの渋ったみたいな話あるからどっこいどっこいなんじゃないかと思う」
「逆に言うと情報があればもっと円滑に話が進んだ可能性もあるわけで、やっぱ情報は大事だな」
そんな話をしてる内に新年である。