41.対宇迦之御霊神戦 二転三転
純和風(?)VRMMOベータテスト。ボス戦。
雷鳴とともに突然目の前に現れた巨大な九尾の狐。
エリアに入った直後の混乱も収まらない中、最初に反応してボスの攻撃を受け止めていたレイがボスの突進をまともに食らって吹き飛ばされた。
攻撃の余波に巻き込まれ、あるいは躱す余裕なく、他のメンバーもダメージを受ける。
周囲に痛打を加えたボスは、楓の目と鼻の先で急停止した。
以前ボスを一撃死させた前科がある為、ボスAIは還矢スキルに攻撃を控えるように設定されていたのである。
還矢。
受けたHPダメージをパーセンテージで相手に反射する強力なカウンター効果を持つスキルである。
つまり相手の攻撃でHPが半分になれば相手も最大HPの半分のダメージを受ける。スキルを掛けられた人がHP満タンの時に一撃でやられれば、攻撃してきた相手も死ぬ。
ボスが突進してくる中、要が選んだスキルの対象は、楓であった。
半ば賭けだったが、運営が何か対策をしていれば楓の一撃死は無い、対策していなくてもボスに即死級のダメージが入る。
要本人は吹き飛ばされながら、楓を生き残らせる事に賭けたのである。
「赤裸裸さん! 楓さんを頼みます!」
吹き飛ばされる要の声を受けながら、走ってきていた大山羊が楓を咥え、八十禍を蹴散らしながら離脱した。
ほぼ同時に九尾の狐が牙、爪、尻尾を使った全方位攻撃を始め、近くに居るメンバーを手当たり次第に攻撃しはじめた。
最初の奇襲ダメージも回復しきれていない状態。
距離をとれば突進やスキル攻撃で距離を詰めてくる。雷光を纏った八十禍も走り回っている。余程の突破力が無ければ逃げようにも逃げ切れない状況である。
ボスの攻撃力の高さも相まって、見る間に数人が行動不能に陥った。
還矢のスキルが解けた楓も徐々に距離を詰められている。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
ケイが遠巻きにシキで走りながらスキルを発動する。
【猿田彦神 道標】
スキルの挑発効果が覿面に効き、ボスが再びケイを向いた。
地面から狐の八十禍が現れ、ケイに向かってくる。
【宇迦之御霊神 稲妻】
「うわまた! ……HP回復薬もうないってのに!」
ボスの高速移動が掠めて、ケイのHPが削れる。
今度は雷を纏った八十禍が発生し、ケイに向かってくる。
「ケイ! 危なそうだった戻ってきていいから!」
「スキルは消してきてくださいね……」
ケイを心配するサラと裏腹に、秀吾は冷や汗ものである。あれだけ執拗に攻撃されたら回復する暇もなく防御スキルが破られる。
ボスが皆の倒れている場所から離れた。それを見て取ると、楓は即座に拍手を打ち、スキルを使う準備をする。
HPが0になって一分を過ぎるとダンジョンから強制退場させられてしまう。その前に回復しなければならない。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【神産巣日神 枳佐貝蛤貝母の乳汁】
エリア全体に掛かる広範囲回復スキルである。強力なので術者のMPが完全に持って行かれるのと、一定時間そのスキルが使えなくなるリキャストタイムが発生するというデメリットがある。
赤裸裸が楓を連れて防御スキルまで戻ってくる。準備して待っていた翡翠が間髪入れずにMP回復薬を使った。楓が体を起こせるようになる。
現在の位置関係は、防御スキルの青柴垣で安全地帯を維持している秀吾。要救助者の救助に出動する鉄人と赤裸裸。回復チームのサラ、縁、翡翠。
そこに蘇生を使ってリキャストタイム中の楓。
更に全体回復で復帰した影助は経験値ペナルティ防止。小春はボスのHPMPの確認のために後衛に居る。
一方でボスの近くに居るのは囮をしているケイと隠形で遊撃しているジオである。
全体回復で復帰したレイ、アン、ソライロ、要、紫苑。このメンバーも八十禍やボスの攻撃に加わる。
鉄人と赤裸裸もケイの方の援護に向かおうとした瞬間、不意にボスに必殺攻撃が決まった。
思兼神のスキルで攻撃の軌道を読み、隠形で接近したジオである。
「必殺攻撃で倒れない!?」
「小春さん、ボスのHPMPどうなってます?」
赤裸裸が小春に尋ねた。
「……尻尾を消耗して回復してる!!」
六本ほど、既に攻撃に加わらず青白い燐光を放ちながら揺れているだけの尻尾がある。やられるたびに尻尾が使えなくなる代わりに本体のダメージを肩代わりさせていたらしい。攻撃自体は効いていた様だ。
「動かなくなった尻尾があるなと思ったらそれか。尻尾切りならぬなんとやらだ」
「尻尾の残りの数で攻撃パターンが変化するんでしょうか? 雷撃が来るようになったのは四本目倒してからだった気がします」
赤裸裸の推測に、秀吾がふと空を見上げ、首を傾げる。
「もしかしたら上空に浮かんだ狐の数かもしれませんが……」
何にしても、今回のボスの特性はかなり粘らないと分からなかったという事である。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
ソライロと鉄人の二人が同時にスキルを使おうとしたのは偶然だった。
周囲に居る複数の八十禍を足止めする必要を感じたのである。
離れていたため、お互い相手がスキルを使おうとしたのに気づかなかった。
「ん?」
「あれ?」
使用可能スキルが表示されて何か違和感を感じたが、使うスキル名に間違いはない。視線入力が成立した。
【二神連携 瑞穂の祖神】
「は?」
突然、突風がエリアの中央に吹き寄せる。どこからともなく水が湧き、砂漠化したエリアに丈の低い草木や地面を這うツタが茂りはじめた。
吹き寄せた風と水が中央で巨大な水竜巻を作り、ツタと木が中で大きく揺れる。
プレイヤーにはほとんど何も感じないかそよ風程度だが、八十禍の狐達は地震で撥ねとばされるように転げまわり、風と水に巻き込まれて竜巻に吸い寄せられ、暴れ狂う木や蔦に当たって倒されていく。
それはボスも例外ではなかった。
じわじわとHPが削れ、行動制限がかかったように動きは鈍く、気を抜けばズルズルと水竜巻の方に引きずられて行く。
「え!? 何これ!」
「ボスの大技? ……じゃないな。何だこれ?」
「さっきスキル名表示されてなかった? 見間違いかと思ってたんだけど」
突然の事態にプレイヤーも大混乱である。
「何か知らないけどチャンス!」
先陣切ったのはレイである。
器物型式神の刀を操り、天手力男のパッシブスキルで式神使いではありえない威力で吹き飛ばすと、ボスは水竜巻に呑まれた。
慌てたように飛び出してくるが、ダメージはそれなりに大きいらしく、尻尾が一本しおれている。
「本当に何か分からんが、チャンスだな」
「私たちも行きましょうか」
紫苑とアンが攻撃に移ろうとした時に蹄の音がした。赤裸裸である。
「紫苑さんは安全地帯まで下がってください。ボスを抑えるのに必要っぽいので」
「え? なんで??」
純和風(?)VRMMOベータテスト。
ボス戦も大詰めである。