4.練習場
いかにも神社っぽい屋根や、あとは古風な瓦屋根などが立ち並ぶ町の端。
木の塀で囲まれた広場があった。
ジオが入口に大量にかかっている木札の一つをくるんとひっくり返す。
「何これ?」
「使用する部屋。入り口がワープゾーンになってて、この木札を触ると一緒の部屋に行けるって仕様」
「あー、そういうやつ」
近未来風MMOのトレーニングルームや自室、会議室などでもよくある仕様である。
入口のタッチパネルで入りたい部屋を指定すると、ドアの先がその部屋とつながる。
入場する人を指定するなどの設定も可能。VRならではの部屋のダブルブッキング防止方法である。
メニュー画面を開いたりせずに、通常のゲームの動作でシームレスに移動できるので人気がある。
木札に触って入り口をくぐると、三人の目の前には少し小高い巨大な円形の場所があった。
「ここが初心者の練習場です」
ジオの説明で縁が見渡す。
「土俵ですか?」
「動かない敵相手に模擬戦ができるんです」
「相撲の土俵にしちゃ広くないか?」
「複数人での戦闘を想定してるから」
ジオはケイに答えながら足を進める。
「それじゃ、入ってみますね」
ジオが土俵に足を踏み入れると、反対側の端に黒い影が複数浮かんだ。
動物の姿を模した黒い影。目は赤く光り、全身、特に足元に青い炎をまとっている。
狼、蛇、熊、兎、猪、鴉、猛禽、鹿、狐、蛙、トカゲ、蜘蛛、百足、蜂……
一つ一つが仔牛以上の大きさを持つ。
ジオが振りむいて説明を始める。
「あれが敵である禍津日神。その中の八十禍。いわゆる雑魚敵です。
訓練では動かないから安心してください」
「珍しいな? 今時ホラーでもないのに虫系の敵が出るなんて」
ケイがジオに声を掛けた。
VRの敵はどうしてもドアップで迫って来るため、恐怖症の人はそれだけで敬遠する節がある。特に日本は蛇、虫、蛙辺りは実装を避ける傾向がある。
ジオが手を振る。
「特定の禍避けのアイテムがあるんだよ。追々説明していく。とりあえず戦闘システムの確認から」
武器の攻撃判定と、移動、掴む、投げる、などの基本動作に、アイテムを使う、魔法を使う、などの特定ジェスチャーで構成された非常にオーソドックスなVR用RPG戦闘システムである。
術師である縁が術を使う時、つまり攻撃魔法を使うジェスチャーは、弓を引き絞る動作である。
術師のキャラメイクによっては杖を振る、剣を薙ぐといったジェスチャーで遠距離攻撃が飛ぶ。
「このゲームはいくつかスキルがあります。まず、ジョブ特有のジョブスキル。
術師の人は通常攻撃の術が遠距離攻撃になります。式神使いは式神の遠隔操作による中距離攻撃。
徒士は斬離っていう斬撃とともに敵を弾き飛ばす技で」
「切り離しじゃなくて?」
「噛んだんじゃねーよ。このゲームでは斬撃の斬に離れるって書いて斬離って読むの。
騎士は大薙っていう範囲攻撃。
騎士と徒士は武士の身分制度とか関係なくてジョブ特性が違う。騎士は騎獣ありで徒士は無し。どっちもメリットデメリットがあるみたいだ」
「身分制度の名前だって今知った」
「で、忍者の特性はこれとか」
いかにも忍者にありそうなジェスチャー。チョキの指を合わせて上下で重ね、片方を片方の手で包むような形、いわゆる刀印を作ると、見る間にジオの姿が消えた。
味方にはHPMPなどの表示が見えるのでどこに居るかは分かる。
「何それ無敵状態?」
ケイが尋ねるとジオの声が返ってくる。
「これは隠形の術。敵が感知できないだけで攻撃されたら当たるよ。忍者は不意打ちで確殺できるジョブスキルがあるから、それと組み合わせて使うんだ。
隠形はHP量とか、左右どっちかで刀印作ってないといけないとか、攻撃時は姿を現すとか、色々条件満たさないと使えないから使い所が限られるけど」
「めんどくさそう」
「もう一つは神様の加護で使えるスキル……俺達は神スキルとかスキルって呼んでるのを使う方法がある。詠唱システムのあるゲームも珍しくないから、ある程度使い方も分かるだろうけど」
特定動作のジェスチャーで特別な攻撃などを発動するシステムは多い。隙が大きいが上手く発動すると威力が高いし感動する。いわゆるロマン砲である。
「使い方教えてくれよ」
「インストラクター呼び出しからの特殊スキル、で行けるけど、教えといた方がいいか」
インストラクター。オートパイロット。呼び方は様々だが、VRゲームで技などを使う時にプレイヤーを自動操縦する仕組みである。
突然体を動かされるとびっくりするので、演出の都合などでなければプレイヤーに何度か動作をさせてみる事が多い。
「拍手打って」
「かしわ……」
ケイの横で縁が拍手を打つ。
「ああ、神社でやるやつか……」
「手を合わせた状態で音声入力。『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
「かしこ……?」
困惑するケイの横で縁が唱え終る、が、縁は首を傾げた。
「あの、失敗しちゃったみたいなのでもう一回やっていいですか?」
ケイはやり直す縁に続いて実行することにした。
二人ほぼ揃ってスキルの予備動作を始める。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に』……
『恐しこみ恐しこみ白まおす』」
「あ、何か出た」
声を上げたのはケイの方だった。
「出てきたコマンドに注目すれば使えるぞ」
「分かってる分かってる、これならやったことある」
視線入力式なら他のゲームにもあるのでケイも分かる。
【猿田彦神 道標】
ケイの頭上高くに、赤いまん丸の火の玉が現れた。
「……何これ、どんな効果?」
「ちょっと待て」
ケイが困惑している間にジオが拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【思兼神 思兼神に思はしめ】
ジオも何かスキルを使った様だ。先ほどの口ぶりから思兼神のスキルだろう。
「……タゲとり用?」
「は?」
「敵が動かないから分かりにくいけど、お前、タゲられてる。敵のヘイトを集める挑発系の技かも」
「ちょっと待て! 俺、能力的に後衛だぞ?! 本体攻撃されたら困るって!」
困惑する二人におずおずと声が割って入った。
「あの……僕、スキルが出てこないみたいなんですけど……」
縁である。
「……そんなんある??」
ケイの呼びかけにジオも困惑している様だ。
「……レベルが上がって覚えるのかもしれませんが……とりあえずログアウトする時に不具合かどうか問い合わせしますか……」
「あ! そうだ! ちょっと色々試してみていいですか?」
縁が思いついたように拍手を四回打ってから唱える。
しかし何も起こらなかった。
エルフ耳が悲しそうに垂れる。
「どうしたんだろ?」
「多分、大国主命の神社は拍手四回打つから」
「神社って二礼二拍手一礼じゃなかったのか」
「それを決めたのは明治から。それでも4・4・4・4・1で十七拍手の所とかあるぞ。伊勢神宮は特定の行事の時に神職さん限定の八開手とか色々あるらしい」
「そんなバリエーションあったの??」
二人がそんな会話をしている一方、縁は何度かスキルを使おうと試みている。インストラクターなども使っている。
「つーか何で拍手っていうの? ジオ知ってる?」
「諸説ある。拍手と書いて拍手って読むから拍手の誤読からって説はある。
一方で古代から天皇の食事を担当する人を膳臣と呼んでた。
柏の葉を食器代わりに使ってたからって説があるけどよく分かってない。
魏志倭人伝では「倭人は敬意を表するときに手を打って跪く」って記述があるから、古代に既に『かしわで』っていう単語があって、この動作で食事を捧げたからって説もあるし、料理持ってきてもらうときに手を叩いたからって説もある」
「「いただきます」「ごちそうさま」とかは関係ないの?」
「あれは割と最近の習慣らしい。昭和とかその辺と言われている。手を合わせるのも地域差あるらしいし」
「え、そうだったんだ」
「個人的には食事を用意する人の膳夫からきてて、食器にする葉を叩いて汚れを落とす動作から来たんじゃないかと思ってる。膳夫が使うから柏の木で、冬はアオキとか使ってたんじゃないかなとか。
炊事の時って忙しいからわざわざ汚れ叩いて落とすのって神様にお出しする時ぐらいだったと思うんだ。
だから文化人類学とかで類感呪術って呼ばれるやつじゃないかなって」
「何それ怖い」
「文化人類学では「似た感じの事すると近い効果が発揮される」みたいな発想で行われる風習や祈祷を分類するらしいんだ。それが類感呪術。雨乞いを水のそばでやったり雨を模して水をパラパラしたり太鼓で雷に似た音を起こすのもこれだそうだ。
だから葉の汚れを払う動作を真似して清めの効果を発揮させようとしたのが拍手で、埃とかを払うのと祓い清めるが同じ語源なのはこっからじゃないかなとか」
「……もしかして葉っぱを食器にって相当古い? 土器より前?」
「……案外7世紀ごろまでは皿に葉っぱ敷いてたんじゃないかと思ったりもする」
「何で??」
「釉薬が入ってくるのって7世紀、遣隋使の時代。
それまでは皿に直接食品載せてると匂い移って臭くなっちゃうと思う。だから皆敷みたいな感じで皿、葉っぱ、食品、って直接皿に付かないようにしてたんじゃないかと思って。
今でも災害時とかで食器洗えない時にラップ敷く感じ」
「ラップ言うな。お皿に葉っぱ敷いてあるやつ今も昔もセレブ飯だろそれ」
そんな話をしている内に縁が諦めたらしい。
心なしかエルフ耳がしょぼくれている。
前情報なしで検証から始めるので前途多難のベータテスター達である。