38.対宇迦之御霊神戦 奇策
「猿田彦の道標と伊邪那美の道敷大神でコンスタントにボスに人送り込めないかと思ってさ」
ジオが説明するにはこうだ。
一階層にケイとソライロを入れた四人で入る。入ったエリアで一直線に緑火鳥居の前まで行く。道敷大神のスキルでケイとソライロ以外の二人をボスエリアに送り込む。
ケイとソライロはすぐさま緑火鳥居で町に取って返して、町で待機していた第二陣を連れて一階層へ入ってすぐ二人を送り、緑火鳥居で町まで戻り第三陣を二人連れて一階層へ。
後は繰り返しである。
「それ、ずるくない?」
「できるなら試してみた方がいいと思う」
バグの洗い出しもベータテスターの役目である。
VRMMO荒魂鎮魂、恐らく一長一短あるジョブと多様なスキルを上手く組み合わせ、協力して攻略するという設計思想のゲームである。
しかしそのスキルの多様さゆえに抜け穴の発生が懸念される。特定の組み合わせ一強になったり、トレーディングカードゲームで思わぬ効果の重なり方で無敵化し、禁止カードになるタイプの事故である。
恐らく長めのベータテスト期間はそれの洗い出しを加味しての事であった。
「だめだ~」
純和風(?)VRMMOベータテスト。
ボス討伐に挑んで失敗したメンバーが広場で座り込んでいた。
このゲームのボス戦の苦労の一つは、ランダムなマップでボスにたどり着く前に消耗する事にある。
ジオの作戦通り、スキルを利用して二人ずつでも短時間で確実にボスエリアに人を送り込む作戦を試している所である。
が、何だかんだ言って失敗していた。
「頑張れば突進は避けられるけど、ありゃ騎獣か忍者じゃないと難しいと思う」
防御系スキルが無いとボスに見つかったらほぼ死ぬ。
しかも湧き出る八十禍に発見されるとボスにも位置を捕捉されるらしく、かなりの高確率で早々に見つかる。
逃げ回っても追いつかれ、スキルで防御陣を構築しても集中攻撃を受けて応援が来るまでに落ちる。
その八十禍とボスの挙動を聞いた赤裸裸が閃いたように言った。
「そうか、八十禍が監視カメラみたいに機能してるとすると……それでケイさんのスキルで常時ヘイトが誘発されるのかもしれません」
「えー……ああ、監視カメラのAIが火の気を最優先で警戒するような感じです?」
「ですです、ちゃんとマッピングシステム構築してない監視系だと複数のカメラが捉えてるんで大火と誤認しちゃうやつです」
やられて戻ってきた影助が証言する。
「とにかく、道敷大神でボスエリアに飛んでも前回と同じところに出るわけじゃないから、合流するのに時間がかかる」
「ボスエリアで円滑に合流するにはケイの支加が必要か……」
というわけで次はジオと影助が先発してボスエリアに入って潜伏。
ケイが赤裸裸と翡翠を連れて合流する方針で入ってみた。
「無理無理無理無理! 何も見えない!!」
夜の森の中。支加で浮かぶ目立つ火の玉が思いっきり標的にされ、ボスから逃げ回るケイである。
「確かに、想像以上に視界が悪いですね」
赤裸裸の言う通り、周囲は暗い。影助の夜の食国のスキルの効果である。そこに黒い狐の八十禍の群れが動き回っているのだからもう躱しようがない。
「全然止まってないじゃんかよ!」
「影助も敵が密集してるからダメかもとは言ってたからねぇ」
本来は敵を静止するスキル効果を狙っての夜の食国であるが、敵は全く止まっていなかった。ぶつかるなどの刺激があると動き始めると分析されている。
その時、右手側の暗闇で大きなものが動く気配がした。
「あれ?」
ケイの目の前が完全に闇に閉ざされた。
しばらく待っていると、町の広場に出た。
翡翠もほぼ一緒である。
「赤裸裸さんも巻き込まれたんだけど、騎士は頑丈だからねぇ」
どうやらボスの突進に巻き込まれ、ケイと翡翠だけやられて先に戻ってきた様である。防御力やHPの関係で赤裸裸だけ生存したとも言える。
少ししてジオがやられて戻ってきた。
「おい……」
「悪かったって。色々見通しが甘かった」
ジオとほぼ同時に赤裸裸と影助が緑火鳥居から戻ってきた。
「……やられちゃいましたね……」
合流どころの騒ぎではなかった。
影助が最後まで無事だったため経験値ペナルティはない。とりあえず次の対策を考える。
「じゃあ先発を秀吾さんと影助のペアにして、ケイもボスエリア入る。
ケイがスキル使って全力で緑火鳥居まで走れば囮になるし、やられても一分後に町に移動するだけだから」
「お前、前回の捨て身作戦といい、血も涙もないな?」
作戦決行。ケイは緑日鳥居を目指して一直線に駆けたが、八十禍の大軍に囲まれて避けようもなく途中で追いつかれてやられた。一分掛かる完璧な瞬間移動である。
そして結局、薬師の合流前に秀吾と影助の防壁組が落ちた。
薬師が居ないと回復量が半分になる為、回復薬の消費量が倍になるのである。
「だめかー」
そして次。
「じゃあ第一陣に秀吾について薬師に入ってもらって……」
薬師が入ると回復スピードが上がるため、生存時間は伸びるはずである。
秀吾と翡翠をボスエリアに送る。ケイとソライロが町に取って返して小春、影助を連れてダンジョンに戻る。
ソライロのスキル道敷大神で、ケイ、小春、影助が速やかにボスエリアに突入。
小春はボスエリア入ると同時にアイテムで防御力を一時増強。
「支加で合流して、ケイは増強効果が切れない内に囮になって緑火鳥居に走ると」
「この作戦聞いたとき思ったけど、鬼か」
言いながらケイが拍手を打った。
挑発スキルがあるのがケイしかいないので仕方がない所もある。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【猿田彦神 支加】
「二人はどこだろ?」
影助がケイのスキルから火の粉を探す。表示されているはずのプレイヤーの位置である。
「これじゃないかな?」
ケイの後ろに乗っていた小春が目ざとく火の粉の位置を指し示した。
「あ」
影助が小さく声を上げた。
見ている前でプレイヤーの位置を指す金色の火の粉が、やられたプレイヤーの位置を示す蝋燭の様な白い灯になって、線香の煙のようにゆっくり立ち上っていく。
そしてそっちの方向から、森を薙ぎ払いながらこっちに向かってくる土煙が見えた。
「緑火鳥居に退却!」
影助が即座に撤退の判断を下す。
「二人の蘇生は!?」
小春が思わず影助に聞き返したが、ケイが否定する。
「秀吾のMPが尽きたならもう一回死ぬだけだろ!」
そうして三人で何とかボスエリアの緑火鳥居をくぐると、広場では苦笑する秀吾と翡翠が居た。
薬師が居れば生存時間は多少伸びるが、攻撃頻度が半減する。
結果、時間が経って大量の八十禍に取り囲まれると受けるダメージ量が跳ね上がり、消耗があまり変わらなくなったらしい。
影助が間に合って経験値ペナルティが発生しなかったのが救いだろうか。
攻撃型のスキルを持つ翡翠でこれである。
「やっぱ四人一組じゃないと無理じゃないかな。ジョブとか、スキルとか、迎撃とか回復とか」
「ダンジョンの仕様がはっきりしてないので断言はできませんが、思兼神戦みたいに正規ルートでの合流、多分やってやれなくは無いんですよね。ボスの居るエリアの周囲では狐の禍津日神が増えるので目印はあるし」
思兼神戦と同じく、ボスエリアは周辺エリアに影響が出るので分かるのだそうである。
「それよりアイテム足りなくなってきた」
「このままだと凡ミスで経験値ペナルティ受けそう」
ペナルティを受けてしまうと持ち物の素材が半分になるのが困り物であった。
事前に持ち物を仲のいい人に頼む保険を掛けたりするわけだが、そんな事をあまり続けていると記憶が混乱して対人トラブルが起きてもめんどうである。
小春が真面目な顔を作って聞いて来た。
「ケイ、前に紫石10個ぐらい渡さなかったっけ?」
「ねーよ。この作戦ソライロを緑火鳥居に誘導するかボスエリアで二人組を合流させなきゃいけないから、俺出ずっぱりだもん」
「ちぃ、引っかからなかったか」
ダメもとだったようである。




