37.九尾の狐強襲偵察
ここはダンジョン一階層。草地に背の高い草、ちょっとした林が点在する明るい緑地である。
パーティーメンバーはソライロ、ケイ、小春、赤裸裸。
「まぁ偵察と、その他色々を実験をするわけですが、ケイさん、よろしくお願いしますね」
「お願いしまっす」
赤裸裸とケイがお互いに軽く頭を下げた。
ソライロが拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【伊邪那美命 道敷大神】
黒い炎を灯した鳥居が出現した。
伊邪那美命Lv2スキル。
ボスの居るエリアへの直通ワープゾーンである。
「今ボスが居るのは二階層ですね。火が脇に二つあるから」
ソライロが現れた鳥居の横を指した。鳥居の両脇で篝火のように黒い炎の玉が燃えている。
二階層なら極端に強い敵は居ないはずである。ボスが呼びだす八十禍は無限湧きする黒狐だ。
「というわけで死んでくる」
今回の決死隊はケイである。
「そこはなるべく頑張ってください。ケイさん死ぬとボス戦本番の前に合流すんの大変になるでしょ」
ソライロの声を受けつつ、ケイはシキに乗ったまま黒い火の灯る鳥居に踏み込み、全力疾走を開始する。同時に拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【猿田彦神 道標】
木の生い茂る森と草原の境目のような場所。
ケイの数メートル頭上に浮かぶ明るい火の玉。
そして頭のやや上の辺りに浮かぶ赤、黄、青、緑の丸い火の玉。
エリア内の鳥居の位置を示すと同時に、目立つせいか敵にターゲッティングされるスキルである。
地響きが聞こえてくる。どこだと探すまでもなく、右手側から土煙が向かってきていた。
ギリギリまで引き付け、急カーブしてすれ違うように右に躱す。
尻尾の一本がシキの真横を薙ぎ払った。
「うわこんなとこまで届くのか」
騎獣も一飲みにできそうな大きさの巨大な九尾の狐。
距離をとらないとあっさり潰されそうである。
ケイは横目で緑火の位置を確認する。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
小春の声が響く。
【崩彦神 崩彦ぞ必ず知りつらむ】
ケイの役目は鑑定が終わるまで大禍を引き寄せる事と、なるべく大勢を撤退成功させることである。
「狐型大禍津日神。
宇迦之御霊神荒魂!」
小春の声だ。
崩彦神の鑑定スキルである。
鑑定は成功した。あとは小春達が緑火鳥居まで脱出する邪魔にならないように誘導する必要がある。
緑火の位置は最初の位置から左手側。
ケイはボスの背後を大きく回り込んで左に向かう。
ボスが転回して追ってきたため、逆に尻尾は遠のいて四方八方からの攻撃を警戒する必要は無くなった。
しかし周囲の砂地と化した地面から影が現れる。
地面からわき出した八十禍の狐である。
その影の一部が上空に上って、暗雲のように立ち込めた。
「くそっ!」
黒狐達に近づかれないように護符型式神で防ぐ。
シキには走りながら左右に跳んで避けさせるが、数が多い。
地味にシキがダメージを受けているらしく、MPダメージが蓄積していく。
式神のダメージは術者のMPダメージ。式神の動きが鈍ることはないが、ケイには徐々にダメージによる行動制限が掛かっていく。
砂地の先に緑火の鳥居が現れ、そこに赤裸裸達が駆け込んだのを見て、ケイはようやく息をついた。
不意に影が差した。
咄嗟にシキを大きく左に跳ばすと、ボスの巨体が突っ込んできた。
避けれたと思ったのも束の間、尻尾の一本に払われ、吹き飛ばされる。
ノックバック、吹き飛ばしダメージで体勢が崩れた。
ケイは体勢を立て直す間もなく八十禍の一体に腕を噛みつかれる。
「痛って!」
痛くはないが甘噛みの様な感触はある。HPにはダメージが入っている。
動きが鈍っている中で振りほどいている間にシキが複数の八十禍に噛みつかれ、消えた。
式神にダメージが入ったことでケイのMPが尽きた。ケイ自身のHPは残っているが、MPダメージによる行動制限で起き上がれない。
八十禍の群れのど真ん中。どうやらここまでのようだ。
倒れたケイの首筋が噛まれた。
【伊邪那美命 瑞穂の祖神】
一陣の風が吹いた後、周囲の敵が一斉に一所に向かって移動を始めた。身動きできないケイはその様子を見守る、と、声が響いた。
「ギン! ケイさん拾って!」
ケイの体が何かに持ち上げられて高速移動を始めた。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【少名毘古那神 薬湯】
「え!? 何してんの!?」
ケイを咥えているのはソライロの狼型騎獣のギンである。
瑞穂の祖神は自分も動けない代わりに敵を静止させるスキルである。スキルを解いた瞬間に、かかっていた敵が一斉にスキルの発生源に押し寄せる特質がある。
スキル使用者がターゲットになるのではなく、発生源を察知して殺到してくるのである。その途中でプレイヤーに遭遇すると襲い掛かってくる。
逆に言うと見つからなければスキルの発生源を囮にすることが可能。
八十禍はケイの周りに集中していた。つまりスキル使用者であるソライロが、敵が向かってくる直線コースから外れれば敵の集団を回避可能という非常に珍しい状況であった。
「ボスが真っ直ぐケイさんを追っかけまわしたんで、森があちこち残って目隠しになってたんですよ」
「ケイさん生きてる?! 生きてるね! HPバーちょっと戻ってるし!」
「ども、ジオさんが追加で実験したいとの事で」
翡翠が同乗しているのは赤裸裸である。
「翡翠さんのスキルで突進止められるか確認したかったので」
言う間に背後からボスが迫る。翡翠が拍手を打っていた。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【少名毘古那神 国造】
突然目の前に現れた大岩に、ボスが激突。
岩は砕けたが、ボスも動かない。数秒後、よろよろと歩いた。
「めっちゃ効いてる……」
ターゲットが翡翠に移り、赤裸裸と翡翠が逃げ回る。
国造を駆使して障害物を発生させ、突進を受けないようにうまく立ち回っている。
「ケイさん。実験してほしいんですけど、スキル今使えます?」
ソライロに声を掛けられてケイが慌てる。さっきMPが0になったばかりである。
「え? いや、ちょっと回復したから使えるか……」
実験、と言われるがままに、ケイはスキルを発動した。
【猿田彦神 道標】
途端にボスと八十禍がケイを向く。
目の前に赤裸裸達がいるにもかかわらずである。
その隙を赤裸裸が大薙で払うと、一瞬そっちを向いて尻尾を振るって打ち付ける。
しかし一直線に向かって来たのはケイ達の方であった。
「おわわわ! 来た来た!」
「はいはーい、逃げまーす」
「つーかMP減ってる! いつもは何ともないのに! 何で!?」
「普段はケイさんの回復量とスキルの消費量が拮抗してるんでしょう。
ダメージが大きいと回復速度が遅くなるから、消費速度に回復速度が追い付かなくなったんですね」
「そういえばそうか」
言う間にケイのMPが尽き、火の玉が消えた。ボスはそのまま追ってきたが、翡翠のスキルを当てられると今度はそちらに向かった。
それを見届け、ソライロは緑火の鳥居をくぐる。
緑火前の広場で数人が待っていた。
「お、ケイ生きてた!」
「何? 何かあったの?」
ソライロの狼が咥えていたケイを離した。町に戻ってHPMPが回復したのである。
「確認したいことは大体確認できた。ボスの荒魂とか砂地からは素材採取不可とか」
このゲームにおける荒魂とは、戦争や災害を司る神様の力の一面である。その力の一部を禍津日神へと変え、安全に発散させるという設定である。
他方、ボスの能力が事前に分かることがあるので鑑定しておくことは非常に重要である。
「さっき行ってもらったのは翡翠さんのスキルが効くか確かめたかったんだけど、赤裸裸さんも気になることがあったみたいでさ」
ジオが説明する間に赤裸裸と翡翠が戻って来た。
「多分生木AIですけど、かなり古典的なヘイトの仕様に似てます。ヘイトの上昇と蒸発が速くて、瞬間的な反応をしたら後はAIに任すタイプ。
でもケイさんのスキルが妙な継続ヘイトを与えてるっぽく見えます」
「プレイヤーに独特な仕様のスキルが多すぎて、AIと敵愾心のシステムを混ぜるのに失敗してる印象でしたね。強いて言うならバーサーカー」
ソライロも見ていた印象を語った。
「……それってバグじゃね……?」
バグの洗い出しもベータテスターの役目といえばそうである。
「多分だけど前回の反省からボスの仕様をかなりいじったんじゃないかな?
ボスAIが生存を最優先すると思兼神みたいにひたすらヒットアンドアウェイが最適解になって、プレイヤーが戦闘を継続させるのすら厄介になる」
「あー……」




