35.決死の帰還
「九尾の狐って?」
「ボスだと思う。めっちゃでけぇ」
「他のメンバーは? 助けに行った方がいいですか?」
「俺の他にあと三人居たけど、救助がたどり着く前に死ぬか戻って来るかすると思う」
純和風(?)VRMMO。町の広場。
ボス戦でやられて帰ってきた鉄人から話を聞いている所である。
「あ」
緑火鳥居から飛び出して来た人達が三人。
白馬に咥えられている人が一人。
白馬の上に二人。内一人は立ち乗りという、傍から見たら何事かという状況である。
「レイさん、町に着いたんで」
「うん!」
白馬に咥えられていた人が地に足を着いた。
そして広場の鉄人を見て口々に声をかける。
「あ、鉄人さん!」
「やっぱりやられちゃってたか~!」
「すいません、置いて行って」
「むしろお前らよく生きてたな」
鉄人が三人に声をかける。
白馬に咥えられていた人は柚月秀吾。
黒髪で紺色の狩衣の術師。剣を持っているが術師である。
スキルは事代主神。
防御に特化したスキルでMP限界まで頑張った結果、MP枯渇で行動制限がかかり騎獣に咥えられての離脱となったらしい。
馬の後ろに乗っていた人は言乃葉楓。
大垂髪、つまりお雛様の髪型。薄緑の羽織、黒のタートルネックにラップスカート、ヒールブーツという和風と現代をミックスしたような見た目の術師。
スキルは神産巣日神。
そして、立ち乗りしていた白馬の主は射場レイ。
淡い金髪、烏帽子、白と銀の大鎧、左右の脇に刀二本。どう見ても和装の姫騎士である。が、しかし。
「私は式神使い!」
まさかの式神使いである。
「スキルは天手力男!」
おそらく攻撃力が上がるパッシブスキルだという。
白馬型の式神の名前はシューティングスター。シューもシュートも今回同行した秀吾と被ったのである。
「丁度いいからさっきのレコード確認しようと思うんだが」
「俺らも見ていいの?」
「お前もボス戦参加してくれるんだよな?」
レコード。ダンジョン内の記録が見れる機能だが、その時参加していたプレイヤーの承認が必要である。
丁度帰ってきたプレイヤーや広場に居たプレイヤーが集まって来たので、鉄人達が撤退してきたボス戦の内容を確認することにする。
まさかの二階層で襲われたらしい。
浅い森の中、日が陰ったと思ったら暗雲が立ち込め、急に木々が吹き飛び、巨大な狐が現れた。
騎獣を丸呑みできるぐらいの大きさがある。
これが今回の狐型の大禍日神。ボスである。
とにかく突進力が強く、木々が吹き飛び草がめくれる。
最初の一撃で前衛をしていたレイと鉄人がやられた。
秀吾と楓が残ったのは位置関係で攻撃が当たらなかっただけである。
【事代主神 青柴垣】
ここで活躍したのが秀吾のスキル。効果は防御。
淡く緑に光る枝葉の模様が伸びあがるように障壁を形成する。
敵を侵入させず、ダメージを完全にカットする。足止めアイテムの超強化版といった効果である。
【神産巣日神 枳佐貝蛤貝母の乳汁】
楓のスキル、効果はエリア内全員の蘇生とHP回復。範囲無視の強力なスキルの為、一発でMP枯渇、一定時間はこのスキルを使えないというリキャストタイムと引き換えになる。
パーティーはこの時点で離脱を決断。
しかし厄介な事に、狐型の八十禍が次々と地面から現れ進路を妨害する。
そして九尾の狐の尻尾が荒れ狂うと周辺全体にダメージが入るのである。
復活した鉄人が攻撃を加えてボスのターゲットをとり、同じく復活したレイは消費MPのダメージで動けなくなった楓を騎獣の後ろに乗せる。
青柴垣に攻撃を加えられるたびにMP消費が発生し、力尽きた秀吾がレイの騎獣に咥えて運ばれることになった。
しかし、ボスの周りには狐型の八十禍が引っ切り無しに地面から湧くように現れて進路を妨害する。
一体一体は強くはないが、騎獣の足を止めるのには十分であった。
【伊邪那岐命 瑞穂の祖神】
鉄人のスキルで八十禍を足止めし、三人は緑火鳥居まで走る。
その間に鉄人がボスの突進に吹き飛ばされ、足止めスキルの効果が消えた。鉄人はボスの突進に対して足止めアイテムの葡萄を使ったが、一瞬静止できただけである。
しかし、鉄人が足止めしたお陰でボスの注意が鉄人に向き、三人と距離が開いた。
「シューティングスター! 出口まで走って!」
レイが何を思ったか白馬に立ち乗りで後ろを向いた。
「インストラクターオン! 九字印!」
インストラクター。ゲーム中で技を出すためにプレイヤーを自動操縦する機能である。レイが印を結び、九字護身法を発動して、追いすがる八十禍を抑えた。
そして前を向いて湧いてくる八十禍を吹き飛ばしながらなおも追いかけてくるボスから逃げ切って、ようやく緑火鳥居に駆けこんだのである。
「九字まともに効いてるとこ初めて見た」
「俺も」
「私も初めて成功したー。数が多かったからかな」
実装から早くもほぼ忘れ去られていた九字である。よく咄嗟に出てきたものだった。