30.対思兼神戦 岩山
「あれ? ボスは?」
「上です赤裸裸さん! 岩の上に向かってます!」
戸惑う赤裸裸に対し、アンの声が響いた。
ボスが大岩を駆ける様に上っていく。
茂った森の木々に隠れ、近づくまで岩山に気づかなかったのである。
「これは……誘導されちゃいましたか」
山の様な大岩を見上げて赤裸裸が唸った。
後ろに乗っていたアンが声をかける。
「どうしました?」
「騎士と式神使い、縦方向の移動が苦手なんです」
「あ……」
このゲームでは人が平気で2、3メートルぐらい跳べる、垂直な崖も走れるし、落下ダメージ判定も無い。
しかしその中で騎士と式神使い、いわゆる騎獣持ちジョブは崖への貼り付き判定が他のジョブよりシビアなのである。三角跳びのようなことはできるし、落下ダメージこそないものの、四肢の内三つを垂直面に接触させていないとずり落ちる。
騎獣も人も、崖が得意なヤギでも駄目なものはダメである。
騎獣持ちは平地での移動に特化しているため、他のジョブとのバランスをとるための措置だと思われる。
ボスは赤裸裸を引き付けておいて、大岩を回り込んだところで岩山を越える事で、置き去りにすることにした様である。
「私が追います!」
アンはそう言って、術をボスに向かって撃ちこみながら、大岩の側面を走って後を追う。
しかしそこに大量の鳥型禍日神が襲撃してきた。
「くっ!」
アンはすかさず竹を足止めアイテムとして使用した。岩山の壁面から垂直に伸びた竹が周囲の鳥型の禍を妨害する。これで何とか下に着地する事には成功した。
アンはざっと周囲を見渡し、結論した。
「確かに、足止めされたのはこちらの様ですね。
周囲に、遠巻きに八十禍を配置されています」
戦力が分断された。
「うわっ!」
縁は声を上げて大岩の上を転がった。
必死でボスの攻撃を躱したところである。
岩山の上で遭遇したのは完全に偶然であった。
味方の目印にしていたケイのスキルの火がMPダメージで消えてしまったため、縁達はケイ達の居る位置を確認するために岩に上った所であった。
そして見る間にアンの術の位置が大きくずれはじめた。困惑している内に、逃げ場の少ない岩山の上に居る所を偶然ボスに接近されて遭遇戦となったのである。
アンの術が飛んできた辺りで一瞬身構える余裕があったからこそ初撃が回避できたのである。
縁は術のジェスチャーの為に弓を引き絞る動作をする。
しかし次にボスから攻撃されたら避けられないかもしれない。
と、ボスが別の方向を向いて杖を構えた。
必殺のエフェクトが防がれる。
ジオである。
「吹き飛ばしお願いします!」
「っ! キャンセル!」
縁は術攻撃を停止、そして。狭い岩山の空間上で縁が使ったのはアイテムの桃である。
効果範囲内全体に、敵を吹き飛ばすノックバックダメージが発生するアイテム。
狭い岩山の上、例え避けても空中である。
「紫苑さん! 撃って!」
ジオが岩山の上、更に少し小高い所に声をかけた。
拍手の音がすると同時に、人が姿を現す。今の今までジョブスキルの隠形で隠れていたのであった。
ボスは完全に空中に居た。
術が飛んできても対応できるように、大量の鳥型の禍津日神がボスの周囲を飛ぶ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【天照大神 天照】
防御不能の光の柱が岩山の隣に落ちた。
ソライロと翡翠も遠くから光の柱を見ていた。
「……当たったかね?」
「そろそろ決着ついてもらわないと足がだるいんですけど」
ソライロのスキルは発動した直径約1メートルを出てしまうと解除されてしまうため、下手に座る事もままならないのである。
そんな軽口をたたき合うソライロと翡翠の前に、緑の勾玉が現れた。
「あ、倒したみたい」
「え? こっから帰るんですか? 町にワープしたりしないの?」
「帰るまでがボス戦です」
HPMPを削って、鈍った所に超火力スキルを当てて吹っ飛ばす。否。
吹っ飛ばして避けられない空中で超火力スキルを当てて一撃で倒すという決着であった。