27.対思兼神戦 追跡
「シキ!」
ケイは吹き飛ばされた森の中で騎獣型式神を呼びだして移動する。
ボスエリア。ケイ達がボスを発見し、時間を稼いでいる間に味方に合流してもらい、回復できないようにボスを包囲する計画である。
ソライロがやられてしまうと包囲も何もない。ボスは無限湧きする八十禍を自在に操れるのである。
そんなに大きく飛ばされたわけでもなかったようで、シキは移動をはじめ、すぐにソライロが見つかった。
やはり式神でボスの攻撃の直撃を防いでいるが、HPMPとも危険な状態である。
ソライロも護符型式神の操作は慣れている方だが、一歩でも動けばスキルがキャンセルされるのもあって防戦一方である。
それでもケイが吹き飛ばされたのを見て学習し、ボスが距離をとった瞬間にギンを割り込ませ、勢いを付けた強攻撃を阻止するなど、巧みに防いでいた。しかし単なる連撃を食らうだけであっさりとMPが削られていく、圧倒的に不利である。
その時、ボスがソライロを無視して向きを変える。
必殺の攻撃エフェクトが閃き、ボスはそれを杖で防いでいた。
必殺攻撃を仕掛けたのはジオである。
ボスが軽く体を傾げるのとほぼ同時、ケイから見て右の奥の方から術師の術が飛んできた。蹄の音が聞こえてくる。
三人乗りの巨大白山羊、豪登。
騎士、当世具足の赤裸裸の背後に、長い赤髪を夜会巻にし、弓を持った巫女服姿の術師が乗っている。
そして豪登に咥えられているのは鑑定スキル持ちの薬師、小春である。
「ボスにHPダメージはありませんがMPは消耗してます!」
「その調子で鑑定お願いします。小春さん」
味方の増援である。
ボスは至近距離に居るジオに対処するためにソライロに背を向けた。と、一瞬気を抜いたところを杖で足払いする様に絡められ、ソライロがスキルの有効範囲から放り出される。
「げ」
スキルが解除され、周囲から一斉に八十禍の動く気配がする。
赤裸裸達の後ろから大量の八十禍が向かってきた。
「まずい!」
ジオが突進してきた牛型の八十禍をすり抜けざまに切りつける。しかし勢いは止まらない。
牛型の八十禍をソライロに突っ込む寸前で止めたのはケイの護符型式神とソライロの騎獣型式神のギンであった。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
体勢を立て直したソライロがその場でスキルを使う。
【伊邪那美命 瑞穂の祖神】
八十禍が止まった。牛の八十禍が荒く鼻を鳴らしながら姿勢を低くしたところをジオが一撃必殺のジョブスキルで屠る。
そしてボスはというと、どこかに消えていた。
赤裸裸の後ろに乗っている赤髪の巫女服の女性が言った。
「遠くには行っていません。私のスキルで追えます」
さて仕切り直しである。
ダメージを回復するケイ達を置いて、赤裸裸達はボスを追っていた。
「木が邪魔で、私の術も当たりそうにありませんが……」
「すいませんがそれでもアンさんはボスに向かって撃ってください。私がボスの位置を見失いますので」
森の中。移動するボスを追跡する、白山羊を駆る一団である。
このボスは放っておくとMP回復のために隠れてしまう傾向があるため、何とか消耗させようとしているところである。
騎士、赤裸裸と愛馬、もとい愛山羊、豪登。
その後ろに乗る赤髪の術師はプレイヤー名、宇多川アン。
建御名方神のパッシブスキルにより、敵の位置が分かる。
術師の攻撃発動のジェスチャー、彼女の場合は弓を引き絞り、撃つ。
「HPダメージは入ってませんが、遠距離攻撃を警戒して、スキルを展開し続けているみたいです。
着実にMPが減っていますよー」
ボスのHPMPを確認しているのは崩彦神の鑑定スキルを発動している小春である。
「最良とはいきませんでしたが概ね作戦通りですね」
「揺れると思ったけど、意外と大丈夫ですね、ここ」
小春はずっと豪登に咥えられて運ばれている。親猫に運ばれる子猫状態である。
疾駆する大山羊に人が咥えられて運ばれている様子はなかなか衝撃的な絵面である。
「!」
アンが何かに気付いた。
「周囲の八十禍が集まってきました! 伊邪那美の効果範囲の外に居たものを集合させているようです!」
「そうなると、やはりボスのスキルの効果範囲はエリア全体、仕様としては騎獣に対する操作に近そうですね」
複数パーティーが何度かアタックを試みた結果、ボスが八十禍を操作する方法は大きく三通りある。
一つは目視範囲内の八十禍に詳細な指示を出す方法。ケイ達が囲まれてひたすらダメージを与えられずに一方的にやられたものである。
二つ目はエリア内全体に集合や移動を指示するもの。騎獣持ちが騎獣に使う指示に近く、今使っていると思しきものである。
一番簡単なのは迎撃指示。標的の死角を狙って三方向から同時に攻撃を加えてくるものである。
これは隣接エリアの八十禍にも効いており、ボスを回避したい人はこの八十禍の動きを見て撤退するようにしていた。
「では作戦通りに」
「はい」
アンは空に向かって一発、ボスの頭上に向かって一発、ボスに向かって一発、術を射ち出す。
「ではボスに向かって撃ってください。30秒後に合図しますのでもう一度。
囲まれそうなら離脱してプランCです」
「はい」
一方こちらはソライロで、回復の真っ最中である。
薬師が一人、草むらをあさっていた。
「揃った! 果物!」
薬師はダンジョン内でアイテムが採取できる。
ジョブスキルでアイテムがアイコンになって見えるのである。
彼女の手の中には竹筒、何かの枝、葡萄、紫の石がある。
薬師がジョブスキルを発動すると、素材全てが光の塊になる。
光の塊から出てきたのは、紫の模様の付いた竹筒。MP回復薬であった。
「便利だなー、薬師」
「ダンジョン内だと連発できないんだけどね~。余裕のある時に作り貯めておかないと」
ソライロと一緒に居る薬師。翡翠。
例の魔法少女のプレイヤーである。
ちなみに最初にケイがログインした時に脇を抜けていったのが彼女と、当時原付に乗っていたソライロであった。
翡翠は赤裸裸達と一緒にこのエリアに到着した。
敵の位置が分かるアンのスキルでケイ達とボスが戦闘に入っている可能性が高いのが分かったため、ソライロのスキル範囲内に入って八十禍の襲撃の心配がなくなった所ですぐさま赤裸裸達が先行したのであった。
騎獣が最大三人乗りのため、やむを得なかったのである。
ソライロが雑魚敵の足止めスキルを維持。
翡翠がMP回復アイテムの補充。
ジオはボス戦に加勢に行った。
そんな所で、上空にある赤い火の玉がふわふわソライロたちの方に向かってくる。ケイのスキルなので戻って来たのが一目瞭然であった。
「だめだ、八十禍は赤裸裸さん達を追ってる。俺のスキルでも釣り出せない」
猿田彦神のスキルで敵を挑発し、ソライロのスキル効果範囲内に引き込んで動きを封じようという作戦だったが、失敗した様である。
「アンさんの合図のある方に近づくと囲まれるんだけど、こっちに引っ張り込もうとすると戻って行っちゃう」
今、アンが上空に術を撃っているのはボスの現在地を他のプレイヤー達に知らせるためである。
それとケイの証言を合わせるに、現在ボスが出している指示はボスの周りに集合させた上で迎撃を行うものである。
「思ったより複雑な命令ができるっぽいですね。スキル表示は出てないんですけど……パッシブスキル?」
「でもシキもそんな感じの指示でちゃんと聞いてくれるからな」
言いながらケイが首の横を掻くと、シキがゴロゴロ喉を鳴らした。
そんな事を話していたら草むらが動いた。
巨大な茶色の馬、そして咥えられてる人。
「すまん、紫苑復活させられるか?! 回復薬が尽きた」
白髪に鉢巻と赤っぽい鎧の騎士である。
「鉄人さん!?」
ソライロが声をかける。
HPMPをだいぶ消耗して、馬上に座っているのがやっとの状況であった。
鉄人の馬に咥えられていたのは黒髪に白の狩衣。無理言って連れてきた経験値ペナルティでレベル制限中のメンバーである。
HPが0のまま一分過ぎるとダンジョンから強制退場になってしまう。
「え、どうする? HP回復薬ほとんど無いよな?」
慌てるケイを横に、翡翠が冷静に分析した。
「まずは紫苑さんの救命最優先!
『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【少名毘古那神 薬湯】
緑色の光がシャワー状に降り注ぎ、紫苑のHPバーが若干回復し、どうにか起きれるようになったが、動くことはできそうにない。
「さっき合図を見ましたけど、どうしましょう」
鉄人の後ろからエルフの縁が出てきた。彼女も消耗が大きく、動くのもままならない様だ。
「……鉄人さんは大急ぎで向こうと合流しないと、アンさんの合図があったって事はもう八十禍が集まり始めてる。
HP回復薬……は無いんですよね?」
蘇生できなかったという事はHP回復手段が尽きている。鉄人達とケイ達のパーティーはMP回復薬がいくつか。翡翠もMP回復薬のみ。今後の事も考えるとその数も心もとない。
薬師の翡翠がHP回復薬を持ってきていないのは、翡翠に回復スキルがあるためMP回復薬を最優先したのである。
「ソライロさんはスキル維持で動けない。鉄人さんが最優先で応援に向かってもらって……縁さん紫苑さんも後で応援に……ケイさんが居れば場所は分かるはず……」
翡翠が素早く状況を把握する。
「じゃあまず私がMP回復薬一つ使って、余りはソライロさんと分けて鉄人さんが一部持って行く。向こうには小春さんも居るから回復薬は持ってるはず」
翡翠はてきぱきと自分のアイテムを分配した。
「HP回復薬がないから。まず私が最低限鉄人さんを回復させる。
紫苑さんと縁さんはここでHP回復してから、後で向かってもらう。鉄人さんが辿り着ければボスの周りの八十禍は心配しなくていいし、ケイさんも向こうに居てくれれば目印になるし」




