23.薬師の受難
「本当に大丈夫!? 信じてるからな!? 置いて行ったりは無しだぞ!!」
穏やかな草原で騒々しい一団が居る。
「豪登に乗せてもらえば大体大丈夫だろ」
「採取の為に降りないといけないんだよ!!」
「俺が真っ先にターゲットにされるから大丈夫だってば」
新作予定の純和風( )VRMMO。
クローズドベータテスト真っ最中である。
VRゲームで忌避される虫系の敵を導入してるせいで恐怖症の人が及び腰になっていてこのざまである。
「大体、百足の比礼着けてるんだろ? 大丈夫だって」
「着けてるけど、どれくらい近づかれるのか分からなくて怖い」
「ああ、まぁ確かに」
虫除けしてても虫は怖い。リアルでもVRでも同じである。
現在のパーティーは赤裸裸、小春、ケイ、ジオである。
崩彦神スキル持ちの小春にダンジョンに来てもらっている所である。
ベータテストの為、恐怖症の人にゲームシステムとしてどの程度対応するのがいいかという方針を決めるのに格好の機会であった。
人柱である。
赤裸裸を主力にして、ケイとジオで警戒と避難路の確保という方針である。
ついでに回復アイテムの材料をとりに来ている。
「……エリア内に例の大禍の影響はありませんね」
スキルで周囲の敵のターゲットを確認していたジオが緊張を解いた。
大禍、このゲームのダンジョンにたびたび現れるボスである。
本来はこのボスを倒すためにダンジョンに来るわけだが、今回は小春の様子見なので遭遇は避ける方針である。
「襲撃されるとしたら三方向から同時に来るんだっけか」
「うん、今あっちから来るのは一匹だけだ」
ジオがケイに返事する間に、狼型の八十禍が向かってきている。赤裸裸が迎撃に歩み出る。
あれから色々なパーティーがボスと会敵して情報を収集していた。
鑑定されていない現在、ボスの正体は不明なままである。白っぽい服装で人そっくり、角が生えている鬼型のボス。八十禍を統率して操るらしいという事までは分かっている。
何の変哲もないエリアで突然大苦戦を強いられるため、実は被害者はかなり出ていた。
ともあれ、今は薬師のダンジョン内での役割である。
「まず、薬師はエリア内に埋まってるアイテムがアイコンの形で見えるんだ。ここの地面とか」
と、小春が地面を触ると手に入ったのは赤い石である。
「こっちの木の枝とか」
木を触ると葡萄を手に持っていた。別に葡萄の木というわけではない。ゲームシステム上の仕様である。
「同じ色の石ころ二つと果物二つ、回復だったら竹、一時強化だったらひょうたんの容器、あとは蓋に使う木の枝。
これでジョブスキルでMP消費するとアイテムが作れる」
「どれくらいMPを消費するんだろ?」
必要アイテムの量をまじまじ見ながら、ジオが聞いた。
「ダンジョン内だと一個作るのにMP半分持ってかれる」
「効率悪っ!」
思わず声に出たケイに小春が憤慨した。
「町の薬屋に来ればもっと効率よく生産できるのにお前ら全然来ないだろ!」
「え! あれプレイヤーの店なんだ……開店休業中かと……」
「俺、町に薬屋があった事も知らないんだけど」
驚くジオと、そもそも知らないケイである。
「その前のアップデートでは動作テストだったらしくて、平地に竈だけ設置してあって、薬師さんが居ないとただのオブジェっぽかったんですよ。
で、この前のアップデートで薬屋が追加されてたんですが、皆に言い忘れてました」
メンゴです。と赤裸裸が頭を掻いた。
このゲーム、一事が万事この調子であるが最近のベータテスト全般がこんな感じで告知されない仕様変更、サイレントアップデートの山である。
つまり、現状の薬師は薬屋でスキルを使うほうが効率がいいらしい。MP半分と必要な材料を揃えれば、最大10個まで生産できるのだそうだ。
最高効率を目指すなら薬師を連れてダンジョン内で目的の素材を収集し、10個分集まった段階で店で薬を作るのが一番効率がいいという事になる。
しかし目的の素材10個分というのがなかなか難しい。石20個、果物20個、容器10個、枝10本、計60の素材が必要である。特に石は種類が多いので特定の石だけとなると集まりにくい。
「そして薬師には基本攻撃手段が無い。一人だとダンジョンでアイテムをそろえるのも難しい」
「武器が無いって話、マジだったのか」
小春の解説に目を丸くするケイである。
「そんな薬師の為のアイテムがこれ」
まん丸い黒地に白いバツの書かれたアイテムである。
「……切腹した真っ黒焦げの白あんパン?」
「爆弾だ。適当な石を一つ以上と素材アイテム二つ以上、最低石一つと素材アイテム一つを消費して作る。これを作るにはMPはほとんど消費しない。基本攻撃手段。術師の術みたいなもんだな」
「なるほど」
「しかしほとんどの組み合わせで軒並みこれができるためハズレ扱いだ」
「攻撃手段増えるならいいじゃん」
「アイテム5個掛け合わせてこれ出来てみろ。石二個以上費やして爆弾は流石にハズレだぞ」
「そういえばそうか」
「あと装備アイテム枠を圧迫する事もあって、薬師が合成の実験を躊躇する要因になっている。
今は道具屋に売り払えるからいいけどな、そのうち採算割れしそうだ」
小春の言葉に赤裸裸が顎に手を当て頷く。
「やっぱり暫定措置だけでも爆弾を素材扱いにするか、薬屋に荷物の保管場所が必要ですね。一度チャットで運営に連絡してみますか」
薬師が手持ちアイテムがいっぱいで合成できない事故が発生中である。
「その爆弾って俺も持てるの?」
「いるかい? 赤石5個と交換するぞ?」
「ボッてね?」
ケイと小春の軽口を眺めながらジオが横から声をかけた。
「威力を見てみたいんだけど、その爆弾って味方が巻き込まれたりする?」
「そういや試したことないな」
「じゃああそこの百足丁度いいんじゃね?」
遠くからこっちに向かってくる八十禍を指してケイがそう言ったところ、小春の反応は早かった。
「ぎゃあああああああ!! 来るなこっち来るな!」
「言っても来るだろ、迎撃頑張れ」
「ケイの事だよ!! タゲられてるんだろ!」
「あ、そうか」
小春、パニックだが冷静である。
「私が壁やりますから」
「じゃあ俺、赤裸裸さんの近くに居るから」
赤裸裸とケイが百足に対応する姿勢を見せると、小春の行動は早かった。
「インストラクターオン投擲ターゲットファイア!!」
小春が超早口で自動操縦システムを起動し、正確無比な投擲を行う。ケイ達の目の前の百足が赤白い光りに包まれた。ついでにケイ達も光に包まれた。
躊躇なく爆発に巻き込んだようである。
「あの禍は表面が固くて、上からだと騎士の大薙ぎでも一撃は難しいんです。威力は申し分ないですね。一撃で倒しちゃったのでノックバック効果があるかどうか分からないんですが」
「近くで爆発されるとエフェクトで周りが見えなくなっちゃうから混戦で使うのは危ないかも」
味方攻撃が発生しないため、爆発に巻き込まれてもノーダメージで戻ってきた赤裸裸とケイが薬師の爆弾を評価する。
一方の小春はジオの後ろに引っ込んでいた。
「虫の破片とか付いてないだろうな?!」
「ねーよ」
そんな丁寧かつ無駄に処理が重くなるような意味の分からない仕様は無い。
しかし小春の初戦闘である。少し休憩することにした。