22.設定厨の厨二創作解説RTA(脱線続けて約25分)
「で、月読は?」
「覚えてたのかよ…………聞くの?」
「聞いてみたい」
「さっきも言ったけど厨二要素もりもりの現代和風ファンタジー創作の設定用だから。
創作してた月読推しの知り合いがボツった設定供養として話してきたやつだから」
「他人の作った厨二創作物からしか摂取できない栄養素があるから聞きたい、ていうかそれよく覚えてるな」
「たまたま同じ頃にギリシャ神話と日本神話調べてたんだよ。そんで資料探すのとかこじつける所とかちょっと手伝ったの」
「要はお前の黒歴史かよ」
「んー……そいつはウェブで活動してたんだけど、断筆したんだよ。何でもあなただけが知っている世界の真実系スピリチュアル詐欺に引っかかったっぽい人が来たらしくって」
「あなただけが知っている世界の真実系スピリチュアル詐欺に引っかかったっぽい人って創作畑に来るもんなの?」
「レアケースだけどトラウマになったらしい」
「まぁ詐欺に引っかかった人かは置いといて急に鼻息荒い人来ると怖いよね」
「宗教でもオタ活でも取扱注意物件の特徴は大体一緒ってよく言われるからな。
実のところ日本、八百万も神様がいるからか、うちの神様が一番! って主張してよそとトラブった所って過去にちょくちょくあるらしくて。そういう点では月読ゴリ押しはファンタジー設定としては現実と相性悪かったのかもしれん」
「あんま聞きたくないなフィクションの話してる時に現実の話。
フィクションと現実の区別がつかない人って普通に関わりたくないし」
「……そういう曰く付きだけど、聞く?」
「聞きたい」
また複数の資料が呼びだされた。
当時のその知り合いとのやり取りのログや、元にした資料である。
「えーと……月読は、記述が無いのもそうだけど、とにかく残されたわずかな資料さえ素戔嗚と被るんだ。
分けられるのは名前だけで、担当地域すら資料によってごっちゃになってる。夜は名前から分かるとして、海が担当な理由はさっき言った潮汐と月の関係からと考えられる。
あと月読は暴風神としての面も持ってるっぽい。
続日本紀によると八月の事、その日は常に異常な暴風雨が起こってて木や家屋が吹き飛んだって話がある。大型台風だったのかもしれない。
それで占ってみたら伊勢の月読神の祟りって出たんだとさ」
「他の資料には色々載ってるんだ?」
「多少はな。で、ファンタジー設定の方なんだけど、天照と対になる悪神って設定なんだ」
「…………はぁ」
「作ったの厨二病の月読推しって言ったろうが」
「おう、聞きたいから続けて」
「あー……まず、月読と対となるであろう天照大神だ。
三貴子の生まれ方は諸説あるけど、このファンタジー設定では伊邪那岐が黄泉の国に伊邪那美を連れ戻しに行ったことに設定してる」
離別の際に、逆上する伊邪那美は一日千の人を殺すと宣言した。それに対し、伊邪那岐は一日千五百の産屋を立てると宣言した。
「産屋というのは出産時の妊婦さんが籠る小屋だ。古代では清浄な分娩室など望むべくもなく、満足な感染症対策もとれなかった。
そこで昼、太陽熱と紫外線で殺菌された白砂の上に産屋を建てるという事が行われたといわれている。
もしくはその殺菌された砂を産屋に敷く習慣があったそうだ」
産土神は生まれた土地の祭神のことだが、その名前はこの産砂から来ているという説がある。
「伊邪那美の火傷による死が産褥熱の炎症の暗示でもあると想定すると、古代日本はこの頃に日の光の浄化能力に気付いた可能性がある。
黄泉のくだりも、実は産褥熱によって亡くなった奥さんに、「対策はとったよ」って墓所に伝えに行くシーンの暗示なのかもしれない」
「ほうほう」
「そして遺体が腐敗していく様を見た古代の大王が、分かってはいたけど悲しくなって封印してしまった話が元なんじゃないかって所だ。
古事記も日本書紀も、死後の伊邪那美に関して蛆の湧いてる描写や遺体の膨張と思しき描写がある。
古代には殯っていって、亡くなった人の遺体を訪れて死を受容する習慣があったといわれているんだ」
「そうなんだ……」
「それなら天照大神は日と豊穣と生命、そして浄化を司っているはずだ。
でもさ……禍津日神と直毘神もそうなんだけど、この禊の時に発生する神様達って大体対になってるんだ……」
「……なるほど?」
「まぁ本当の所は直毘神と一緒に伊豆能売神とか出てくるから、ここで出てくる神様たちは別に全然対じゃない。
実際に日本書紀の一説では三貴子は神生みの時にサクッと三人生まれてて、で、その三人の中で素戔嗚は悪い弟、みたいに書かれてる」
でもこの設定ではそこはスルーしている。と前置きした。
「ところでだ。素戔嗚のエピソードの一つに月読のものとされるものがあるって話はしたよな?
例のハイヌウェレ型神話。大気津比売のエピソードだ。月読の場合は保食神と呼ばれる豊穣神が登場する」
「ああ……もしかしてもんじゃが出てくる女神様の……?」
「ツッコみづらいからもんじゃ言うな。そう、宝を排泄する女神の死体から作物が実る。穀物の起源となる神話だ。
月読は、作物を吐き出す保食神を見て、汚らしいと殺してしまう。それを知った天照は激怒して、月読と顔を合わせないと宣言する。それが月と太陽が同時に空に上らない理由とされる。
このよく似た素戔嗚と月読の話は、実際にどちらかのエピソードがどちらかに吸収されたものと考えられているらしい。
だが月は昼も上るだろ。天体の観測が不十分だった超古代に作られたエピソードで、そのせいで天照と月読が、昼夜か、天地か、どちらで対になるのかがふわふわしてた時期がある。というのがこの創作設定だ」
「昼の月は普通に見えるからそれは無くね? と思ったけど作られたのがよっぽど大昔なら担当地域とかの設定がふわふわしてるのが説明はつくか?」
「まぁ新月の月は見えないし、太陽に近づくほど薄くなるから、古代の人には太陽の前や後に遠慮がちに空に上ってるように見えたのかもな。
太陽の近くだと月の姿が消えて見えるのが、気まずくて姿を隠してるように見えたのかもしれない。
そして日本書紀の記述の順だったら五穀と耕作地のタイミングに矛盾が無い、つまりこの話は本来月読のもので、素戔嗚に吸収された月読のエピソードは他にもあるって設定だ」
「一応納得」
「更に、インドネシアの本家ハイヌウェレ神話には続きがある。
嫉妬した人々によって、娘、ハイヌウェレを殺された父親が原初の女神に訴え出ると、事情を聞いて怒った女神は九重の螺旋の門を作って人間を選別した。門を避けた人間は獣になり、通った人もそれぞれに選別されるようになった。これが冥府の起こりとされる。
冥界に門があるという話は世界中にあるようだ」
「そういえば何か聞いたことがあるような……」
「そして素戔嗚が八岐大蛇を退治した後、根の国に宮を構えるときに詠んだという歌がある。
『八雲立つ 出雲 八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を』
数は前後するけど、妙な一致だろ?
この八重垣、いわゆる冥界門って設定になった」
「とりあえずツッコミは無粋として、ハデスとペルセポネのせいで冥王って奥さんと仲良いイメージがあるから妻篭みは解釈一致」
「ギリシャ神話がどれくらい伝わってたかは分からんけど、一応シルクロードは紀元前からあるんだよな。弥生時代の銅矛の形はギリシャ辺りまで起源を辿れるみたいな説あるし。
食べちゃいけない冥界飯、黄泉竈食もペルセポネの柘榴の話を彷彿とさせるし。
伊邪那岐伊邪那美の『見てはいけない』の条件も、いかにもエウリュディケとオルフェウスの話だし。
鬼瓦の起源がメデューサの魔除けって説あるし。
散楽はシルクロードを伝わってきたって話もある。神話も部分的に短いエピソードの歌劇とかで伝わってたかもしれん。その辺は誰か研究とかしてるんじゃないかな? 何か宗教考古学とか? 知らんけど」
「日本人、大昔からハデス好きかよ」
「まぁそんなわけで、伝えられたあちこちの神話を吸収して、古代の日本神話には日の神と対立する夜の神が居たんじゃないか。
昼と田畑と豊穣と清浄と生命に対立する、夜と森林と不毛と不浄と死。
当初は分かりやすい二元の対立構造だったんじゃないかって設定なわけ」
「おー、何となく分かった…………何でそんな邪神祀ってんだよってツッコミは無粋なんだろうな……」
「作ってたぞ設定。災害とか何か悪い事が起こったらとにかく全部その神様のせいにしてお供え物しまくってこれ以上怒らせないように身を慎んで祈りまくる。
身を慎むことで喧嘩やら乱痴気騒ぎでマンパワー消耗しないようにして、災害が過ぎたら神様の怒りがおさまった事にして集まったお供え物を復興物資や被害者救済として使うってシステム」
「おお、ちょっと厨二病舐めてたかもしんない」
「さてそれを踏まえて素戔嗚のエピソードを見てみる」
「収穫祭でウンコ撒いたのとか?」
「うん、担当する役回りが悪神なら何でもありだろう。収穫物が汚染で全損とか普通に悪夢だし。日本とギリシャの間にはメソポタミアの疫病の神ネルガルとか居るし」
「よくある悪神正神の対立設定ならまぁ」
「素戔嗚のやらかした天津罪は公共に対する罪って説がある。豊穣神を殺すのも、日本書紀の記述のタイミングが正しいなら高天原でやった悪事の一エピソードだったのかも」
「でも、途中まで天照は庇ってるんだよな?」
「そこでもう一つ。歴史が一部混ざってるんじゃないかっていう設定が入る」
「これ以上混ざるとわけ分かんなくなりそうなんだけど」
「日本に限らず、太陽を信仰してた地域って日時計とかで太陽の運行を観察してることが多い。
そんで冬至が近づくにつれて影が伸びる、つまり太陽の位置が下がり始め、寒くなってくることに気付くわけ」
「古代の集落パニックになるんじゃね?」
「で、冬至を見計らって祭祀担当者がお供え物して『太陽様マジ頑張れ祭り』を開催すると、太陽は復活して徐々に高度が高くなり、だんだん暖かくなってくる、祭祀の一族の権威は保たれる。
祭祀担当者たちが太陽の観察を続けるお陰でいつ頃種をまいて収穫すればいいかとかも分かる、と、そういう仕組みだったはずなんだ」
冬至の祭りは世界中にある。
「で、日本は当時、祭祀を担当する一族と、それに近い血縁の軍事を担当する一族が居たんじゃないか、という設定なんだ。
時代が下るけど、大国主が国譲りの時に祭祀担当の事代主と、軍事担当の建御名方の二人の意見を聞いてくれと言うシーンがある。
普通「お前最高権力者だろ」って怒られるだろ? 使者を懐柔したりして、散々引っ張ってたんだし。
でもちゃんと二人の意見を聞きに行ってる。
かなり昔、天津神国津神が分かれる前から、国には祭祀担当と軍事担当が居るという不文律があった可能性だ」
「まあ国譲りに関しては後でごねられても困るってのもありそうだけど、そういう設定ならまぁツッコまない」
「で、素戔嗚が高天原に来た回は、姉弟婚かは不明だけど、祭祀担当一族と軍事担当一族の間の何かしらの婚姻関係の成立だったんじゃないか。
素戔嗚大暴れの回って、軍事担当一族が祭祀担当一族にやらかしたクーデター未遂事件なんじゃないかって設定なんだ」
「何で天岩戸でクーデターが収まるんだ?」
「よく言われてるように日食を利用した動揺か、もしくは日の出の逆光を利用して奇襲をかけたんじゃないかって設定だ。
神武東征の時の「太陽を背にして戦うべき」って話につながるわけだ」
「その話知らない」
「天孫降臨から時代が下って、奉ろわぬ神を平定する時にそういう話があるの」
「やっぱ若干いざこざあったのか……」
「ついでに岩戸隠は冬至のお祭りの描写も混ざってるんじゃないかっていうんだ。
確かに冬でも枯れない常緑樹に神性を見出して祀る文化はヨーロッパにもある。賢木を飾って日にあてる所はそれっぽいし。
祭りの準備にかこつけて奇襲の用意をしたかもねって話」
「まー……そういう経緯なら身内になった軍事担当一族を祭祀担当一族が庇う事もあるだろうし、当時の軍隊が調子に乗ったら色々やらかしそうな気はするな……」
現代でも、元気の有り余る若者が店舗で手の届く場所にある食品食器を汚染してみせる天津罪の一つ、糞戸チキンレースはおよそ十年に一度SNSで大賑わいを見せる一大コンテンツである。
現代では髪を刈られるだけでなく履歴書に業務妨害などの前科がついてしまう社会的タブーである。
なお、現代ではそうした動画を投稿するにあたって、断れない雰囲気に追い詰めてやらせ、曝し上げるという手法がある。
以前流行った、いじめられっこやお調子者に万引きなど犯罪行為を強要して通報し、陥れるというものの派生パターンである。そのような背景がある可能性を考慮した上で全容解明が強く叫ばれる必要がある。
ところで大祓詞にある天津罪と並ぶ国津罪の一部は性的タブーに関するものであり、大正時代の政府に「祈祷文でこの字面はちょっと……」と言われて変えることになったとまことしやかに言われている。後のHENTAIコンテンツ大国である。
ちなみに変態とは、大正時代に医学書を翻訳する際に作られた変態性欲という語の略称であるとされる。
なお大祓詞が1914年に内務省訓令により定められた経緯には国津罪の中に特定の病気を罪穢れととらえる内容が含まれていたため、差別の低減を図ろうとした可能性があるが定かではない。
医師が病気療養を超えた行き過ぎた隔離政策を危惧していたのが1910年頃、明治の末。患者の強制収容などのエスカレートが起こったのはおよそ1930年代、昭和初期のことであった。
「えーと、つまり、古代の日本神話はいろんな話が混じった結果、日の神と対になって生まれた悪神が高天原で大暴れして根の国、あの世に居を構えるっていう対立構造だったって設定なんだわ。それが天照大神と月読命って設定」
「やってる事が変わらないなら配役変える必要なくない? 素戔嗚どっから出てきたんだって話になるし。まぁ月読推しならそこは強引に行くか」
「一応そこにも設定があってさ。
善神と悪神の対立を伝える神話は世界のあちこちにある。そう考えれば日本神話がその形でもおかしくない。
でも、それだと後々困る問題が起きそうだ。という設定だ。大きく3つ設定した」
「1つ目。この設定では、古代の日本に天孫。伊邪那岐伊邪那美の国生みで生まれた子孫。悪神の子孫という勢力が発生する。
日を奉じる神々と奉ろわぬ神々だ。
古代の日本に日陣営と冥陣営が対立する」
「おお……」
「『敵は夜と不毛と不浄と死を司る邪神である』。このプロパガンダ、古代だったら効きすぎるほどに効いたんじゃないだろうか。
奉ろわぬ神を奉じてた人達、土蜘蛛の有力者とか、死後に首と手足を切りはなして別々の所に埋められてるって伝説が結構あるんだ。復活するといけないからって」
「そんな厳重な封印、吸血鬼や魔王でもめったに見ねーぞ」
「まぁ魔物扱いだわな。外敵は団結を促すけど、戦争は国を疲弊させる。
でもこの状況では、何かあるたびに神話を持ち出して「悪神の子孫を討て」ってなりかねない。
当時は呪い占い迷信が信じられている時代だし、自然災害後にやれあの部族が呪った謀った言われだしたらそれだけで国が乱れる。国家運営に不健全すぎる」
「平和に暮らしてた魔族が正義の名のもとに攻撃されて何も解決しない話、剣と魔法のダークファンタジーで百万回見た」
「ファンタジー設定2つ目。信長の第六天魔王だって仏敵呼ばわりされて、そうだ俺が魔王だって開き直ったって説があるけどさ。
悪神の子孫として敵認定した勢力達が、神話を根拠に団結して『我らこそは葦原中つ国の正当な支配者』って悪神を奉じて出てこないとも限らないだろ。
何より一大勢力の大国主の所が悪神の子孫になっちゃうわけで。
もちろん神話が消えれば対立も消えるなんて都合のいいことはないだろうけど、悪神の存在を消せば遠い将来に神話を根拠に団結されることは避けられるはず」
「うーん設定としてはまぁ」
「ついでに、ここをこじつけて冥の系譜を可能な限り排除したって設定できたりした。
この設定で行くと、忍穂耳尊は半分冥の系譜なわけだし、国譲りの後って普通は大国主の所からお嫁さん貰う所だけど、来たのは大山津見神の娘。伊邪那岐伊邪那美の系譜だし。
まぁしばらく後に事代主の娘とかが血縁者になってるけどそこは設定上スルー」
「冥の系譜?」
「いや大国主は根の国の須佐之男の子孫だしさ。
大国主、古事記では神殿を建てるように言ってるけど、日本書紀のいくつかの説では国譲りしてさっさと幽世に行っちゃったり、説得を受けて幽世を担当した事になってたりする」
「あれ? 大国主ってもしかして冥王か?」
「顛末はどうあれ須佐之男も一応承認したし、継承したんじゃないかな」
「妻籠みを解釈一致っつった次の代がハーレム作った件について」
「案外、その冥王がうっかり呪ってたんだったりして?
『此は葦原色許男と謂ふぞと告りたまいき』、告るは呪うの語源っていうし」
「どゆこと?」
「根の国に来た大国主、当時は大穴牟遅っていうんだけど、須勢理姫に一目惚れして両思いになったって言っただろ?
で、須勢理姫がお父さんの所に案内した時「かっこいい神様が来ましたよ」って紹介したらさ、お父さん開口一番「こいつは葦原色許男という」って言ってさっさと蛇の部屋に案内してるんだよね」
「葦原色許男聞いたこと無いんだけど……言われてみれば、何か字面がモテ……そう……?
え? まさか娘とられたショックで「このヤリチンチャラ男」みたいに呪ったってこと?!」
「いや知らんよ? もともと大穴牟遅はモテていたし、根の国をクリアしてやばい兄弟達倒したらハーレムぐらい作るんじゃない?
後世には伊香色雄命さんとかもいるから。本来どういう意味だったかは知らんし。褒め言葉だったのかも。
ただ根の国から帰ってから極端ではある。何せあちこちの女の子を娶る間についたあだ名が八千矛神だし。名前の由来は武神だからって話だけど、女性関係を見ると……なぁ」
「何か怖いんだけど」
「そんな感じでナンパに行こうとした大国主を、須勢理姫が止めた歌があるんだけどさ。その一部。
『淡雪の 若やる胸を 栲綱の 白き腕 そだたき たたき まながり 真玉手 玉手 さし枕き 百長に 寝をし寝せ』
これ、以前に河内比売をナンパに行ったときに返された返歌の一部とほとんど同じなんだよね。何か神様的に意味あんのかもしれないけど」
「浮気相手との会話知られてるって神様関係なくても普通に怖くない?」
「この一件の後、須勢理姫と大国主、今も仲良く暮らしていますって書いてある」
「怖いんだけど!!」
「この歌さ、河内比売がうたったときは『あやにな恋ひ聞こし八千矛の神の命』で終わってて、須勢理姫がうたったときは『八千矛の神の命や吾が大国主』で始まってるんだよね。
……呼びかける事で名前に付けられた呪いを上書きして抑えちゃった描写だったりして? このエピソード、神語っていうらしい」
「……結局、須勢理姫が一番強い?」
「分からんけど、大国主って名付けたのは素戔嗚だから力が強い名前なのかも。
あと中国とかからの影響もあったんじゃないかな。忌み名とか。
薄っすら影響してそうなギリシャ神話にも、人間として死んで冥界に居たけど、神様になるセメレーって女性の話が出てくる。その時、名前をテュオーネに変えてるってエピソードがある。他の死者たちが嫉妬しないようにって。
ギリシャの比較的近所のエジプトにも名前と呼び名が魂レベルで本人の在り方に関わるっぽい信仰はある。古代エジプトの刑罰の一つとして名前を記録から消すっていうのがあるらしいし。
猛獣を名前で呼ばないって話は世界のあちこちにあるし。
呼び名に何かの力があるって考え自体はそこらじゅうにあったと思う」
「大国主を名付けたって事は素戔嗚地上に来たの?」
「違う。根の国を飛び出す時に大国主の背中に呼び掛けた。それ以降素戔嗚は出てこない。
大穴牟遅は根の国から逃げる直前、八田間の大室ってでかい広間に呼び出されて素戔嗚から虱が居るっぽいからとってって言われた。
見てみたら素戔嗚の髪の中に百足がわさわさ居た。で、百足を潰したようにみせてたら素戔嗚が安心して寝ちゃったので髪を広間の梁にくくりつけて逃げた」
「ああ、素戔嗚巨人説ってもしかしてこの辺の描写からもか」
「天詔琴が鳴ったので素戔嗚は気付いて広間ぶっ壊して追いかけたけど、梁に結ばれた髪が邪魔で間に合わなかったっぽい」
「天詔琴?」
「大国主が素戔嗚の下から持ち出した三つのアイテムの一つ。後の二つは生太刀、生弓矢、武器だな」
「逃げる大国主に向かって、これからは大国主とか宇都志国主神って名乗って持ち出したアイテムで兄達をぶっとばして豪邸建ててうちの娘と添い遂げろこの野郎みたいな感じで激励している。
大国主には聞こえてなくても背負われていた須勢理姫は聞こえてたのかも」
「冥王様、退場直前に属性を山盛り過ぎでは?」
「話を戻してファンタジー設定3つ目。製鉄技術に関連があるってこじつけた。
伊邪那美の死の原因になった火の神、火之迦具土。
火之迦具土は伊邪那岐に切り殺されて、死体から複数の神が発生している。それらの神々は製鉄との関係が暗示されているとされる」
「え!? 生まれた子、どうなったのかと思ってたけど切り殺されてんの!?」
「そっちか……まぁこのエピソードは火伏や製鉄、火を制御する事を暗示してると言われてる」
「お、おう」
「八岐大蛇も製鉄との関係が示唆されている。
これらの死と関連付けられるエピソードから、古代日本神話では金属加工はやや冥属性って設定になった」
「金属加工が冥属性?」
「例外は天の岩戸を開くための鏡作りだけど、古事記では鉄って明言されてるけど、あれも資料によって材料が諸説ある。……狸の金玉八畳敷きって知ってる?」
「突然どうした?」
「あれは金の粒を狸の皮に包んで叩いて伸ばすと、八畳の大きさの金箔になるっていう話が、言葉遊びで変化したものっていうのが定説になってる。動物の皮を使って金箔を加工する技術は存在するんだ。
で、日本書紀には八咫鏡を作る時に、石凝姥という神様が香具山の金属を使って日矛を作り、鹿の皮を丸ごと剥いで天羽皮吹を作ったっていう記述がある。
天羽皮吹、字面や前後の内容、文化的背景から99.99%金属加工用のふいごの事なんだけど、そいつ強引に、金箔を加工するための皮だって設定にしてな。
それ以外の火を使う金属加工技術が冥属性って設定なんだ」
「……金属加工が冥属性ってピンと来ないけど」
「うーん……緑青って知ってる?」
「銅が錆びると出てくる毒だろ?」
「あれ、実は毒じゃないんだよ」
「え? あれ迷信なの?」
「そうとも言い切れない。銅に含まれていた別の金属成分とかが原因で有毒と誤認されたっていう説がある。
江戸時代の殺鼠剤の砒素の別名も石見銀山だろ?
おそらくかなり昔から、鉱毒の存在は認識されていた。それに加えて金属加工では木を切る、煙を出す。動物はこの煙を嫌って生態系が変わるぐらいの影響があるんだそうだ」
「なるほど、金属加工が冥属性なのはギリ納得できそう」
「そして八岐大蛇のエピソードと前後して、日本書紀には高天原から追放され大陸に降りた素戔嗚が出雲に渡り、自分の毛を樹に変えて各地に植えるように指示する話がある。
要は植林だよなこれ、冥側はそうした環境を整備する技術も含めて製鉄の技術を持っていたって設定。
製鉄技術は奥が深い。現代だって最先端技術の塊だ。
製鉄自体はできても不良品を減らすとか、山の荒廃を防ぐとか、優れた技術は取り入れたかったんじゃないだろうかってわけだ」
「んー……」
「まぁ多少無茶だけど、とにかく諸々の事情で神話の根本からこの対立構造を解消しないといけなくなったんで冥側と融和を図ったって設定。
朝廷に友好的な有力勢力の神だった素戔嗚を太陽神の兄弟神に変え、無邪気な荒ぶる正義の神という属性を付けてエピソードを吸収させ、悪神を消すことにした。
たった一つ、「素戔嗚は伊邪那美に会いたいと泣き騒いだ」というエピソードを挟んだだけで、無邪気さを印象付け、根の国に居る理由を作りあげて冥王としての性質を薄めた」
「……情報の伝達手段が限られてるとはいえ、古代にそんな情報操作できたらすごい事じゃね? ちょっと昔にあった、ちまちまサジェスト汚染とかやってる炎上対応もびっくりだぞ?」
「創作用の設定のためにこじつけただけだからな。
現実なら絶対上手くいかないよ、そんな事になるなら素戔嗚にも月読にも信者いっぱい居ただろうし」
「まぁ、そいつの作った設定はそんな所。
これ、聞けばわかると思うんだけど、話の設定に使うには日本神話の予備知識とこんがらがった設定の説明しないといけなくてさ。
滅茶苦茶使いづらいんだ。トラウマが無くても没ったんじゃないかな」
「その人、何の話に使うつもりだったの?」
「現代ファンタジー。今どきの少年少女が過去の諸々で不思議パワーに目覚めてご近所の怪異を何とかするやつ」
「古代日本の戦記ものの下地に使う分量なんよ」
「そいつも「『月読は闇系の神様だけど何かの事情で隠されてるか封印されてる』ぐらいで十分のはずだったのに伏線張ったらあれこれ入れないといけなくなった」ってどこ削ってどこ入れるかで相当悩んでたな。
あなただけが知っている世界の真実系スピリチュアル詐欺に引っかかったっぽい人、実は体のいい断筆理由だったのかもしれん」
「ちょっと分かる気がする」
「消えた王朝系の話は古今の偽書でも人気のジャンルだからな。何かあなただけが知っている世界の真実系スピリチュアル詐欺に引っかかったっぽい人の琴線に触れるものがあるんだろうな」
「……結局今のどっからどこまで創作なの?」
「資料は一応調べたけど、全部それを継ぎ接ぎしたあいつの創作。
月読は普通に暦の神様で豊穣神だと思う」
「農業と季節が大事なのは何となくは分かるけど……月っていうのがピンと来ない」
「太陽の運行を調べるのは知識と日時計なり何なりの観測装置が必要なわけだが、月は満ち欠けや月の出入り時刻など、見れば分かる特徴が多い。古代で専門知識の無い一般人が季節の目安にするのに最適なわけだ。
十五夜、十三夜、十日夜。仲秋節の行事は中国から来ただろうけど、大昔、縄文弥生時代から収穫のタイミングは月で測ってたんじゃないかと思うんだ。苺を収穫する時期の満月をストロベリームーンっていうのと似た感じ」
「十五夜は知ってるけど十三と十日は知らないんだけど」
「それぞれ別名『芋名月』、『栗名月/豆名月』、『稲の月見』など。十五、十三、十日夜は収穫期の月を表してるらしいんだ。
つまり古代では里芋の葉が枯れはじめて芋が収穫できる頃の満月を十五夜として、その次の晦から十三日後、満月に近い頃に栗や豆が収穫できて、更にその次の晦から十日後、少しだけ膨らんだ半月に近い頃に米を収穫する。みたいな日程でやってたんじゃないかと思うんだ。
十日夜と近い時期にやる収穫祭の『亥の子』は中国由来とされてるけど、もしかしたら語源は『稲の子』かもね」
「つごもりって大晦日の事じゃないの?」
「晦は旧暦で言う月の終わり、つまり新月になるタイミングの事。
大晦日は大晦の名の通り、月の終わりで年の終わり」
「あ、そうなんだ」
「新月の月は地球から見て太陽とほぼ同じ方向にあるから、日中に太陽と一緒に動いて沈む、肉眼で見えないし、夜に出て来ない。
だから『月ごもり』。どこかに月がこもってるように見えたわけだ」
「収穫も重要だけど、むしろ田植えの時期の方が重要じゃない? やっぱり何かの月があるの?」
「だからむしろ採取生活の時代からある言葉なんじゃないかと思うわけだ。採取するだけなら植える必要ないからな。
特に里芋と栗は縄文時代からあったみたいだし、稲が後付けの可能性はあるかなと思う。
とはいえ、月の名前は見つからなかったけど田植えのタイミングの基準はあるぞ。桜が咲いたら種蒔き。
五月の和名、皐月の「さ」と桜の「さ」は田んぼに関係する言葉から来てるって説があるから、皐月の幾日かが田植えのタイミングだったのかもね。播磨国風土記に稲作に関連して五月夜って単語は出てくるけど日付は不明なので割愛」
「アバウトだけど古代の農業、何か楽しそう」
「……そうかな?」
「何? 何かあんの?」
「三月四月の異名に病月と乏月というものがある」
「聞いた事ない」
「中国から来てるんだけど、病月は病の月。乏月は冬の間に穀物を消費し尽してまだ収穫できるものがないから穀物の欠乏する月って意味。
古代に似た気候で大きく食糧事情が違うとも思えない。弥生は病から、卯月は飢える月から来てるんじゃないかなとかね……」
「えー……きっついんだけど……いや、それなら他の月は?」
「十五夜が旧暦八月。十三夜が九月。十日夜が十月。
十一月霜月が萎れる月。十二月師走が為果つる月、つまり手を尽くし終えた月。
一月睦月が身を寄せ合って寒さをしのぐ月。とかね。
二月如月が衣更着、服を重ね着して寒さをしのぐ月っていうのは割と言われてる」
「二月になる前に重ね着すればいいと思うけど……」
「まぁ二月が一番寒いってのもあると思うけど……植物を布にする方法知ってるか? 綿花じゃなくて、草を使うやつ」
「何それ知らない」
「リネンとか、亜麻とか麻とか苧とかなんだけど、丈の高い草を水に漬けたり叩いたりして柔らかくして、糸になる繊維を取り出す」
「へー……うん?」
「百人一首に『み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり』って歌があるだろ?」
「……あったっけ……?」
「この歌、布を叩く音が秋の夜の寒空に響いてるって歌なんだ。当時の服は繊維が固いから叩いて柔らかくしないと着れないから。
同時に秋、収穫を終えた後に夜通し草を叩いて繊維を作ってる冬支度の描写なのかもしれない。砧の季語、秋だし。
で、そうやって農閑期の冬に閉じこもって身を寄せ合って寒さを凌いでいる間に家内工業で糸から布を作っていって、重ね着できるほどの服ができるのが如月だったんじゃないかとかね」
「うわ昔の生活厳しい……」
「毎年冬は生きるか死ぬかって生活してて、でもあと何回満月が上れば春が来るって分かるのは心の支えだったんじゃないかなと思ったりする。ストレスに対して見通しって大事だから」
「なるほど」
「あと、自然現象の観察はそう馬鹿にしたもんでもない。
例えば桜は特定の低温条件で休眠打破。その後の一定以上の温度の蓄積で開花っていう仕組みだから、下手なセンサーより信頼性が高かったりする」
「そういえばそうか」
「まぁ当時はそういう世界観だから、森羅万象が何かしらの兆候を示してる感じなわけだ。陰陽師とかも本来はそういった兆候等々を加味して暦を作る仕事だし」
「なるほど」
「どれくらい兆候を気にしてたかっていうと、徒然草、つまり鎌倉時代に役所の部屋に牛が入り込んだってエピソードがあって」
「シュールなインディーゲームでもなかなか無さそうな絵面だ……」
「当時は牛車使ってたからな。で、検非違使の別当、つまり当時の警視総監みたいな人の席で牛さんがゴロゴロし始めたと」
「どういう事態だよ」
「今で言うと駐車場に停めといた一般事務員の自動運転車が何か間違って警視総監の机に乗り上げた感じ? で、陰陽師呼ぼうかって話になって」
「何で??? 陰陽師って妖怪だけじゃなくて牛も倒せんの???」
「流石に陰陽師そこまで万能じゃねーわ。
何かの凶兆だったら嫌だから牛を占ってもらおうとしたらしいんだよ」
「ああそういう……」
「で、冷静なご隠居の「牛だぜ? いつも適当なとこで食っちゃ寝する自由すぎる牛だぜ?? 凶兆とか無い無い、早く持ち主の所に返してやんなよ」って感じの鶴の一声で、牛が汚した畳一枚換えただけで済んだと。
『怪しみを見て怪しまざる時は怪しみかえりて破る』、つまり不吉な兆候も気にしなければどうという事はない、と締められている」
「『フラグは建て過ぎると折れる』にも通じる気もする」
「まあ結構そんなもんだ。
そもそも真面目に考察したってなぁ……ってとこあって。
八重垣のくだりって八岐大蛇然り、書いた人のラッキーナンバーが8だったんじゃないの?ってぐらいの8の大盤振る舞いなんだよな。そりゃ垣根も八重になるわって感じ」
「ラッキーナンバーて……」
「あーでも……当時の文字は漢字だけだったから、文献も音写の漢字なんだけど。
八岐大蛇のくだりにでてくる八塩も八門も八桟敷も八の字なんだけどさ……
例の冥界門設定にした『八雲立つ 出雲 八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を』の部分だけ
やくもは夜久毛、やえがきは夜幣賀岐、夜の字があてられてるんだ。
なーんてね」
と、ロマンを残してお開きになった。