20.対策会議3 ボスの挙動
純和風(?)VRMMO荒魂鎮魂。
現在クローズドベータテスト中。
見た目はこじんまりした小屋だが、中は大会議室。VRゲームならよくあることである。
レコードというダンジョン内のリプレイ機能を使って、ケイとジオがやられたボス戦を再生中である。
ケイはというと、先程話しかけてきた別ゲームの知り合いかもしれない式神使いと話していた。実のところ、知り合いではなく向こうが一方的にケイの事を知っていた。
「何で俺のこと分かったの?」
「ケイさん、相手プレイヤーに避けられないように斜め上から攻撃するの癖になってるでしょう?
サイコキネティックハンドは遠近感掴むのが難しいから、大抵は手前から奥へ、もしくは横薙ぎする間に位置を調整して当てる。でもさっきの練習場では斜め攻撃してた」
「……でも皆斜め攻撃、やるよね?」
「やるけど、攻撃力が低下してるかを確認するだけの攻撃でやろうとは思わないです。目測あわすのに神経使うんで全力攻撃難しいから。
振り上げから躊躇なく振り下ろせるのもおかしいです。普通は一回どっかで止まる」
「そっかー」とケイは自分の異質性から目を背けた。
おそらく似た環境で遊んでいるせいとはいえ、相手の観察力もおかしいのである。
葛葉ソライロ。
顔を布のお面、蔵面で覆った式神使いのプレイヤー。伊邪那美命のスキル持ちだそうだ。
さて、ボス戦のリプレイである。
最初こそケイ一人を置いて行ったジオに知り合いらしき面々から非難が集中していたが、大量の八十禍に囲まれて異常に粘るケイに一同ドン引きである。
「え、新生式神使いってタンクなの?」
「この人がおかしいだけでこれを求められたら困ります」
「だよなぁ」
騎士の人に話しかけられて、ケイの横のソライロが予防線を張った。
ケイは空間認識能力が少し人より高いらしい。
彼がそこそこ有名になったVRゲームは多人数対戦型超能力バトルものである。
そのゲームでのサイコキネシスは中近距離戦特化。攻撃力は作中随一だが、使えるのは腕の動作と連動するサイコキネティックハンドと呼ばれる形式の念動力のみである。
他方、ドラッグ&ドロップのような動きとジェスチャーを組み合わせて遠距離から複数の物体を操作できるテレキネシスや、広範囲遠距離攻撃を使うパイロキネシスのような相手だと大抵は距離をとって一方的に殴られる。
何なら透視能力にガイドされた跳弾で一方的に遠距離狙撃されたり、瞬間移動のヒット&アウェイ戦法で削り殺されることもある。
能力操作に腕を使う関係上、武器を拾ってもあまり活かせない。むしろ投擲の方が強い。
そんな不遇だが優秀な中近距離性能に任せて素手で敵の猛攻を防ぎ切り、徐々に立ち位置を変えて敵の潜んでいる位置を割り出し、一瞬の隙を突いて能力で加速して突撃する戦法を確立したプレイヤーが居た。
それがテレキネシスト殺し、別ゲームのケイの事である。
「戦ってるうちに、この辺、死角になってるなーって分かるじゃん。それでタイミング合わせて振れば防御ぐらいできるって」
「その理屈はおかしいんです」
ソライロにばっさり切られた。
サイコキネシスの能力だと加速して遮蔽物の陰に入って射線を切るか、その辺の瓦礫を引っぺがして簡易要塞にするのがセオリーである。
そんなわけでケイは四方八方から来る猛攻を防ぐのは慣れっこであった。
ジオが敵に囲まれた瞬間、ケイに任せたのはこれが大きい。
結局ケイはMPダメージの蓄積で行動不能になってやられたが、ボスに突撃しなかったのは式神の火力が低いのと高速移動技がないためである。
「こっちの攻撃は散々避けられたけど、この最後の葡萄だけはヒットしたんだよな」
ケイがレコードの映像を見ながら思い出したように言うと、ソライロも同じ場面を手元で再生する。
「最初から九字じゃなくて葡萄で足止めする気だったんです?」
ケイはあの時、最初から左手に葡萄を持っていた。
間に合わなそうなら投げ、九字で止められれば回復する予定であった。
ケイの話を聞いて、ジオが推測する。
「多分、位置的に左手に持ってた葡萄が見えなかったのかな?
だとすればやっぱ岩山の大禍が目で確認して指示してるわけだ。
高い所に居るのは標的を目視しやすいからかもしれない」
ジオの意見を聞いて影助が手元の映像の角度を変える。
「……言われてみればこの辺ちょっとだけ見通しがいいな。もしかしてここを通過するのを待ってたのか……」
その後、レコードの中でやられたケイとジオの周りには八十禍が待機していた。
赤裸裸達が駆け寄って遠巻きに見るが、八十禍が警戒態勢をとったため救助困難と判断して立ち去った。
ケイが聞いた蹄の音はこれだった様である。
集まっていたメンバーが誰ともなく呟く。
「視覚を使ってるってことは、これ、生木改じゃないか?」
生木改とは、『生命の人造樹』というダンジョン攻略ゲームで登場したゲーム用敵AIの最高傑作と名高いAIである。
疑似的な視覚や聴覚などの五感を持っており、プレイヤーの視線や動きの癖を読んで先回りする様子やフェイントにも反応する様はトッププレイヤーをして中に人が入ってると言わしめた完成度である。
経験者が解説する。
「つまり、このボスは見えない、聞こえない、感知できないものには反応しない。
メタAIやナビゲーションAIを使わず、実際の空間認識に近い形で3Dゲームの中を動いてるキャラクターAIなんだ」
メタAIやナビゲーションAIはゲーム中のデータを俯瞰的に取得して位置や動きなどを調節する機能である。
「かなりシステムから独立してて、生木AIは挑発スキルで行動を誘発できない事が多い。
挑発系スキルで寄って来るかもしれないけど、あくまで見える敵を倒しに来てるだけだ。他の優先目標があればそっちに行く」
ジオも自分の戦闘を分析していた。
「八十禍が俺の隠形を避ける気配は無かった。
つまりボスには隠形が見えてない。忍者で一撃必殺できるんじゃないか?」
葡萄の不意打ちもそうだが、ジオの隠形もほぼ必ず当たっていた。恐らく大禍には見えていない。
攻略の糸口である。
しかしてこの生木改、戦闘AIとしては一級品。レベルデザイン的にはとんでもないじゃじゃ馬という評がある。
ゲーム全体を俯瞰して操作するAIを遮断しているので難易度調整が効かないのである。キャラクターAIが疑似知覚に対応しすぎているため、五感以外の判断材料になる情報を入れると予測できない方向にバランスを崩すと言われている。
人の反応速度を超えるようになってしまってからは改で制限を加えつつ日々進化してはいるが、大体バトルジャンキーのエンドコンテンツ裏ボス御用達である。運営・プレイヤーともに研究がほとんど進んでいない。
ボス戦の検証が終わったあたりでジオが周囲に呼び掛けた。
「あのさ、伊吹山の猪ってもしかして、これ?」
ジオが出したレコードは前回、要と一緒に行って還矢のスキルの検証の際にケイが轢かれた大猪である。
「……一層にもボス来るんじゃねーか!!」
見ていたプレイヤーが吹き出した。一層2エリア目で遭遇したのはボスだったようである。
「某ローグライクゲームも1階にはモンスター溜り発生しないようになっているというのに……」
「こいつだわ間違いない」
「何で一階層に出てくるんだよ……」
「還矢えぐい」
プレイヤー達が呆れていた。
というわけでボス(と運営)への対策である。
運営には要望苦情窓口にご意見を送るだけである。
対策の話し合いも大方終わって解散となる。
ジオが伸びをした。
「あとはレベル上げと検証か~」
「検証か……正直、月読命に目立つスキルあると思ってなかった……」
「え、ああ……そっか……そうだよな……」
「?」
遠い目の影助と、納得したような様子のジオ、その横で首をかしげるケイである。
影助と別れてからジオに聞いてみる。
「月読って不遇なの?」
「だって古事記にほぼ名前しか出てこねーもん」
「え? 有名なのに?」
「天照と同じ三貴子だから名前は有名だけどマジで出てこないぞ」
「出番少ないって聞いたことあるけどマジなのか」
「マジのマジでほぼ名前だけ」
断言した後でジオが何か思い出したようにする。
「あー……でも創作に使うために日本神話絡めて月読がメイン張る設定を作ってる奴はいたな」
「名前だけからどうやってそこまで膨らむんだよ。逆に聞いてみたいわ」
「……創作用設定。ただの厨二病だよ。あと説明しようにも日本神話の知識が無いと面倒なんだよな……むしろ日本神話の説明する?」
「聞きたい。むしろ日本神話の話、軽く教えてほしい。全然分かんない神様とかエピソードとかあるし」