2.純和風、とは
キャラメイクが終わったら明るい林の中に居た。
周囲を見渡し、アバターの頭上に浮いている名前から知人のキャラ名を探す。
林の中、まばらに立つ木、ひときわ大きな木の周りを、膝の丈やや上ぐらいの木の柵が囲う。それをベンチ代わりに何人かが座っていた。
「あ、来た来た」
手を振る黒スーツ。うなだれるスノーボードのような物を抱えた少年。
「くそ! インパクト勝負しようと思ったのに発想がかぶった!」
「何の勝負だよ……」
ここは純和風VRMMO。のはずである。
黒スーツの男は構わず立ち上がって自己紹介する。
「名前はこの辺に出てると思うけど」
と、名前やHPMPの表示されているあたりを指す。
「俺はここでは辰乃ジオなのでよろしく。
ジョブは忍者。お前は?」
辰乃ジオ。
青みがかった黒髪に、口元を覆う黒のネックウォーマー。そしてありふれたスーツに日本刀、やや短めなので脇差だろうか、という出で立ちである。
日本刀を除くと、大体普通の冬のサラリーマンである。
スノーボードっぽいものを抱えた少年が答える。
「苗字は渡良瀬で名前はケイ」
渡良瀬ケイ。苗字はあいうえお順で一番後ろから選択できたやつを選んだだけだけである。
現実のどこかに同姓同名の人が居そうであるが無関係である。
灰色がかった赤茶色の落ち着いた髪。でかい白のヘッドホン、ぶかぶかの赤のパーカーと薄灰色のゆったりしたズボン。
手に持っているのはスケボーというよりスノーボード。そこにロールシャッハテストのような黒い影が描かれている。見ようによっては黒猫に見えなくもない。
ケイがぼやく。
「純和風って銘打ってるからには現代風とか誰もやってないと思ったのに……」
「このゲームでは服装で動きや視界が制限されること無いからねー。これぐらい普通普通。十二単でダンジョン内ダッシュしてる人とか居るし」
十二単、皆よく知る平安時代のお姫様が着てるあのでっかい着物である。
そう言うジオの後ろを、面頬を着けた真っ赤な当世具足がショッピングカートに正座して横切って行った。
周囲から声が上がる。
「あ、赤裸裸さんだ」
「赤裸裸さーん」
有名人らしい。周囲から声を掛けられて手を上げて応える当世具足の名前は一文字赤裸裸である。
その横を進んでいく原付。運転席に狩衣の平安衣装、その後ろに魔法少女が立ち乗りしていた。
それを眺めたケイは急速に謎の疲労を感じて呟く。
「純和風って何だっけ……?」
「現代や日本の創作も和風の内なんじゃない?」
ジオの口ぶりだと、この純和風VRMMO、いつもこんな風な様である。
「……そういえばキャラ作ったらいきなりここに来たけどさ、チュートリアルとか無いのか?」
「まだ無いよ。だからログイン時間を合わせようとしたの。
ここでユーザーから出る疑問点とか引っかかりを洗い出して製品版を改良するわけだ」
人柱である。
「実はもう一人も都合がついてさ、今から来るんだ」
「お前……チュートリアルも無い所に二人も呼んだのかよ」
生贄である。
「あの人はリアル特殊能力があるから……まぁ温厚な人だから多分大丈夫。待ってる間にケイの能力教えて。パーティーでダンジョン行くかもしれないし」
「教えても何も、俺自身よく分かってないんだけど」
「ん……そういえばそうか」
「自動生成ダンジョンの攻略ものってことは、デスペナとかあんの? あんまやる気ないけど、それによってやり方変わってくるんだけど」
「エスペナは持ってた素材が半分に減る。あとは72時間弱体化してLv1になる。
レベルは72時間後に元に戻るし、その間に稼いだ経験値やアイテムは復活した方に統合される」
彼らが話してるのはキャラがやられた時に発生するゲーム仕様上の不利、いわゆるデスペナ、デスペナルティである。
一昔前はデスペナルティと呼ばれていたが、これは英語だと死刑である。ちょっとゲームをやる人になら伝わりはするのだが、翻訳の高速化によるMMOのグローバル化で不都合が起きてきたため、経験値ペナルティ、エクスペナルティ、エスペナ、という呼び名に変化した。
一方で経験値ペナルティはゲームによっては高レベル帯の人の獲得経験値に制限を設ける機能として使われている語でもあり、これまたややこしい。
恒久死という死亡時の完全喪失システムに部分的喪失という意味を込めたlossの合成という経緯でキャラ死亡時に発生する不利やそうしたシステムをpermanent loss、permalossと呼ぶことがあるが定着していない。
ジオは自分のステータス一覧を開く。
「さっきも言った通り、俺のジョブは忍者。
手数で足止めしつつ、連撃が成功すると徐々に攻撃力が上がってく。もしくは条件の厳しい一撃必殺がある。
ちょっとトリッキーな仕様の近距離戦型だ」
「俺のジョブは式神使いなんだけど、能力って言っても来たばかりだしさぁ」
ケイも横に座って同じようにステータス画面を開いて説明を始める。
「式神使いってことは……護符型? 器物型?」
「騎獣型」
質問していたジオが一瞬止まる。
「…………え、乗るの、それ?」
ケイの式神はスノボ風のボードである。手に持っていない時は、地面から30cmぐらい浮いている。
「最近ちょこっとウィンタースポーツのゲームやる機会があったんだけど、ここのキャラメイク時に試しに動かしてみたら操作性同じでさ」
「いや、確かにスポーツゲーはかなり他のシステムと動作系の基幹エンジン共有してるから、問題なく動くだろうけどさ」
VR技術の進展によって開発に多大な労力が必要になり、業界にゲームエンジンの一部を共有するシステムが構築されてから久しい。
「騎獣型式神。攻撃特性は鈍器だ」
「いや、ちょっと待とう……。
えー……俺てっきりお前は護符か器物にすると思ったのに……」
「別ゲーでまで変に目立つ気ないよ。それにちょっと試してみたけど、だいぶ仕様が違うぞ」
「え、そんなんあるかな? 基本サイコキネティックハンドのはずだけど……」
ジオが続けて何か言おうとしたが、不意にケイの横に影が走り込んできた。
「お待たせしてすいませんジオさん」
「え、ああ、お久しぶりです縁さん」
現れたのは小学生ぐらいの背丈、金髪、困り眉、青目、そして尖った長い耳。
エルフである。
ポンチョに似た緑のコート、同じ色のスカート、黒いタイツのような下穿き、柔らかそうな茶色のブーツ。でかい弓。
どこからどう見ても正統派エルフである。
現在日本におけるエルフのビジュアルイメージは日本のTRPG原産だと言われてはいるが。
「………………純和風って何だっけ……?」