17.ずたぼろ
「やべぇ、ちょっと想定していなかった」
ケイは三階層の森の中で八十禍に囲まれて孤軍奮闘中である。
多勢に無勢で持ち堪えているが、明らかに動きが鈍っている。
技術的には八十禍の攻撃には対処できている。まだ粘れる状況であった。
劣勢に陥っている原因は敵の攻撃を受け止めたりしている器物型式神。攻撃を受けた時に、MPが少しずつ減るのである。
MPダメージで起こる行動制限、つまりダメージで動きの鈍りが発生するシステム。そのせいでケイの動きは精彩を欠きつつあった。
MP温存のためにHPで受ける事も考えるが、しかしケイのジョブはどちらかといえば後衛である。防御力は低い。動きも鈍っているので回避も不十分である。一撃で戦闘不能になることもあり得る。
しかし相手は待ってくれない。熊型の禍津日神が突っ込んでくる。
その攻撃は急に現れたダメージエフェクトに遮られた。
忍者の使う一撃必殺技である。
「何で苦戦してんの!?」
現れたジオが驚いていた。
「式神で攻撃防ぐとMP減る。蓄積ダメージ」
「マジかー、こっち俺が抑えとくから回復してくれよ」
回復アイテムも心もとない。葡萄を口に含んだ時点で、かかってきた兎の八十禍3匹を追い払うように器物型式神を操作する。
その攻撃の余波で回復した分のMPが削れる始末である。
一方、参戦したジオが慌てていた。
「ちょっと待て! 何でただの八十禍がこんな連携してんだ!?」
八十禍はいわゆる雑魚敵である。
しかしジオが今、蜂の禍津日神を切り捨てようとした所、下から突進してきた兎とトカゲに邪魔されて逃げられた。
ジオの忍者ジョブは基本攻撃力が低いため、一撃必殺か連撃によるダメージ上昇が入らないと止めを刺すのは難しい。
困惑するジオにケイが声をかける。
「やっぱこれ、おかしいのか? さっきから攻撃を避けられまくってるんだ」
「八十禍にこんな連携されたら初心者死ぬわ。
最初は三層の敵はただ隠れてて音や動きに反応してるんだと思ってたんだけど……あいつか?」
ジオは岩の上の人影を見る。
と、気をとられた隙に、ジオは死角から猪型の禍津日神の体当たりを受けた。
何とか受けきってカウンターで退けたものの、HPのダメージが大きい。かなり行動制限が掛かっている。走るのも難しい。
ケイがこのままではジリ貧と判断して声をかけた。
「ダメもとで突破する。ジオ、乗って!」
ケイはシキの突破力に賭けることにした。
標的が大きく動き出したのを見て、背後から一斉に八十禍が追ってくる。
「シキ! ジオ! 前の敵頼む! 出来れば避けて!
臨、兵、闘、者」
ケイが敵の動きを止めるため、背後の敵に九字を切り始める。が、前方の敵を避けつつ走るシキが不利。追いつかれる。
九字には自身の硬直時間がある。一部の敵を止められても隙が大きい。
「皆、陣、列、キャンセル!」
キャンセルと同時にケイは左手の葡萄を放り投げた。
葡萄が足止めアイテムとして機能し、追ってきた八十禍が蔦の山に飲み込まれる。
シキが前方を塞いでいた禍津日神達を飛び越した。
「よっしゃ!」
言ったところでシキが正面にあった何かに弾かれる。
一瞬光ったエフェクトは蜘蛛の巣である。
はねとばされたシキが狼型の禍津日神に噛まれ、消滅する。ケイのMPが尽きた。完全に行動不能である。
「蜘蛛の禍津日神にそんなんあんのかよ!?」
言いながら何とか受け身をとったジオが、横から突っ込んできた大蛇に噛まれた。HPのダメージ量からほぼ行動不能。
ジオはHPダメージの行動制限で噛みつきを振りほどけないまま、HPが減り続けている。
「ケイ、自分だけでも回復できそうか?」
「ちょっと間に合いそうにない」
「そっか。すまん。
……ケイ一人なら逃げ切れたか?」
「いや、これは無理」
動けないケイも追撃を受けたらしい。背後で1、2度胴を挟むようなHPダメージを加えられた感触がして、ケイの視界が暗転した。
周囲が静かになる。
一度遠くに蹄のような音がして一瞬周囲の音が増えたが、それ以降は何の音もしなくなった。
1分くらいなのだが、嫌に長く感じる。
そしてちょっと服の背中を持ち上げられたような感覚がして、何か柔らかいマットの上に下ろされたような感触がすると、周囲に光が戻った。
目を開けると町の広場である。
「え!? ジオ死んだの!? 珍しいな?!」
周囲が声をかけてくる。
広場の真ん中で寝ているわけで、とんだ晒し者である。
「変な八十禍の群れに囲まれてボコられた」
ジオもぶすくれていた。
そこから少し離れた広場の端、緑の火がともる大鳥居から縁と影助が走り出てきた。
「ジオさん! ケイさん!」
「やっぱやられちゃってたのか……」
何でも、縁と影助はギリギリまで緑火鳥居で待っていたのだが、八十禍が一斉に向かってきたので脱出したそうである。
ジオとケイがやられて標的が変更されたと思われる。
「僕らも助けに行けばよかったかもしれませんが……」
「来なくてよかったよ。こいつまで死んだし」
すまなそうにする縁にケイがジオを示しながら軽く返す。
「悪かったな」
ジオがむくれているが。恐らく縁と影助が加勢に来たところで巻き添え死が増えただけである。
「あの後、赤裸裸さん達が様子見に行ってくれたんだけど」
影助がそう言ったところで、緑の大鳥居から赤の当世具足と魔法少女が戻ってきた。
「ども」
「あ、どうもお世話になりました」
「いえ、何もできませんで」
赤裸裸とケイ、ジオがお互いペコペコ頭を下げる。
「……で、岩の上のあれ、多分ですけど大禍ですね」
赤裸裸の衝撃の証言。
まさかのダンジョンボスである。