121.建御雷
アップデートされたダンジョンの下見のはずが気づかずボスエリアに突入してほぼ壊滅。
全員戻ってきたのでシアタールームで映像を共有し、作戦会議である。
ケイが例によって隣のジオをつついていた。
「……そういえばさ、みんな結構最初で建御雷って言ってたよね? 何で?」
「波打ち際に剣立てて座ってたんだから嫌でも連想するな」
そう言ってジオは自分のレコードの建御雷の映像を表示する。
「……器用だな」
「刃渡りって大道芸は昔からあるからな。大正時代の神秘主義の一部で刃乗りが神聖視されたのって、もしかしたらこの辺からも来てるかもしれん」
遭遇時は遠目にしか見えなかったが、待機状態のボスは立てた剣の剣先を足の裏に当てた状態で胡坐をかいていた。剣の刃先に座る。ほぼ曲芸である。
ジオが解説する。
「国譲りの時に剣を抜いて波打ち際に逆に立てて、その前に座ったって記述があるんだよ」
「剣って抜き身だと振り下ろすように構える形が自然だから、逆さまって剣先が下じゃないの?」
「この剣の位置については学者さんの間では概ねこのポーズで一致してるけど、ちょっと不自然だからな、お前の言うように剣を砂浜に突き立てて側に座って交渉したんじゃないかみたいな考えもない事もない。
一方で『不思議なことができる人』=『偉い人』っていう認知は五歳児ぐらいからあるらしい。古代社会の神権政治の権力者はこの心理を利用したんじゃないかという説がある。
もしも神話に一部史実が混じってるなら……建御雷に当たる人が出雲に着いて早々に刃乗りで注目を集めて、「一番偉い人呼んできて」ってやった可能性はあるかも。
建御雷の前任者全員、話し合いで大国主に丸め込まれてるからな。早めに自分のペースに引き込もうとしたかもしれない」
「へー」
「何これ!?」
映像を見ていたほかのグループから声が上がった。
縁翡翠が連携国造を使ったシーンらしい。岩が吹き上がるはずが、ボスの周りだけ何も起こらなかったのである。
瞬が声をかけてくる。
「ジオは国造効かないって言ってたよな。分かってたのか?」
「国造が効かないのはこの時初めて気づいたけど、多分建御雷のLv3パッシブスキル」
「え??」
瞬が目を丸くした。他ならぬ彼のスキルである。
「多分、要石。効果は地震封じ」
「えええ!? ってちょっと思い当たることある!!」
ケイが再びジオを突く。
「要石って何か聞いたことあるけど、何?」
「この場合は日本全国にある地震を封じてるとされる石。鹿島神宮とかにある石が有名だな。鹿島神宮の御祭神は建御雷なんだ。
経津主神の香取神社とかにもあるんだけど……鷹さーん。もしかしてLv3のパッシブスキルあったりします?」
ジオが鷹に話を振った。
「……確かに私にもLv3パッシブスキルありますね。効果が不明で言ってませんでしたが」
過去のボス戦のレコードを見返した瞬が言った。
「謎がめっちゃ解けた」
八岐大蛇戦のボディプレスでダメージが軽減されたものや、須佐之男命戦で天詔琴の直後に他のメンバーより早く体勢を立て直せた事、大国主命戦で国造で直接ダメージを受けなかった事などである。
「ボスのよりは効果範囲狭いみたいだけど、多分俺のLv3パッシブスキルは同じ効果を持ってる……」
「……大国主特効?」
ケイが呟いたのを隣のジオが拾った。
「……建御雷と経津主は国譲りの貢献神だし。地震を起こす大鯰ってもともと日本を取り巻く黒竜らしいって説があるんだ。大国主のモチーフカラーは黒だし。地神だし。何かの暗示かもね」
「そういえば地震の絵の鯰、ギザ歯だったな。もともと竜だったのか」
ちなみに本物のナマズの歯は猫の舌かやすりの様にザラザラしている。
「で、俺達がやられたのはこれ」
気を取り直した瞬が先ほどの戦闘のレコードを動かす。
ボスの剣を躱したと思ったら逆の手から金属の剣山が飛び出してきて刺された。
「何これ。磁性流体?」
「確かにスパイク現象っぽい……」
「SF映画で未来から来たロボにこんなん居なかった?」
そして電撃が地面を走ると、地面から勢いよく剣山の様な棘の塊が飛び出してくる。
ボスの本体が速い上に高威力攻撃がどこから来るか分からないといった状況。あっという間に瞬、鷹の二人ともが倒された。
「あ、俺が死ぬ直前に見たやつ。ウニじゃなかったのか」
ケイは浅瀬でこの金属の棘状のものとボスとに挟まれて倒されていた。
ジオが口をはさむ。
「ケイがやられたのと同じなら設置スキル。トラップ扱いみたいだ。罠表示が出る。ボスが腕に設置して攻撃してくることもあるし、背後の地面から出ることもあるから躱しづらい」
ジオも力押しでHPを削られた末に、動きが鈍った所で躱しきれずに倒されている。
皆がボスの攻撃を確認する間、ケイがジオを突いた。
「このウニ攻撃何なの? 雷に関係ない気がするけど磁性流体か何かリスペクト?」
「多分これは立氷」
「たちひ?」
「氷柱の呼び方らしい。上から伸びる氷柱を垂氷、下から伸びる氷柱を立氷と呼ぶとされる」
「何で氷柱? 建御雷も氷属性あんの?」
「建御雷が建御名方とやりあった時に、建御名方が掴もうとした手を立氷や剣刃に変えたっていう話があるんだよ」
「…………もし一部史実ならさ、もしかして建御雷って古代の手品師だったりする? 刃物に乗ったりしてるし」
「知らん。確認のしようが無いし。
ただ力自慢の建御名方を投げ飛ばしてるから強かったんじゃないかな。……描写を見るに現代で言うところの合気道的な柔術で手の関節極めて投げたのかもしれんけど……。
まぁもしかしたら古代では氷と金属は似た属性だったのかもね。鎌倉だか室町時代だったかの物語では大嶽丸がやっぱり氷を武器にしたって話だし」
「誰?」
「伝説の鬼。暴れたのは平安時代ごろって設定。このゲームにもそのうち出てきそうだな」
「へー……あー、でもまぁ一回は思うよな。ツララって武器になりそうって」
話は縁達の脱出の段階の話になっている。
「縁さん翡翠さんはむしろよく助かったなこれ」
「やー、運はよかったよね」
翡翠がコメントしている。
「翡翠さんの因幡の白兎戦法すごい」
「因幡の白兎……」
因幡の白兎が鮫の背を飛び移る話である。生き物のように海中から出てくる岩を飛び移る様子からして、言いえて妙であった。
ボス戦を一通り見て誰ともなく言った。
「……これどっから対策とればいいんだ……?」