119.突然のボス戦
アップデートされたダンジョンの下見のはずがボスエリアに突入してしまった。
現在どう逃げるか検討中である。
「ボスのヒントある?」
瞬に聞かれてケイが答える。
「多分、建御雷だって」
「げ」
ケイがボスの荒魂の予想を告げると、助けに入った瞬と鷹が引きつった。
瞬のスキルが建御雷だが、使っている分だけボスになった時の強さに想像がつく。
このゲームの荒魂とは、神様の力の一側面であり災害や戦争を担当している。
その力を安全に解消するために、力の一部が禍津日神という姿をとって戦いに現れる。という設定である。
「俺たち下見でうっかりボスエリアに入っちゃったんだ」
ケイの説明を聞いて鷹がふむ、と納得する。
「私達もボスエリアと知らずに来ましたからね」
ボスは少し離れたところに立っていた。飛び退いて布都御霊剣を回避したようである。
例によって真っ白の蔵面と角。そして白熱したような白に毛先にうっすら赤の入った短髪。裁付袴の様な服。ゆったりした袖の羽織を裾絡げにしたような上着。青白い直剣を持っている。
【少名毘古那神 薬湯】
翡翠が回復スキルを使った表示が出る。吹き飛ばされたジオが回復してもらっているようだ。
同時にジオが叫んだ。
「ボスに国造は効かない! 作戦に組み込まないで!」
それを聞いて、鷹はざっとメンバーを見まわした。
そしてケイのスキルの火の玉で鳥居の位置を軽く確認する。
「…騎獣二体で六人……ギリギリですね。とりあえず先に避難してください。九階層の鳥居は見つけやすいので大体の方角が分かれば大丈夫だと思います」
瞬が付け足した。
「ケイ、俺らもすぐ後を追うけど、できれば海は避けた方がいい。スキル使われると感電するから」
「……分かった」
ジオはシキで縁と翡翠も連れて離脱したようだ。ケイ自身は走って鳥居の方向に向かう。
瞬と鷹が拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
ほぼ同時にボスが雷光をまとった。
【二神連携 布都御霊剣】
ボスが踏み込み、瞬が迎撃する。
ボスは急に力を抜いて瞬の体勢を崩すと、返す刀で振り抜こうとする。
鷹がそうはさせじと至近距離で光線を発するとボスは剣の腹で受け止めてわずかに振りが遅れ、瞬も体勢を立て直して後ろに跳んで躱した。
連携スキルを解いて鷹の横に並んだ瞬がVRにもかかわらず肩で息をする。
「何この強さ……」
「多分生木改ですけど、スキルで瞬間的な速度が上がるんで実質プロト生木みたいな事になってますね……」
生木AI、最高峰のゲーム用敵AIであるが、人が対戦できるように調整を加えられているのが生木改である。それがスキルで一時的に制限が外れる。
つまり瞬間的には人の反応速度を超える。
一方のケイは岩場を回り込んだ先、少し遠くの沖合に鳥居が建っているのを見つけた。
鳥居の近くまで向かおうと、縁と翡翠が砂浜を歩いて先行している。
ジオは回復が済んだのでシキに乗って取って返し、ケイを迎えに来たようだ。
「ちょっと水に浸かってるけどあそこが一番近い。そろそろスキル切ってくれ、八十禍寄って来るから」
「瞬達は……」
ケイがシキに乗った所でスキル表示が出た。
【建御雷神 建御雷】
「あ、これ瞬か」
「まだボス鑑定されてないからスキル表示はない。間違いなく瞬だな」
「縁さん達の時も思ったけど、敵か味方か分かりやすいようにしてほしい」
「一応運営に要望送った人居たけど、アップデートでまだ直って無いって事は後回しにされてるのか何か仕掛けを仕込むつもりなのか……」
と、そこでケイのスキルに反映されている味方の表示が白い炎に変わった。HPが0になったという事である。
「瞬と鷹がやられた!?」
その言葉に先行していた縁達が反応する。
「え! 回復しないと……」
「あのボスの前で救助は無理だよ!」
その間にふとケイは上を見た。見えたのは電撃である。
咄嗟に器物型式神で防いだが、シキも居たせいか一撃でMP半分持って行かれた。HPにもダメージが入り、感電の状態異常も受けている。
「シキ! 皆を連れて逃げろ! 翡翠さんに従え!」
「俺もいい! そのまま走って!」
ジオも翡翠に合図する。
シキが砂浜を走っていく。ケイとジオはボスと睨み合うが、瞬と鷹がやられた相手である。対応できる気がしない。
「……っ解除!」
ケイがスキルを解除する。海が近い。このまま使っているとスキルの火に誘われた八十禍に波打ち際から食いつかれる。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【思兼神 八意思兼】
「ケイ!」
ボスが電撃をまとってケイに突っ込んできた。
式神でまともに一撃防いだらMPが枯渇する。シキが消えたら縁と翡翠が海に放り出される。
何とか受け流すが、浅瀬に吹き飛ばされ、HPMPが大きく削れる。
ジオの隠形からの不意打ちは躱された。
「うわ、こっちの弱点よくわかってらっしゃる」
ジオの八意思兼。敵の動きが予測できる強力なスキルだが、非常にMPの消耗が激しい。
ある意味一番有効なのがMP枯渇まで近寄らず放置しておくことである。
知ってか知らずか、ボスはケイ狙いである。
ケイは追撃の剣を躱したが、電撃が海面を伝う。
「うぎゃ!」
ダメージによる行動制限でへたり込むと同時に、周囲に電撃が走り、背後に気配を感じる。
「ケイ! 後ろ!!」
ジオの声を聞くのと振り返ったのはほぼ同時だった。
「……ウニ?」
その瞬間、ケイは全身複数個所と首元にダメージが入った感触がして視界が暗転した。
VRで痛みは無いので『どんなやられかたしたんだよ……』と冷静に思いつつ波に揺られる。戦線離脱である。