117.増えた
アップデート後。
町内の建物はある程度秩序立ちはじめた。以前のあのトンデモ和風がよかったのにと残念がる声もちらほら聞かれる。
「色々ありすぎて今回アップデートした内容ほとんど忘れたんだけど」
「その辺の町の人(?)に聞けばいいと思うぞ」
まず説明用NPC大量追加である。
尻尾が生えてたりするが、VRゲームではいつもの事である。
「新しく四季の里山に入れるようになりましたよ」
このゲームの運営、地形や植生を揃えただけでは飽き足らず。植物素材などの採取に気候を合わせる事にした様である。町の全周に海も含めた四季折々の里山が広がっていて、季節と場所が合っていれば目当ての素材を手に入れることができる。
「里山の奥にある鳥居の先は全て荒魂を宿した禍津日神が彷徨う宮です。行くならよく準備を整えてください」
そう、その里山の奥にあるのがダンジョンに続く鳥居である。多分さ迷う宮で迷宮である。
このゲームにおける荒魂とは、戦争や災害に関する神様の力の一端である。
その力の一部を禍津日神という形にして戦う事で発散させるという設定である。
「禍津日神が里山に入り込んじゃうと大変なことになるので頑張ってくださいね」
禍津日神が入り込むと災害が起こる。その災害で色々採取できなくなったり収穫に影響が出たりなんだりするらしい。
一応それを防ぐのもプレイヤーがダンジョンに入る理由。という設定になったようだ。
町の人から頼まれるお使いイベントで、害獣駆除ならぬ八十禍退治があったりする。
「迷宮全十階層のどこかに居る大禍津日神の荒魂を鎮める事ができれば一安心ですが、無理はしないでくださいね」
この大禍津日神の荒魂がボスである。
「十階層になったんだったか……」
「ざっと潜った人の感想だと各階層が二倍になったってだけみたいって話だけど……それを踏まえた上での難易度は分かんないな」
他の人たちに混じってケイとジオの二人は掲示板などで要注意バグ情報などが無いか眺めている。
プレイヤーの拠点である。
横で聞いていた鉄人が声をかけてきた。
「瞬と鷹は九~十階層に居るみたいだ」
「相変わらずそんな上に居るのかあの二人……」
「全体の難易度自体はほとんど変わってないから行くのは問題ない。俺らもその辺でレベル上げと素材集めやることもある。
ただ到達に時間がかかる。大体途中一回は町に帰還しないと無理。ボス再戦とかちょっとめんどくさくなるかもな」
上階層を攻略中の人達が居ればメンバーを入れ替えて上階層からリトライすることは簡単である。
しかしボス戦に挑むと全滅しても離脱しても一階層からやり直しになる。
傍らのジオが思いついたように言った。
「そうなると俺らもペースや難易度見るうえで一度一階層から十階層まで上ってみた方がいいかもしれないな」
そんなわけで様子見も兼ねて、たまたま町で会ったケイ、ジオ、縁、翡翠でダンジョン一階層から十階層まで登頂中である。
縁のスキルのお陰で素材が大量に手に入るわけだが、ぜいたくな悩みが発生していた。
「アイテムが多すぎてどれ持ってくか悩むんだよねぇ……」
翡翠がアイテムを前に悩んでいた。
「回復アイテムの素材一択じゃないのか?」
「それが回復アイテムも供給が間に合ってきたし、好きな素材を使えと言わんばかりに種類が豊富なんだよね。
そろそろ上位回復薬とか新アイテム出てもいい頃だし、まんべんなく持ってこうかなとか。そうなると緩衝に使う白石は優先だし……里山でよく見かけるアイテムは放っておいても……いやでもこれは量採れないし……」
「一回戻る?」
緑の火を指しながら翡翠に問いかけるケイを見て、ジオが呟いた。
「……必ず一回戻らないといけないってそういう意味じゃないと思うんだよな……」
現在最速で何階層まで行けるか確認中である。
五層、つまり以前の三層までは割と楽々進む。しかしこの辺から崖や谷が出てき始める、深い森の階層である。
「谷があるとめんどいんだよなぁ……」
鳥居が崖の向こうに見える。
ケイ達騎獣持ちジョブは壁が登れない。
このゲームは地形をランダム生成する中で、高低差のある所は必ず下り口上り口があるとされるが、つまり迂回が必要である。かなり面倒臭い。
「そこは私たちが何とかしてみるよ」
翡翠が言うので、それなら任せてみようと谷底に降りていく。
谷底に着くと早速縁と翡翠の二人が拍手を打った。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【二神連携 国造】
シキの足元の岩が吹き上がる。
岩石エレベーター。動力はスキルである。
先のボス戦を経験したせいか、最近運用がダイナミックである。
それに順応しているケイ達も似たようなものである。シキは難なく崖の上に着地した。
「でも毎回縁さん達に連いてきてもらうわけにもいかないんだよな」
ケイの心配をよそに翡翠は楽観的である。
「まぁこれから人増えるだろうから、こういうのもありじゃないかなぁ」
「そうなの?」
ジオが横から口を出した。
「オープンベータの日程が決まったらしいぞ」
「マジで? 大丈夫? 全然人増えてる気配しないけど」
「招待停止中なだけだよ。それよりゲームのレコードデータを広告に使っていいか聞かれなかったか?」
「あ、返事忘れてたわ」
「頼むから早いとこ返事してやれ。お前結構ボス撃破戦とか出てるから運営さんが使いたいシーンに居ること多いだろ」
スキルを使って高低差をねじ伏せた一方、七階層、以前の四階層にあたる崖と洞窟の階層はそもそもの足場が悪い。むしろスキルを使ったら岩と一緒に落ちそうである。それでも上下動には最大限活用し、現在かなりの速さで九階層まで来ていた。
「海だなぁ」
九階層は海である。
ダンジョン内で海素材が採れるのはここだけなので若干レアである。
気を付けるのは水中にも八十禍が居るのでなるべく気づかれないようにして、早く海から上がること。
海のエリアは基本的に遠浅の礁だが、所々深みがあってそこに大型の八十禍が居たりする。
水中の敵は近づいてくるのに気付きにくく、近距離戦が苦手な術師の縁とそもそも戦闘が苦手な薬師の翡翠をシキに乗せているのは以前と同じ。
前にケイがスキルを使ったまま海階層に入った所、あっという間に取り囲まれたので現在スキルは使っていない、のだが。
「あ、忘れてた」
砂浜に上がって三人が振り向いたら波打ち際にケイが沈んでいた。ここも前と同じである。
ジオが貝型八十禍を倒すとケイは自力で起き上がる。
「何なの……? まだあったの? この不具合……」
「残念だけど仕様だろうな」
猿田彦のスキル持ちが貝の八十禍に噛まれると必ず行動不能になる。
「猿田彦が何したって言うんだよ……」
貝に手をはさまれて溺れた神話である。