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116.誰も知らない時の果て

 アルミサッシの向こうで新緑が穏やかに色づいている。

 個人のVRチャット部屋である。


速見湯はやみのゆって実在したんだな」

「珍しく自分で調べたのか」


 ゲームがメンテナンス中。いつもの二人は個人のチャットで遊んでいた。



「この別府べっぷ温泉が大国主おおくにぬし少名毘古那すくなびこなゆかりの地?」


「伝承があるのは道後どうご温泉。そもそも伊予国風土記いよのくにふどきで神様が別府べっぷ温泉の速見湯を道後どうご温泉に引いてきたっていう伝承だから」


「温泉引いてきたってことは近所? 行ったことないけど近所だっけこの温泉?」

「調べてみ」


「…………遠くね? っていうか海越えてない?」

別府べっぷ温泉が九州の大分。道後どうご温泉が四国の愛媛。間に瀬戸内海挟んでる」

「え? 何でそんなことになってんの?」


少名毘古那すくなびこなが倒れて大国主おおくにぬしが温泉に浸けて治療したって伝承。

 一方で大国主おおくにぬしが倒れて少名毘古那すくなびこなが温泉で回復させたって説もある。

 その時に下樋したび、地中を通したといを使って別府温泉から温泉引いてきたって話なんだ。そうして湧いたのが道後温泉って伝承」


「この長距離?? 地中ってことは海中を??? 確かにほぼ一直線だけどさ、古代の人、そんな地形の位置関係とかに気づくほど測量とかそういう技術ある?」


「どうなのかな? 二万年ぐらい前、最終氷期の頃は瀬戸内海が陸地だったって話がある。

 当時そこに住んでた人には火山活動とか水の流れとか、何かしらの自然現象で二か所の温泉地が連動してるように見えたのかもしれない。

 別府べっぷ温泉と道後どうご温泉は確か火山性温泉じゃないけど」


「二万年前って流石に神話より古すぎない? 記録に残ってるシュメール神話で数千年だったよね?」


「古代に目撃された何らかの現象が二つの温泉地の関係として伝わってて、それが後の時代に温泉の神様と合わさったのかも」

「ああなるほど」


「あるいは完全に想像だけど、今で言う佐多岬さだみさき半島、細長いだろ?」

「えー……ああ、この温泉地二つの下にある四国の尻尾みたいなやつか」

「この独特な地形を見た昔の人が「あれは何?」ってなって「あの中に温泉のお湯が通ってるから両方の地面から温泉が出るのでは?」ってなって温泉の樋の伝説の元になったとか?」


「何それかわいい」

「あくまでただの想像な。あの辺の地理でそれっぽい名前はなかったはずだし」


「あ、そうだ。想像と言えばさ、大国主おおくにぬしで思いついたことがあったんだけど、大国主おおくにぬしのよその神話の名前なんだっけ? メソポタミアとかの方」


「……よその神話と日本神話の関係は今のところ不明で割とトンデモ与太話の類になるんだが……。以前話に出た一部影響してそうってギリシャ神話ならアドニス。メソポタミア神話なら多分ドゥムジかタムズ」


大国主おおくにぬしって元の名前大穴牟遅おおなむちなんだよな? 似てない? ドゥムジと穴牟遅なむち


「……あの辺の言葉全然分かんないけどシュメール語は後置修飾で冠詞は無いらしい。そうなると大穴牟遅おおなむちおおがどこから来たって話になるけど、逆に伝播経路の手掛かりになりそうではある……古代ギリシャ語とかかな?

 まぁ大国主おおくにぬしに引っ張られただけかもしれないけど」


「トンデモ言う割には結構本気じゃん」


「合ってるかは置いといてルーツは気になる。白瑠璃碗はくるりのわんなんかの痕跡から奈良時代にはか細いながらペルシャ辺りと交流があったのはほぼ確定してるみたいだから、古代に伝言ゲームで伝わったは可能性としてはあり得るし、名前の由来が不明な神様とか遺跡の元ネタとかがそっち方向から判明するかもしれないし」


「いつ頃とか推測できそう?」


「悪いけど全然わからん。あの辺の文化圏はすごい歴史長いけど、ギリシャの影響あるならアレクサンドロス大王侵略後の紀元前4世紀以降かな?

 ただ前も言ったかもだけど大道芸人の集団みたいなのがかなり大昔からシルクロードを行き来してたらしいんだ。当然商人や職人も移動してるだろう。

 芸能集団の歌劇で神話の一部が伝わって来て、一部の職人が「日本なら知識無双できそう」って居着いたって感じかもね。

 酒船石さかふないしがあの辺の古代の油絞りの設備に似てるってのはちょっと聞いたことがある。

 ただあの辺との文化的なつながり調べても大抵あなただけが知っている世界の真実系スピリチュアル詐欺っぽい話ばっかりになっちゃうんだよな。専門家ならちゃんとした検証できるんだろうけど」


「調べるのめんどくさそう」


「あとはやっぱ岩とかの遺跡だよな。加工された岩は大抵長期間残ってるから検証もしやすいだろうし。

 日本の古代の岩の加工物で正体不明なものといえば―……あめ浮石うきいしとかと似たのがあればもっと時代と場所絞り込めそうな気もするけど」


あめ浮石うきいしって何?」


「兵庫県の神社にある大国主おおくにぬし少名毘古那すくなびこなが作ったっていう石の構造物の通称。作りかけの神殿だといわれてる。

 伝わってる話によると、天津神に頼まれて大国主おおくにぬし少名毘古那すくなびこなが岩で神殿作ろうとしたけど、その夜に反乱がおきて鎮圧に時間をとられた。

 何か一夜のうちに建てるみたいなのにこだわりがあったのか、とにかく夜が明けちゃって石屋を起こせなくなっちゃったのでそのままになってるって伝説。だから出っ張りがついてる方が屋根なんじゃないかっていわれてる。

 ちなみに作りかけだけど二神の加護はちゃんとありますって伝説にも書かれている」


「……それ時系列いつ? 天津神に頼まれてるけど少名毘古那すくなびこなが居る時だよね? 天津神って神産巣日かみむすびのかみとか?」


「だから古事記成立よりかなり昔の話なんじゃないかなーと思ったりする。神社ができたのは崇神すじん天皇の時代とされている。古事記でも疫病を鎮めるのに大物主おおものぬし祀ったりしてる時代だし。

 まぁ昔話なんて矛盾多いからあんまり気にしても仕方ない気もするけど」



「ところでドゥムジと冥界のザクロの話が来てるならまず間違いなく豊穣神と冥界と季節の関係の話は伝わって来てるよな? でも日本神話には無いのは何で?」


「知らん。それこそほとんど文化的な接触が無かった証拠なんじゃないかな。物語として伝わったなら季節の移ろいと関連付けられてない可能性高いし。

 あるいは時間差か同時かでドゥムジとゲシュティナンナ、ペルセポネとデメテルの話が伝わってきて、どっちが本当? って混乱した末に対消滅したとか?」


「対消滅……」


「あと植木鉢をわざと放って枯らすアドニスの庭の風習から、ドゥムジの死が関わるのが恐らく夏。不毛の季節に当たるのは夏らしいと言われてる。

 乾燥地帯ならさもありなんって感じだけど日本はなぁ……」


「日本の夏は植物絶好調の季節って感じだもんな……植木鉢放って枯らそうとしても雨に降られてうっかりにょきにょき育っちゃいそうな気もする……うちの何も植えてない植木鉢につゆ草生えてきたもん」


「それで混乱が起きて消えたとかさ」

「あー……なるほど。でも結構重要そうなのに消えてるとなると、本当にまた聞きで入ってきた話が取り入れただけって感じだな」



「…………あるいはアドニスの庭が水無月の名前の由来だったりして…………なんてね」


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