107.対策会議中
「大国主と少名毘古那の荒魂同時に相手しないといけないって事が確定したわけだけど……」
このゲームにおける荒魂とは、災害や戦争に関わる神様の力である。
その力の一端を戦闘によって解消するという設定である。
一通りボス戦のレコードを確認したところで、シアタールームで作戦会議中である。
「八千矛二種類ある。広範囲に降らす追尾攻撃とやや範囲の狭い高威力追尾攻撃。
ボスの動きを見れば対処はできるけど、遠くにいる人も一瞬矢を警戒しないといけないのがしんどいな」
矢を上空に射る動作と剣を地面に突き刺す動作である。予備動作自体は分かりやすいが、遠くに居るプレイヤーもスキルが出たらとりあえず上空を警戒しないといけないので非常に厄介である。
「上からか下からか判断しないといけないからな、罠設置から攻撃発動まで間が無いし」
「墜落中には避けられないな。まず社まで上っちゃダメなんじゃないか?」
「下からスキルで撃つ?」
「当てられるとも思えない」
一撃必殺スキル持ちの紫苑のコメントである。
「最初に社の土台壊しちゃうとか?」
「天狗止めたのは……ド初発で社が壊れるのを避けたんじゃないかな?
事代主のスキル使えるっぽいから防ごうと思えば大抵の攻撃は防げると思う」
「やっぱりこの防壁は青柴垣だよな」
そのシーンの映像を流しながら確認する。
最初に瞬が切り込んだのを止められた場面である。まだ鑑定されていないのでスキル表示が出る前であった。
「事代主と建御名方のスキルは使って来るとして……」
一方、もう一つは凪枯のスキルが止められたシーンである。
「凪枯のスキル止めるのに召喚されたのは二度とも八束水臣津野命でいいのかね?」
「最初のはスキル名出てないけど、そうだと思う。確認する限り似たような入道型の靄が出てるし」
ぼんやりとした靄が現れてスキル名の代わりにいずれかの神様の名前が表示されるものである。プレイヤーが勾玉使用で分御霊のスキルを使うのと表示が似ているのと相まって、現状プレイヤーの間では召喚呼びで定着である。
例によってケイが端っこでジオをつついていた。
「なぁなぁジオ、何か聞いたことある気がするんだけど長い名前のみことって神話に居た?」
「八束水臣津野命か?
出雲国風土記の国引き神話っていうのに出てくるんで有名なんだ。あちこちから陸地を引っ張って来て島根半島を作ったっていう神話」
「ああ、だから隕石叩き落せたのか。神様割と気軽に山とか島とか動かすよな」
「国引き神話は色んな地域に言及してるんだ。うちはあちこちから人が来てますとか、交流がありますとか、そういう地域があるのを知ってますみたいな、コネクションのアピールだったのかもね」
「ああなるほど」
「八束水臣津野命は、確かに古事記と日本書紀には出て来ない。だけど古事記の須佐之男から大国主までの系譜の中に淤美豆奴神っていう神様が居る。
意美豆努命って異名もあるのでこの神様だとされている。大国主のおじいさんあたりだったかな?」
「ふーん」
「八岐大蛇戦で荒魂推測したときにでかい神様って事で名前が挙がった気がする。長い名前だったからぼんやり覚えてたんじゃないか?」
作戦会議の内容は少名毘古那対策に移っている。
「少名毘古那戦では状態異常の煙玉や爆弾を大量にばら撒かれる。八十禍も呼びだすから、前衛が厚くないと後衛が危ない」
鉄人としてはもう少し前衛が欲しかった所であった。
ソライロが相対した感想を述べる。
「術だけじゃ多分仕留められないかもしれません。アンさんの追尾スキルでも全部止められてました」
「国造上手く使って防いでたよ」
翡翠の見立てである。
「このボス戦に来てくれそうな術師の人、あと楓さんぐらいだもんな……秀吾はどっち行くにしても防御担当してもらわないといけないし」
「前衛を少名毘古那に投入した方がよかったんじゃないか?」
鉄人が首を振った。
「すげーちょこまかしてるから騎士の攻撃はマジで当たらないぞ。
レコード見てもらいたいんだけど、攻撃を木槌で防いだうえで飛んでっちゃうからダメージ入ってないっぽいんだ。ビーチボール叩いてるみたいな感じ。
俺とソライロの連携スキルも反撃されることが確定だし、役に立てそうにない。
鷹さんなら当てられる?」
「ちょっと難しいですね……」
「凪枯が押さえるって事は無理か?」
「これ捕まるかなぁ……」
そんな折、ケイは端っこでジオを突いていた。
「なぁなぁ、この少名毘古那のスキルの手俣久岐斯子って何?」
連携スキルに反撃してきた爆弾ばらまき花火である。
「古事記では少名毘古那は神産巣日神の子供で、神産巣日神の手の俣、指の間をすり抜けて地上に落ちたと言われてるんだ。
日本書紀では高御産巣日神の子で、落ちた理由が一番やんちゃだったからって説明されてる。その辺が由来じゃないかな?」
「スーパー暴れん坊だよ。酷い目に遭ったぞ」
一方で議題は大まかな方針決めに移っている。
「まずこれ各個撃破するべき? 同時に相手するべき?」
「相性とかあるだろうけど、俺たちの中には強力なスキル持ちは二人も居ないしな。二手に分かれて両方倒せそう?」
「今回で少名毘古那が社まで移動してくることは分かったけど、少名毘古那に集中したら大国主は出てくるのかは気になる」
「大国主は遠距離攻撃があるから、社からは動かないんじゃないか?」
「少名毘古那、社で奇襲してきた時どこに居たの?」
「鳥型の禍津日神に乗って上空に来てた」
「マジか、気付かんわ」
数人が思わずレコードを確認した。
「思金神と同じか? 八十禍操るスキルある?」
「けしかけるとか乗って望みの方に行く程度の大雑把な指示はできるっぽいけど……特に大規模に連携して襲ってくるってことはないみたい。数体に簡単な指示ができる騎獣って感じかな?」
「この爆撃も結構重かったんですよね」
足場の都合で防御スキルを破られた秀吾が呟く。
「薬師の爆弾って何やかんや強いからな」
遠距離からスキルを撃ちこめる大国主と神出鬼没で状態異常と爆弾をばら撒く少名毘古那である。
「少名毘古那を足止めして本命大国主を先に撃破、かな?」
「両方とも回復スキル使える事を考えると怖いな。片方に逃げ回られたら撃破してもサクッと復活されそう」
「復活対策も考えないといけないのか……」
「大物主対策は秀吾に頼るしかないから秀吾は大国主に行ってもらうべきだろ」
「手俣久岐斯子もなかなか回避難しいんだけど……秀吾さん二人も居ないからねぇ」
「大物主はむしろ全力で階段降りれば何とかならない? 飛び降りるとか」
「スキルの予備動作から発動までがこんぐらいで範囲がボスを中心としてこんぐらい、この時間ケイ達が自由落下した距離がこんぐらいだから……ちょっと難しいな」
「瞬がスキル全開で逃げれば避けられるぐらい」
社の階段や柱の形からおおよそのスキルの範囲とプレイヤーの移動可能距離を概算してみている。
狭い足場での逃げ場のない巨大雷撃である。ケイと小春が回避できたのは偶然であった。スキルの兆候が出る前に動かないといけない。
赤裸裸が皆に声をかける。
「それはそれとして、大物主の攻撃エフェクト、ちょっと光過敏性発作起こりかねないので運営に連絡入れていいですかね?」
「やっぱり?」
「あ、お願いします」
チカチカした光で脳波異常が誘発される現象である。刺激の感受性は個人差があり、これの発見はベータテスターのかなり重要な役目である。
「エフェクトの密度とかいじっただけで、VR視点でチェックしてないのかも」
「これこそ自動化して警告出すようにすべきだよな」
「動画制作ソフトには標準でついてるんだけどねぇ、強点滅刺激の警告機能」
VRだと様々な視点があるため完全チェックが難しいというのもある。
「えーと、話をボス戦に戻すと……どこだっけ?」
「この深淵之水夜礼花神って分かんないんだけど……」
「俺だけじゃなかった」
ケイが呟いた。
「誰か分かる人居る?」
呼びかけに対してケイがジオを見た。
「……俺も須佐之男から大国主までの系譜の中に出てくる神様って事しか分かんない」
「この神様も大国主のとこの神様なんだ?」
「名前だけしか出て来ない神様のはずだから、このゲームの運営の脳内当てで能力を推測するしかないな」
分かんないから月読に時間系、天津甕星に重力系を当ててくる運営である。
「淤迦美神の孫、大国主の先祖にあたる神様のはずです」
口を開いたのは鷹である。
「龗神は雨雪を司る竜神という説があるので、氷系と考えれば、あのスケートリンクみたいになった能力と考えていいのでは?」
「そうなの?」
ケイがジオに聞く。
「……一説によると火之迦具土が死んだときに生まれた神様の一柱が闇淤迦美神とか高龗神っていって水に関係する神様とされる」
「え? 火之迦具土に関係あんの?」
「それが分かんないんだ。名前だけしか出て来ないから。
淤迦美神の娘が日向の日に河と書いて日河比売って言うんだけど、これが本来は氷の河という意味の氷河じゃないかと言われてたりする。
そのせいなのかは不明だけど、古事記の大国主の系譜は水や氷雪を連想する名前の神様が多い。淤美豆奴神だって水の意味があるとされてる。大国主の親、天之冬衣は冬服の神様って解釈が一般的だけど」
「そうなの? 天之冬衣雪っぽい。綿帽子って言うし。もしかして大国主って水、氷属性一家?」
「その理屈で行くと大国主の先祖に当たる須佐之男の子の八島士奴美神は地属性かな?
布波能母遅久奴須奴神が不明だけど、ぬなのもち、沼持国砂神って説を言ってる奴は居たな。須佐之男周り調べてた月読推しの事だけど。
この世代辺りから沼のほとりに住んでて、土器の材料の泥に偶然湖沼鉄が混じって野だたら製鉄の原型になった説」
「コショウ鉄?」
「鉄バクテリアが作る鉄分を多く含んだ泥。古代から赤色の塗料に使われてたらしいんだけど、比較的低温でも製鉄できるとされてる」
「この氷ってスケートできる奴なら動けたりしねぇの?」
貫名が前衛組に聞いている。
「俺スケートで移動するぐらいならできるけど立てなかった。何か足を取られる」
瞬が自己申告する。どうやらただの氷ではなく、プレイヤーの行動を阻害する効果がある。
「スケートできても好転はしないか……凍ってんだからな……」
「滑ってますな貫名さん」
「ケイー、ジオー、最初に入ったのお前らだっけ?
レコードある?」
瞬が声を掛けてきた。
作戦会議はまだ少し続く。




