105.なかなかひどい戦い
「HP0で緑火鳥居くぐっても生還扱いになるんだ……初めて知った……」
「それで全滅しても一分経過するまで退場しないんだな。状況によっては最後まで何が起こるか分かんないから、一律機械的に処理するか」
シアタールームでケイのダンジョン内の記録、レコードを改めて確認してみた所である。
殿を担当したケイにより、思わぬ発見があった。HP0になっても緑火鳥居をくぐっていれば経験値ペナルティを受けない。何かに使えるかは不明であるが。
「シキはHP無くなってもMP残ってれば走れるからか……」
シキはボスのスキルでケイが力尽きた後も走って鳥居を抜けたのである。現在シアタールームで存分にケイに撫でられている。
「前に秀吾さんがレイさんの式神に乗せられて生還してなかったっけ?」
「宇迦之御霊神に初遭遇した時ですかね? あれはMPが0になっただけです」
秀吾本人からの訂正である。
「大国主と戦ってた皆の方も気になるんだけど」
「色んな意味でひどかったぞ」
ケイ達が階段から飛び降りた直後、防御スキルの向こうのボスに動きがあった。
背中の真っ黒い槌を手に取って、軽い動作で振り下ろしたのである。例の地鳴りのような音はこの槌が発する音だった様だ。遠くまで届くのに近くに居ても遠雷を聞いているように静かな不思議な音であった。
辺り一面を白い靄の様なものが広がって覆う。
この瞬間に秀吾は防御スキルを展開した。
【事代主神 青柴垣】
【 大物主神 】
防御スキルの展開とほぼ同時、上と言わず下と言わず、視界全てが電撃に飲み込まれた。
視界の揺れに弱い人はそれだけで辛い様だ。
その間、防御スキルを維持している秀吾のMPが見る間に削れて行く。かなりの大技である。
一方でボスのMPの消費具合から、すぐに電撃の嵐が止むと見て、瞬が軽く膝を落す。
「今回は偵察ですからね?」
「出来ればボスの奥の手見たいだろ」
瞬は鷹の一言を軽く受け流した。
電撃が晴れると同時に瞬が飛び出す。
ボスは自分から大きく前進して剣で瞬の剣筋を跳ね上げた。
瞬がタイミングをずらされて僅かに狼狽した所に、回転するように横から振るわれた槌が命中する。
「っ!」
瞬が吹き飛ばされて床を転がる。広さが無ければそのまま落下していただろう。
ジオと紫苑、少し遅れて赤裸裸が瞬が弾き飛ばされたタイミングで切り込んだ。
ボスは軽く受け流すと四人から距離をとろうと大きく後ろに跳ぶ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【経津主神 布都神】
鷹のスキルの熱線がボスに向かう。
ボスは既の所で避けて躱していた。
四人が追って間を詰める前に、ボスは軽い動作で黒い槌を振り下ろした。虚空から響く低音が鳴る。
【 深淵之水夜礼花神 】
ボスの足元から白い霧が波紋の様に広がる。
「……水?」
途端に並走していたジオ、紫苑、そして赤裸裸が豪登と一緒に思いっきりこけた。巻き込みもあって三人がもつれる。
「に!? 何?! これ!」
手をついてもそれが滑って起き上がれない。
「水……油? いや氷か!?」
スケートリンクも斯くの如く。社が平らな氷に覆われた。
鷹のスキルと拮抗してる所だけ湯気が上がったが、鷹のスキルが止むと秀吾の防壁の内側以外の全面が氷で覆われた。
それを見た瞬が拍手を打った。
「溶かしてみる!
『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【建御雷神 建御雷】
瞬が反動で滑り転びながら剣を振るうと、電撃が床を走る。ボスが一旦距離をとった。
「……だめか!」
湯気は上るが氷が再び張っている。
ボスが向かってくる間、ジオが刀印を結んだ。
「一か八か!」
三人の中からジオが抜けた。弾みで他の二人も弾かれて滑走し、ボスの攻撃を躱す形になった。
「忍者はジョブスキルの水蜘蛛で立てる!」
受け身をとって立ち上がったジオが叫ぶ。
「このスキル俺達にも厄介だぞ」
同じく水蜘蛛で立ち上がった紫苑がジオに呟く。
「ああ、隠形が使えない」
ボス戦で身を隠して近づけないのは忍者の戦闘力的に厳しい。
ボスが矢でジオと紫苑を牽制しながら、手近な赤裸裸に向かっていく。
「人間ゲートボールはご遠慮願いたいんですが」
立ち上がれない赤裸裸は辛うじて膝立ちで構えた。
「赤裸裸さん!」
ボスの攻撃が空振った。
というか赤裸裸が膝立ちの姿勢のまま独楽の如くに滑っていく。
絵面がアレだが、レイが式神で突き飛ばして庇ったのである。
そのレイはシューティングスターに乗っている。
「式神は氷上動けるのか」
「つーか赤裸裸さん落ちるんだけど!!」
騎士が転落すると階段を上って来なければならないが、階段も凍結済みである。実質戦線離脱。
「待ってー」
レイが護符型式神を操って赤裸裸の落下を防ぐ、が、もはやピンボールかビリヤードかアイスホッケーである。ボールは赤裸裸である。
後方でやきもきしている鷹や影助が呟いた。
「術師とかの方が相性良かったかもしれませんね」
「氷除去する方法ないか?」
凪枯が思い付いたように言った。
「……僕らも二つのスキルを同時に使えませんよね?
槌で呼べる神様が一柱だけとすると、開始時の僕のスキルを今使ったら、スキルを妨害するために別の神様を呼んだりして今のスキルが解除されたりしませんかね?」