102.状態異常NEW
「少名毘古那かこれ!」
縁のレコードに蔵面の敵が出てきたところで、見ていたメンバーから声が上がった。
現在シアタールームに集まってボス対策会議中。
ボスエリアに古代の出雲大社が出て来て、皆が「今度のボス大国主なんだろーな……」と思った所でこれである。
「状態異常……」
「もしかしてこれ打出の小槌か?」
それを聞いてケイがジオを突く。
「うちでのこづちって一寸法師が人サイズになったやつ? 少名毘古那と関係あるの?」
「打出の小槌は大黒天、大国主の持ち物とされる事があるな。諸説あるけど由来は不明だったはず。
当然、少名毘古那と関係は無い。このゲームでは体の小さい少名毘古那と一寸法師を掛けてるのかもな」
「一寸ってどれくらいだっけ?」
「約3センチ」
「この少名毘古那は十寸ぐらいあるけど」
「……3センチだと流石に見つけるの大変だからかな……?」
「……ん? 一寸の虫って、意外とでかくね? セミぐらい?」
「『一寸の虫にも五分の魂』の話なら、確か鎌倉時代あたりの家訓で「目障りだからって気軽にぞんざいに扱ったり殺したりしてはいけません」みたいな注意だって説があった気がする」
北条重時の家訓、極楽寺殿御消息が由来という説がある。
一方、映像は縁の沈黙状態を過ぎて、ボスが崖の上から状態異常の煙玉を飛ばしてきた場面に移っている。
「状態異常千本ノックは嫌だな」
「あ、これ俺の画面の方が分かりやすいかも」
ケイが手を上げた。
混乱の状態異常を食らったのがケイだけなのだが、他の皆と画面に映る内容が違うのである。
厳密には比較画像の様に画面を一部切り替えたり分割したりできるようになっている。
「すごく見やすい」
「このゲームいつの間にこんな機能付けたやら……」
混乱の状態異常の症状を確認する。
「あー……こりゃ戦闘不能だ」
「……俺もこんなに異常が起こってるとは思わなかった……」
ケイ自身が画面を見比べて、食らってしまったらどうにもならなそうなことを確認する。
視界の内容が全く周囲と一致していない。木が岩に見えるとかいうレベルではない。敵の位置が分からない、味方の位置が分からない、地形が見えないから歩いているだけで木にぶつかるのも崖から落ちるのもありうる。
「視界と聞こえる音と気配の位置が全然違うからすっげー気持ち悪い」
気配に敏感なケイでこれである。
「大国主もこのエリア内に居るのか? 同時出現?」
「姿は見えなかったけど居ると思う。攻撃してきたし。カメラの角度変えて社に寄せたら見つかるんじゃないかな?」
社の辺りから光弾が上がったシーンである。
「……だめだな。建物の中で見えねーや」
「そんなんあるんだ……」
レコードの思わぬ盲点である。
「須佐之男の時みたいに建物内は別エリア扱いとかか?」
「いや、四階層のレコードでも外から洞窟の中は見れなかったりする」
「中で戦うにはさすがに小さくないか?」
「まぁVRだから建物の広さはどうとでもなると思うけど、社の前の空間が広いのが気になるな。ここが主戦場になるのかも」
「もしコンビで出てくるボスならこのゲーム初」
「一応練習用ダンジョンのタヌキとキツネが居るから……」
「……荒魂では……初」
このゲームの荒魂とは、戦争や災害を司る神様の力の一面である。
その力を安全に解消するために禍津日神という姿をとって戦闘するという設定である。
一方で少名毘古那が同時に出てくるとなると別の懸念である。
「縁さんと翡翠さんのスキル構成を見るに、ボス両方とも回復スキル使えるよな?」
「同時に倒さないと終わらないやつだ……」
「分断してれば回復届かないと思うが……分かんないからな……」
「両方倒さないと終わらないとすると、100秒経ったら復活するだろうし……」
現状分からないことが多すぎる。
「この音、何なんだろ?」
広く響く遠雷の様な地鳴りの様な音である。
「ボスのスキル絡みかと思うんだけど……一回だけだしな」
「……適当なメンバーで一当てしたいな。せめて本腰で攻略に入る前に鑑定はしないと」
「条件があるのかもしれないけど、かなり攻撃範囲が広い。無暗に突っ込んで一方的に撃たれるのは嫌だな」
得体の知れない音などもある。次回はとりあえずスキルの割り出しのために鑑定をするのが目標である。
それからしばらく後、ある程度人数が集まった日にボスにぶつかってみる事になった。
目標は二体のボスの鑑定。
最近は五階層まで行けるメンバーが増えたため、そこから黒火鳥居を探して抜けるという方法でボスエリアに集合するのが比較的簡単になりつつある。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【伊邪那美命 道敷大神】
普段はボスエリアに通じる鳥居を呼び出すスキルである。ボスエリアでこのスキルを使うとボスの位置を示す赤黒い炎の道ができる。
「やっぱ二つ出てますね。一つは社、一つは森に伸びてる」
「よし、大体の位置が分かったら、行こう」
ソライロ、鉄人、アンは少名毘古那と思しき方に向かう。縁と翡翠、後衛はほとんどこちらである。大国主の攻撃力が相応に高いと思われるからだ。
大国主の方は前衛が中心である。そこに味方の位置が分かるケイと鑑定要員の小春がついて行く形である。
こちらのメンバーは赤裸裸、凪枯、瞬、鷹、ジオ、紫苑、影助、レイ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
凪枯が赤裸裸の後ろに乗ってスキルを使う。
【天津甕星 天狗】
標的は頂上の社である。
「どうかな? これが当たるなら俺のスキルでも奇襲できそうなんだけど」
隣を走りながら紫苑が社を眺める。
「これで当たったらめっちゃおもしろいんだけどね」
MP回復薬を小春から受け取った凪枯が答えると、強い風の様な轟音が響き始めた。凪枯のスキルで発生した隕石である。
ここで例の遠雷の様な音が響いた。
「!?」
社の上に白い靄の様な炎の様な影が見える。
「……人?」
形も朧げだが、そう見えなくもない。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【思兼神 八意思兼】
ジオがスキルを使ってボスの攻撃軌道を把握しようとする。
「え?」
隕石が消えた。というより下に叩き落された。
一拍遅れて衝撃波と爆発の様な轟音が轟く。
「うわっ!」
「ジオ! 追撃来るか?!」
「いや、迎撃だけして一瞬で消えた! スキル詳細は不明!」
ジオが報告する。
余波で一団にダメージが入った。ただし遠かったせいもあるが、前衛のHPと防御力である。ほとんど問題ない。
「回復するから欲しい人集まれ!」
小春が範囲回復を呼びかける。これで歩調を合わすためにHP少ない組が少し後ろになった。
ケイが社を見上げる。
「あの音一体何なんだ?」
「やはり鑑定が無いとダメだな!」
小春はノリノリだが周囲の数人が微妙な顔で高層を見ている。
「ていうかさ……」
「うん……」
「社、倒壊したりしない……?」
丈の高い建物である。隕石落下の余波でゆーらゆーらと揺れていた。