101.帰還
「ねぇ、マジでこれどーなってんの?!」
ボスエリア。ケイはシキに咥えられて全速力で運ばれていた。
状態異常の回復薬に余裕が無いため、緑火鳥居まで逃げの一手である。
『混乱』という知らない状態異常攻撃を食らい、現在ケイの視覚が非常に怪しい事になっている。
「推測だけど、混乱の状態異常は視界に別の景色が映ってる」
ジオが横を走りながら説明する。
「ああ、道理て周囲の気配と見えるのがバラバラなわけだ……」
今、ケイの視点では岩を突き抜けた所である。実際は森の中の比較的平坦な道を走っている。
「ケイの話を聞くに、ついでに八十禍の姿が自分の周囲に投影されるっぽい」
「確かに」
そして後ろに飛んでいく景色とは別に八十禍の影は絶えずケイの周囲をうろついている。
強いて言うなら走りながら透明ビニール傘に貼り付いた木の葉っぱを眺めている様な感じだろうか。
「なあなあ、今気づいたんだけどさ、音が聞こえる方向もずれてるっぽい。ジオの声こっちから聞こえるし、シキの足音は後ろのはずだよな? 右斜め前から聞こえる」
「それは俺が居る場所と45度ぐらいずれてる」
「すごい厄介な状態異常だね。連携とれないよ」
後ろに居るはずのサラの声が、やはり真横の空間から聞こえる。
「すいません、僕の状態異常でサラさんの持ってきたの使わせちゃったから……」
「いや、私も強化アイテムとか要らない奴持ってきちゃったので……もう一個ぐらい状態回復薬持ってればよかったんですけど……」
ボスの目前で状態異常回復薬を作っている余裕はなかった。
新規ボスを偵察して生還する。その方法に関しては確たる攻略法ができていないのが現状である。
ベータテスト段階で必勝法が確立してしまうと、それはそれで困るが。
「少名毘古那追ってきて無さそう?」
「ああ、多分引き離したと思う」
ジオがサラに回復薬を作ってもらうか提案しようとしたその時、遠雷の様な地鳴りのような音が響いた。
辺りに響くような大きな音だが、うるさいというほどでもなく、何が起こるわけでもない。
長く尾を引く、何か巨大な生き物の吼え声の様な、何とも言えない音である。
「今の音何? 何か見えた?」
「ううん。私達も音が聞こえただけ」
ケイは自分の視界が信用できない。一方のサラ達も音が聞こえただけで何かが見えたわけではない。走りながら辺りを警戒するが、何も見えない。
ジオがスキルを使う。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【思兼神 八意思兼】
敵のスキルであれば攻撃軌道を探ろうとするが、何も表示されない。
「……攻撃じゃないのか?」
と、呟いたところで事情が変わった。上空からの攻撃軌道が現れたのである。
裏付けるように社の方から上空に短く閃光が上る。
「複数攻撃! 走ってるのに標的にされてるから追尾型! 上空から来る!」
「ええ?!」
ケイ、サラ、縁は後衛である。ジオも前衛の中では打たれ強い方ではない。
上を見たジオが結論付けた。
「上空に複数設置された罠からの追尾攻撃! 躱してみます! 生き残るのを優先してください!」
ジオは躱す場所を確保するために三人から距離を置く。
「上! 上だよな!? 上下は混乱してないよな!?」
ケイは護符型式神を上に掲げる。
「一か八か! 使い所!!」
サラは持ってきた防御力上昇の薬を使った。範囲使用である。
閃光が降って来た。
ジオが木々を使ったいわゆる三角跳びで閃光とすれ違うように躱していく。
ケイ達は避けきれず直撃し、HPは削れたものの防御力一時強化のお陰で思ったよりもダメージは少ない。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【大国主命 蒲の穂】
縁がすぐさま回復スキルを使った。
ジオが無傷で戻って来る。ここでジオが躱しきれず行動制限が発生したら厄介な事になっていたが、問題ない。
「シキ……も生きてるな。よし行こう」
先ほどと変わらない速さで緑火鳥居を目指す。
「緑火鳥居見えた!」
「そうなの? 全然見えないから皆頼んだ」
そしてすんなり四人は鳥居を潜った。
町の緑火鳥居から四人が出てくると、ケイが一番に声を上げた。
「……戻ったっぽい!」
「音声も?」
「うん。バグじゃないな、状態異常だ。仕様だな」
「お、来た来た。どうだった?」
ケイ達がダンジョンに偵察に行っていると聞いて、広場で待っていた鉄人がやってきた。
ジオが手短に伝える。
「あんま深入りできなかった。詳しくはレコードでだけど。状態異常対策必須」
「え? また毒系八十禍?」
「見た方が早い。対策に関わるし」
というわけでシアタールームに集合である。