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でも、私

作者: 河野流

「ねえ、なんで泣くの」

違う。違うの。言葉にならない。

「ほんとにどうしたの?」

何で私っていつもこうなんだろう。


 何故だかわからない。いつからか、自分の意見を言おうとすると、自分のことを話そうとすると、一緒に涙も溢れてしまう。それが悲しい涙なのか、悔しい涙なのか怒っている涙なのかもわからない。周りにはただただ、不思議がられる。あんまり泣かれると、どう反応していいかわからない、と言われたこともあった。


 別に何があるという訳でもないのに、涙が出てしまう。治るという言い方もおかしいが、一向に治る気配がないのでネットで調べてみたことがある。けれど、ヒットするどのワードも自分とは違う気がしてしまう。“悲しくなる”のとはまた違う。自分が“涙もろい”とも思わない。何か“うつ”とか、“心の病気”なのではないか、と病院に行くことも考えてみた。でもそんなに大層なことなのか、大袈裟に考えすぎているのではないか、と考えると、やっぱり自分には当てはまらないという結論に至ってしまう。

 

 そんなことを常に考えていたある時、久しぶりに中学の頃の友達、由希と会うことになった。由希は中学で初めてできた友達で、学校ではもちろん、放課後もお互いの家に行ったりお泊まり会をしたりして、いつでも一緒だった。周りからは双子みたいだよね、なんて言われるほど趣味も性格も似るようになった。当たり前だが、本当の双子ではないので、外見は少しも似ていない。目がすごく大きいという訳ではないが、くっきりとした二重で、鼻は少し丸っこくて、ロングヘアが似合う可愛い顔立ちをした由希。性格は穏やかだが、話すことや楽しいことが大好きで友達がすぐにできていた。双子のような親友と思うと同時に、私は由希に憧れを抱いていた。学力は同じくらいだったから、もしかしたら同じ高校に行けちゃうかもね、と話していたのだが、結局はそれぞれ部活や将来の夢を考えて、別々の学校に入学した。それから連絡は取り合っていたものの、部活と勉強、新しくできた友達、新しい環境の中で一生懸命にならなければいけなかったため、少しずつ疎遠になっていった。お互いそれぞれの道を歩くことになって、前の関係とは少しずつ変わっていき、連絡もしばらく取らなくなっていた。


 そんな由希とまた会うことになったのは、由希が私のインスタを見つけて、DMを送ってくれたことがきっかけだった。由希はもともとインスタを使っていなかった。最近始めたのだと言う。私は、中学時代から同じ公開アカウントを使い続けているので、すぐに見つかったのだそうだ。DMで数回やり取りをしただけで、あの頃の懐かしさが蘇ってきた。気がついたら、また会おう、と日程を合わせていた。そうして会うことになり、お昼頃から適当なカフェでお喋りして、あとは近くの大きなショッピングモールで買い物をすることにした。ウィンドウショッピングでもいいし、と気軽に行くことになった。


 当日、カフェにはすでに由希の姿があった。

「久しぶり!」

何故だか、この瞬間感動した。

「ほんと、久しぶりだね。」

多分、由希が連絡をくれなかったら、私たちはまたこうして会うこともなかったんだろうな。

「ねえ、何年ぶりだろ。」

「中学卒業してから会ってないから、……十年ぶり……?」

もう、私たちは今年で二十五だった。

「え?!そんなに会ってなかったかー!私はさ、美奈子とは高校も大学も一緒だと思ってたよ。」

私もそう思っていた。本心からそう思った。あの時は将来なんか漠然としか考えられず、由希と大学の話なんかはほとんどしていなかったが、きっとこれからも一緒だろう、と当たり前のように思っていた。

「私たち小学校が違うからさ、中学で初めて出会ったってことでしょ。三年しか一緒にいなかったんだね。なんか不思議じゃない?」

「濃すぎる三年間だったよね。」


 一通り、思い出話に花を咲かせたあと、じゃあ次は美奈子の近況が知りたい!と私が話すことになった。一瞬、躊躇った。何かが、話さない方がいい、と言う。でも、ここで話さないで黙っているのは不自然だ、とも思う。自分の近況を話すだけのことなのに、話し始めたら、またあの謎の涙が出てくるんじゃないか。そう思うと、当たり障りのない、そしてとてもつまらないことしか出てこない。

「ここ最近は、なんの変化もなく過ごしてるよ。仕事はまあまあ大変だけどさ。」

「ふーん、そっか。もう水泳はさすがにしてない?」

「してないしてない。そんなに続けたいほど好きって訳でもなかったし。」

私は中学時代は部活に入らず、地元のスイミングクラブに熱をあげていた。

「まあ、そうだよね。もったいない気もするけど、そんなもんかー。でもさ、美奈子が水泳始めたのってさ」


「翔くんの影響でしょ?」


 翔。私が好きだった中学のクラスメイトだ。一年生のときに、何回目かの席替えで隣になった。隣になってから、特に意識したことはなかったが、私が教科書を忘れてしまい、翔に見せてもらっていたとき、ふと目が合った。照れくさくてすぐに目を逸らしたが、こんなに綺麗な顔の人がこのクラスにいるんだ、と大感動した覚えがある。それからは何となく、翔が気になる人になっていた。席が隣になってからは、ちょくちょく話すようになった。ただ、その次の席替えでは割と遠くに離れてしまい、徐々に話すことも無くなっていった。それでも気になる人であるのは変わらなかった。

 その年の冬、小さい頃スイミングスクールに通っていた私は、母親に新しく学校の近くに出来たスイミングクラブの話を持ち出された。私の学校は部活動の数がとても少なく、陸上部、吹奏楽部、バスケ部、美術部の四つのみだった。特に入りたいものがなかったので、入らないままずるずると一年の冬まで過ごしていた。それで、学校の近くにそんなクラブができたのなら、と見学だけのつもりで行くことにした。そのスイミングクラブは、一階にプールがあり、二階から保護者や見学者が見下ろすことができるようになっている。上級者が一番奥のレーンを使い、手前に来るに連れて最近始めた人が練習をしているようだった。水泳の経験があるということで、何となく上級者レーンに目を向けていた。そこで、一際美しい泳ぎを見せていたのが、翔だった。いくら遠くても、水泳用の帽子を被っていても、それが誰かはすぐにわかった。それが決め手、とまではいかないが翔がいるなら、通ってみるのもありだな、と少し不純な動機でクラブへの参加を決めた。


 ここまで思い出した時、暗い影が私の頭を覆った。そうだ、この時もそうだった。気づいた時には、久しぶりに会った由希に全てを話していた。


 私がクラブに通い始めると、そのことに、翔はすぐ気がついた。

「ここ、通い始めたんだね。」

そこからは自然と、行き帰りを共にすることになった。翔と話すのは楽しかった。翔の家族、最近読んだ本、担任の先生の面白い失敗。話上手で知識も豊富な翔の話に、私はただただ頷いて楽しんでいるだけだった。それで満足で、夢のような時間だった。でも、その関係が長く続くと、やはり相手は私のことも聞きたいと言うようになる。まず何から話そうかと考えて、パッと思いついた家族のことを口に出す。お父さんとお母さんは、実は高校の同級生で……と、ふと横を見ると大きく目を見開いた翔がゆらゆら歪んで見える。どうしたの?と聞こうとしても声にならない。

「ねえ、なんで泣くの」

え?泣いてるの?私が?違う。違うの。言葉にならない。

「ほんとにどうしたの?」

何で私っていつもこうなんだろう。自分のことを話すだけ。ただそれだけ。何にも辛いことなんかない。じゃあ何で泣くんだろうね。私が知りたいよ。


 結局そのまま無言でスイミングクラブに向かい、帰りは1人で帰った。それからも顔を合わせるのが気まずくて、1人で行って帰ってくるようになった。学校でも席が近いわけではなかったから、顔を合わせることも少なく、次第に話さなくなった。こんなの翔は何も悪くない。だから責めようだなんて一切思っていない。だけどただただ自分が恥ずかしくて、見て欲しくなかった。気に留めないで欲しかった。なんて自分勝手なんだろう。


 こんな話を急にされて、引くかな、と思った。だが、意外にも由希は少し微笑みながら私の話を聞いていた。いくらか感動しているようにも見えた。そして、

「私もそうなっちゃうことあるよ。」

と言う。え?今…

「なんかさ、ちょっと自分の意見言おうとしたくらいなのに、謎に涙出てくるんだよね。なんなんだろうね。」

すごく、すごく私もそうだ。

「二人きりで話してたりしてそんなことになると、なんか申し訳ないっていうか、恥ずかしくて消えたくなるんだよね。」

あの時、私も消えたかった。今でも消えたいと思ってしまう時がある。

「美奈子もそうなんだって知らなかった。なんていうか、ほんとに双子みたいだね!」

由希は明るくそう言った。

「責めなくていいよ、自分のこと。私もなんで意味わからない涙なんか出ちゃうんだろうって責めてたけど、でも私はこういう人だよなって。というかこういう私でも受け入れてくれる人と過ごしてる。美奈子もこのこと知っても避けたりしないでしょ?」

当たり前じゃん。


 ああ、そっか。由希ってこういう人だ。中学生の頃、私は由希に憧れていた。それは、双子のようで、でも全然違う由希が強くてかっこよく見えたからだ。なれないけれどこうなりたい、それが由希の存在だった。でも由希の強さは、辛いことを乗り越えた先なのかもしれない。いや、受け入れたからだ。みんな不安はある。翔だって、もしかしたら何かを抱えていたのかもしれない。私が逃げただけなのかもしれない。何だか心が軽い。由希と話せてよかった。


 由希と別れて家に帰った私は、帰り道で買ったノートを開いた。由希みたいに自分を受け入れるのに少し時間がかかりそうで、スマホで調べてみた。今検索履歴を見たら吐き気がするかもしれないけれど、自分を知る方法、なんて調べたと思う。そして出てきたのが、ノートに気持ちを書いて、たまにそれを見返すことだった。他にも色々あったけれど、やりやすそうなこれにしてみた。由希に会えて嬉しい気持ちを素直に書いた。多分このノートには嬉しいことばかりが連なることはないけれど、それも受け入れた先で強くなれるのかもね。

終わりがとても難しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美奈子と由希、翔の絶妙な関係が素敵でした。 [一言] ノートに気持ちを書く。 私も実践しています。私の場合、負の感情を書くことが多かったので、美奈子のように嬉しい気持ちも書きたいなと思いま…
[一言] わ、わかります……美奈子の気持ちに共感しました。 人生を振り返ってみると、何であの時泣いちゃったんだろうと思うことがあります。しかも私は公衆の面前でやらかしてしまいました……(´・ω・`) …
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