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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

外れトマト 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 時季外れの野菜がとれた、という話はときおり耳にしたことがあるだろう。

 人為的に時期をずらす、促成や抑制栽培の存在は広く知られているが、こいつは多く経済における戦略的な面が大きい。

 電照菊などは、明かりを使って植物たちを勘違いさせているわけだからなあ。仕掛けている側からすると「アホみたいだな、こんなのに引っかかって」とも思う。

 まあ、私たち人間の側でも同じようなことがいえるな。タネの分からない事象に右往左往している様は、高みの見物をしている者にはこっけいだろう。

 同じ人間の仕掛け人だったとしても、そうでなかったとしても。

 ゆえに、人が意図していない時季外れのものには、それなりに警戒した方がいいかもしれない。

 先生の小さいころの話なんだが、聞いてみないか?

 


 先生の実家には、小さな畑があってね。親が土いじりに力を入れていることもあって、年中とれる野菜たちが、しばしば食卓にあがった。

 それを利用して、両親がいたずらを仕掛けることもしばしば。

 よく覚えているのが、秋になって獲れたトマトとして、出された小皿。確かにそこには、見事な赤みがかった身があるものの、いざ口にしてみるとすさまじい苦み。

 カラスウリだよ、とネタ晴らしはされたものの、幼心にショックを受ける先生。以降、赤みがかった野菜には、ちょっと身構えるようになってしまったよ。



 その騙されて間もないころの話になる。

 通っていた学校の裏手には、生徒たちが中心になって育てる菜園があって、そこで種々の植物を育てていた。

 すでに寒さがしみ出す秋のころだというのに、畑の一角にはいまだトマトがしぶとく生き残っている。

 家で何度もカラスウリと見比べてきたから、今度こそ間違いようがない。この手のひらを広げたようなヘタの具合は、確かにトマトのものだ。


 実はトマトは、秋冬こそ美味しいという話は聞いたことあるんじゃないか?

 昔の日本は、今ほどの技術や知識がなかったため、他の多くの作物と同じようにトマトも春に植えることがほとんどだった。

 よって、そいつが育って顔を見せるのが夏に集中したため、夏が旬の野菜だと認知されるきっかけになったとか。

 しかし、まだそこら辺の事情をよく知らない時分。

「こうも寒い時期に、トマトがのさばっているなんて変なの」と、頭の中で気に食わない虫が頭をもたげだす。


 それから先生は、なにげない素振りで例のトマトを観察し始めた。

 先生の住むところは、比較的早くに涼しさが訪れる。年も明けないうちから、霜らしきものが姿を見せることも、ちらほらあった。

 それらに大いに濡れながらも、件のトマトたちはずっと畑の片隅に鎮座し続けていたんだ。ああまでひどい目に遭っても、そのまま育つわけがないと、昔の先生はますますいぶかしく彼らを見ていたんだよね。

 いまに傷むんじゃないかって。けれど、彼らは腐るどころかじわじわとだけど、その大きさを増していたんだ。勝手に触れるのはまずいと思ったから、遠目にものさしを宙に浮かせてその長さをざっと確かめるばかりだったけどね。



 ふと、近くで猫の鳴き声して、顔をあげる先生。

 学校そのものがやや高台にあることもあって、菜園を囲む柵は低くとも、外側はやや高度差がある。人が登るには少々手間だが、それを得意とする猫がときどき登りきって、こう敷地内へ現れることがあった。

 ところが、顔を向けた先に猫の姿はない。声を聞いてから、先生が顔をあげるまでさほど時間はなかったはずだ。たとえ飛び降りたにしても、そのシッポくらいは視界をかすめてもいいはずなのに。

 空耳かなと、先生はひとしきりあたりを見回してから、その場を後にしたんだ。

 このときはそれきりかと思ったのだけど、こうして気配が途切れるときは、その後もちょくちょくあった。

 いや、本当はもっと前からあったのかもしれない。たまたま例のトマトに気を向けていたから、神経が過敏になっていたんだろうね。

 どうやら猫に限らず、他の動物。ひいては近くを通る車などのエンジン音も、とうとつに聞こえなくなってしまうことが多かったのさ。



 ころは12月すぎ。

 いささかも色落ちしないトマトたちは、いよいよ先生の両手にもおさまらない、特大の大きさを持つものが席巻し始めた。

 トマトのつたも、大いに育った彼らを支えるのはつらいと見えて、複数の実を抱えるものはおじぎでもしそうなほど、傾いでしまっている。

 学校の先生たちに、それとなく話をしたことはあるけれど、誰もまともに取り合ってくれなかった、このトマト。果たしてどのような秘密があるのかと、先生がその日も観察していると。


 けたたましいバイクの音が、学校のすぐ下の道路を通ろうとした。そして、すぐ消えた。

 とたん、大いに実ったトマトのひとつが、風もないのに勝手に揺れて、落ちたんだ。

 土が受け止めるや、トマトはあらかじめ切れ目が入っていたかのように、真っ二つに割れる。

 そこから出てきたのは、ごくごく小さなバイクとライダーの姿だったんだ。おもちゃと見紛うそれは、しかし電源らしきものは見当たらず。

 ひとりでに動き出して、学校の隅の草むらへ消えていってしまったんだ。

 それを見送った先生が振り返ったときにはもう、落ちたトマトはどこにもなかったのさ。


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