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レストランにて

『歌声』シリーズ、最後のエピソードです。

短いですが宜しくお付き合い下さい。

 リーン拉致事件から一週間が経った。




 (ゼシオ)に戻ったリーンは矢傷の手当を受け、熱が出たため三日寝込んだ。その間、美貌の青年であるファンテが甲斐甲斐しく世話をした。




 宿で額の布を交換し、汗を拭いてくれる。だけでなく食事まで器用に作ってくれた。リーンは何だか自分がお姫様になったような錯覚を覚えた。こんなに見た目の良い青年に(かしず)かれれば誰だってそうなるよ――必要のない言い訳をする。




「で、『世界新党』はどうなったの?」

 三日後、漸くベッドの上で身体を起こせるようになったリーンはマグカップのお茶を飲みながら訊いた。




 世界新党とは、ダレオスという神を信奉し、歌や芸術を排除した厳しい戒律を人々に課す連中――だった。リーンが彼らに拉致され、ファンテはその本部に三百人の冒険者達と乗り込み彼女を奪還。頭目を捕らえられた世界新党は散り散りになった。





 ベッドサイドに丸椅子を置き、リーンと同様にお茶を飲むファンテが口を開けた。




「新党に雇われていた傭兵の類は去ったようだ。ま、金が貰えないんじゃ義理はないさ。信者達は――」




 ファンテによれば、どこへともなく消えた信者達もいるが街が受け入れた者もいるらしかった。



「そっか。何とかなってよかったよ」リーンはどちらかと言えば信者達の行く末を気にしていたようだった。街が受け入れたと聞いて、少しほっとした顔をする。




「その人達にさ、こんなことおこがましいかもしれないけど、いつか私の歌で、世界はもっと楽しいんだよって教えてあげたいな……」

 マグカップに目を落とし呟いた。



「そうだな。その為にもしっかり治してくれ」

 リーンは笑う。彼女の右肩には包帯が巻かれ痛々しい。




「だね、このままじゃギターも弾けないよ」彼女は壁に立てかけてあるギターを見た。



「ありがとうね、ギター(あれ)は売らないでいてくれて」



「だけじゃないさ。鞄の中味は全部、俺の部屋にある」

「うん。分かってる」それでもありがとう、とリーンは続けた。




「ギターだけは、今のところ代わりはないから」

 ここは歌のない異世界(せかい)だ。今までもリーンの歌声は僅かながらでも世界を変えてきた。ギターは、リーンと同じく、別の世界からやって来た人間が製作してくれたのだった。



「とにかく安静にしてくれ。また見に来る」ファンテは立ち上がる。自室に戻るようだ。



「うん。頑張って元気になるよ」彼を見上げた。窓から差し込む陽光が、彼の銀髪を鮮やかに照らした。

 ――ほんと、相変わらずイケメン爽やかさんだな……。

 いつもの感想を思った。










 一週間後、リーンは久しぶりに宿を出た。右腕は吊り下げたままだが顔色はもうすっかり元通りだ。



「や、こっちの世界の医療に初めて触れたけどさ、全然まともだったよ」

「そうなのか。俺には想像することも出来ないが、まあ、良かったよ」

 二人は晩御飯を食べるため、夕方の街を歩いている。大通りには相変わらず人が満ちていて、活況を呈している。人混みを避けるように二人は脇道に逸れ、何度か行ったことのある店に入った。窓側の席に腰を落ち着け、やって来た給仕に適当に料理を注文した。






「これからどうしよっか」リーンは頬杖をつき、窓の外をぼんやり眺めた。



「世界新党の残党がお前を……なんて考えても仕方ないか。あの転移魔法の奴らは拘束したしな」

 ファンテも窓の外を眺めた。夕方だからか、仕事終わりの人波が忙しなく流れていく。




「転移魔法で逃げられたりしないの?」

「ああ。魔法を封印されるんだよ。刑期を終えるまでは解除されない」ファンテは給仕が持ってきた料理を受け取りテーブルに並べる。リーンは左手しか使えないので手づかみ出来るパンと揚げ物、ファンテは肉料理の皿だ。




「私、海、見たいな」もぐもぐとリーンは呟いた。

「いいね、俺も見たい」

 じゃ、決まりね――パンを飲み込んだ。




「ん……何だ?」ファンテが窓の外に視線を固定する。つられて外を見たリーンは、通りからこちらを見ている若い男と目が合った。



 ――さっそく残党か?

 緊張が走る。男はリーンの顔を確認して、弾かれたように店内に入ってきた。テーブルに歩いてくる。




「何だ、お前」ファンテは右手にさっきまで食事に使っていたナイフを握る。

「あ、いや……」男は首筋に手を遣り何故か涙目だ。




「私に何か、用ですか?」リーンも少し強張った顔で問いかけた。



「俺、ミカミって言います。ミカミタクヤ。間違ってたらごめんなさい。ひょっとして――松崎リーン、さんですか?」



 彼女が息を呑むのが分かった。リーンは、戸惑いと喜びの相半ばする顔でタクヤを見た。




「はい」短く答える。



「やっぱり!」タクヤは人目も構わず両手でガッツポーズ(・・・・・・)を作る。



「おれ、大ファンだったんです! ファンクラブにも入ってて。まさかここで会えるなんて!」

 今にも手を取らんばかりの勢いだ。




「ど、どうも……」リーンの声、タクヤは勢い込む。

「でも、ここにいるってことは……やっぱり」

 彼の瞳が涙に浮かんだ。タクヤはその先を言葉にしなかったが、リーンには分かった。湿っぽくならぬよう笑顔を向けた。




「あー、うん。私、死んだんだよ」

 タクヤは戸惑って微笑む。寂しげにこう言った。




「向こうの皆はまだ信じてますよ、絶対にどこかで生きてるって。だって、あなたは武道館で」



 失踪したことになってますからね――。






 リーンの目が大きくなる。





「それ、本当ですかっ」知れず立ち上がる。肩に衝撃、痛みにうずくまった。ファンテがテーブルを回り込んで駆け寄る。




「ありがとう、ファンテ。あの、タクヤさん」





 タクヤはおろおろとリーンを見ていた。

「詳しく話を、聞かせて貰えませんか?」

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