魔神の降りたつ場所へ到着です ②
「ふんふんふ~ん」
トリツィアは機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら、軽い足取りで歩いている。
そんな風に涼しい顔をしているのはトリツィア、オノファノ、マオだけである。
今、トリツィアたちは魔神が現れると言われている山の頂へと向かっている。
その山はほとんど人が足を踏み入れないような場所である。昔は人が入っていた名残だろうか、少し道の跡がある程度である。ほとんど自然に帰り、ごつごつとした石が転がっている。
整備があまりされていない山道というのは、危険な場所である。
魔物の間引きなどもされていないので、想像出来ないような強大な力を持つ魔物が生息している可能性もある。
そんな山道にもかかわらずトリツィアはいつも通りだった。
巫女姫はその後ろをついていきながら、トリツィアの凄さを実感していた。
(本当にトリツィアさんは体力も底なしなのね。こんなに歩きにくい場所をものともしないなんて……)
巫女姫がトリツィアのことを羨望の目で見てしまうのは、あまりにも
こういう足場の悪い場所だと、普通なら通常通りの移動は出来ない。しかしトリツィア、オノファノ、マオにとっては平坦な道も足場の悪い道も変わらないのだろう。
(普通の人が足を踏み入れることのできない場所にだってトリツィアさんは行けそうだわ。トリツィアさんは何処にでも行ける人で、何だって出来る人。……なのに下級巫女として過ごすことを望んでいる不思議で、変わっていて、だけど凄い)
どんな場所にだって、きっとトリツィアは飛び立つことが出来る。
そもそも大神殿で下級巫女をしているような人材ではない。その才能はなんだって出来るものだから。
それでもトリツィア自身は下級巫女としての穏やかな日々を気に入っている。
「あ」
考え事をしながら歩いていたからだろう。巫女姫は足を踏み外してしまう。慌てて騎士が巫女姫を支える。
「巫女姫様、大丈夫ですかー? 歩きにくいならさらって整地しちゃいます?」
「大丈夫よ、トリツィアさん」
トリツィアが何気なく問いかけた言葉を、巫女姫は拒絶する。
幾らトリツィアが凄い力を持つ少女で、その力をもってすればなんでもできるとしても――それに甘え続けてはいけないから。
そうすることでどれだけ楽が出来たとしても、あくまでトリツィアは巫女姫が希望したからついてきてくれただけであって、本来ならばここにいることもない存在だから。
(……トリツィアさんの力に甘えようとは考えてはいけない。私は私の手で魔神をどうにかすることが必要なのだから)
巫女姫はそんなことを考えながら、態勢を整えてまた歩き出す。
トリツィアは権力や功績というものを求めていない。それでいて巫女姫への手助けも巫女姫が望むのならば善意でするだろう。それでいてそれが巫女姫一人の功績として世の中に広まったとしてもトリツィアは特に気にはしないだろう。
――それが分かっているからこそ、巫女姫はその力に縋り続けてはいけないとそう思っているのだ。
「トリツィアさん、私が本当にどうしようもなかったら……世界のためにも手出しをしてほしいです。でもそうでなければ見守っていて欲しいです」
「もちろん、そのつもりですよー。巫女姫様が死んじゃったりしたら私悲しいですし! 知っている人が亡くなってしまったりすると悲しい気持ちになってしまいますからね!」
巫女姫が決意するように言った言葉にもトリツィアは相変わらずいつも通り、ただただ無邪気である。
「ありがとうございます。トリツィアさん」
巫女姫がそう言って笑えば、トリツィアも笑った。
さて、そういうやり取りは周りの神官や神殿騎士たちの前で行われていた。トリツィアのおかしさは周りも理解していても巫女姫にそんな風に頼まれるほどとは思っていなかったのだろう。その真意を聞きたそうに、視線を巫女姫に向けている。
「トリツィアさんは下級巫女ですが、私よりもその力が強いのです。仮に私が魔神への対処を誤ったとしてもトリツィアさんは動いてくれると思います」
「……巫女姫様より力があるなんてことがあるんですか?」
「ええ。誰よりもトリツィアさんは巫女としての力が優れています。ただトリツィアさんは下級巫女として生きていくことを望んでいるので、下手な手出しをすることは禁じます。それでトリツィアさんが居なくなってしまうのは困りますから。わかりましたか?」
巫女姫の言葉が何処までも真剣さを帯びていたからであろう。周りにいた神官と騎士たちは頷くしかなかった。
「ありがとうございます。納得してくれてよかったわ。万が一の時はトリツィアさんに力を借りるかもしれないけれど、魔神への対処を課せられているのは私なのだから、私が出来る限り対処をする予定です。なので、その力は貸してください」
「はっ」
そして助力を求める言葉に、彼らは恭しく頷くのだった。
――そんな会話を交わした後、しばらく歩いて山頂へとたどり着いた。




