楽しく散歩しながら、遠征です③
「な、なんですかその男たちは」
「盗賊ですよー。この野営地狙っていたのでとっちめました!」
トリツィアたちは盗賊たちのことを拘束している状況である。屈強な男たちを簡単にどうにかして満面の笑みを浮かべる愛らしい少女……。
それを目撃した神官は信じられないものを見るようにトリツィアのことを見ている。
「……本当に、この状況を貴方たちが作ったんですか?」
「そうですよー。盗賊はさっさと対応するのが一番ですからね!」
トリツィアは当たり前のように、元気よく答える。
盗賊たちのことは殺していない。生け捕りにしてぐるぐる巻きにして捕まえている。
拘束されている盗賊たちの中で意識を取り戻した者は、トリツィアに対して化け物を見るような視線を向けている。逆らう気もないようである。
無邪気に笑う下級巫女、それを恐れる拘束された盗賊たち。
……報告を受けた神官は本当にもう混乱している。
「騎士たちに突き出しちゃいましょう! このまま野放しにしたら悪いことしそうですからね!」
「……それはそうですが、今回の旅には厳選された人数しかいません。この少ない人数でこれだけの数の盗賊たちを連れていくのは難しいです……」
その神官も盗賊たちを野放しにすべきとは思っていない。まっとうな神官なので、盗賊たちのことは対応をしたいとは思っている。とはいえ、幾らどうにかしたいと思っていても人手が足りなければ対応のしようがない。
だからこそ、このまま盗賊たちを置いていくという選択をしなければならないと神官は頭を悩ませている。
そんな神官に向かってトリツィアは相変わらず軽い調子で告げる。
「大丈夫ですよー。私とオノファノとマオで連れて行きますから」
「……どうやって? 結構な人数いますよ」
「歩かせればいいですし、嫌がるなら全員紐で結び付けて引っ張ればいいです」
「……引っ張ればいい?」
「はい。こう、ぐいって」
普通なら華奢で愛らしい少女が、屈強な男たちを引っ張っていくなんてありえない。しかしトリツィアはそのくらい当然出来るといった様子でいう。
その神官もトリツィアのその様子に、本当にそれが出来るかもしれないというそういう思想に陥った。
トリツィアに対してなんと返事をするべきか神官が悩んでいると、「トリツィアさん、何があったのですか」と巫女姫が天幕から出てきた。
トリツィア、オノファノ、マオで盗賊たちを捕まえてきたことはそれはもう騒ぎになっていた。これだけの数の盗賊たちがこの野営地を狙っていたこと、その盗賊たちをトリツィアが捕まえたことで騒がない方がおかしい。
「巫女姫様、こんばんは!」
「こんばんは。それでこの方たちは?」
「盗賊です! この野営地狙っていたのでとっちめました」
「まぁ! そうなのですか。ありがとうございます。トリツィアさん。それで何をもめていたのですか?」
「もめていたわけではないですよー。この捕まえた盗賊たちを騎士に突き出すのに人手が足りないって言われました。だから私とオノファノとマオで引っ張って行こうかなーって。いいですか?」
「……トリツィアさんがそういうのならば出来るのでしょう。もちろん、大丈夫ですよ。それにしてもトリツィアさんが居なければこれだけの数の盗賊たちに襲われていた可能性があったのですね。本当に感謝します」
「お礼はいいですよ。私が気づいたからとっちめただけですから!」
巫女姫は心からトリツィアに感謝の言葉を口にしている。
巫女姫という立場の人間に恩を与えたのならば何か見返りを求めるものの方がずっと多い。……だけどトリツィアは当たり前のように無邪気に笑って、そんなものを求めない。
そういう所がトリツィアらしいなと巫女姫は思わず笑ってしまう。
「あとで美味しいものをおごらせてもらいますね。それに盗賊たちを捕縛した報酬はトリツィアさんに渡しますから自由に使ってくださいね」
「はーい。夜の間、こいつらが悪さしないようにちゃちゃっと、閉じ込めておきますねー」
トリツィアはそう言って笑うと、結界を構築する。
それは巫女姫レベルの使い手でないと、認識できないほどに自然に――まるでそこに何もないかのように思える結界。その結界で覆われた盗賊たちは、そこから出ることは叶わない。
「相変わらず美しい結界ですね」
「褒めてくれてありがとうございます! 夜なので、私は寝ますねー。寝ている間も結界は解けないので、このまま放っておいて大丈夫ですから」
「わかりました。お疲れ様です。トリツィアさん。おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
夜は規則正しく寝ると決めているトリツィアなので、そのまま用意されている天幕へと楽しそうに戻って行った。
「巫女姫様、あの下級巫女はなんなんですか……?」
残された神官は、トリツィアの後姿を見ながらそんなことを問いかける。
「トリツィアさんはトリツィアさんですわ。あとトリツィアさんの行動の制限やトリツィアさんのことをむやみに人に話すことは禁じますから、そのあたりもよろしくお願いしますね」
巫女姫は神官の問いかけにそう言って笑うだけだった。
――流石にトリツィアが女神をその身に降ろすことが出来るような存在だなんて言えるはずもない。




