魔神がやってくるようです ②
「へぇー」
巫女姫からわざわざ至急で届けられた手紙を見たトリツィアの反応は本当に平坦なものだった。
……あの巫女姫からの至急の手紙を読んでそんな態度が出来るのなんてトリツィアぐらいであろう。
この場に居るのは、手紙をわざわざ持ってきた神官長のイドブと、護衛騎士のオノファノだけである。
「……トリツィアよ、巫女姫様からの手紙には何が書かれていたのだ? 至急で届けられたものなのだから、それはもう大変なことが書かれているのだろう」
「そうですねー。えっと、神官長は口が堅いですか? 巫女姫様が極秘案件って言ってますし。信用できる相手にはいってもいいといってますけど」
トリツィアが軽い調子でそういえば、イドブは息をのむ。
トリツィアがこんなに軽い調子でも巫女姫が至急で、極秘案件などというものである。確実に聞いてしまえば後には戻れない……そんな話であることは想像が出来たから。
しかしイドブは覚悟を決めたのか、真剣な表情でトリツィアを見て言う。
「私が極秘案件を外に言いふらすようには見えるか? 神に誓ってこの場で聞いたことを周りにいわないことを誓おう」
「んー、じゃあいいか。今、神に誓いましたしね」
「お、おう」
……トリツィアという力が強い巫女の前で、神に誓った。
その誓いは本当に神へと届いている。
その事実をイドブは理解していないが、ひとまず頷く。
「巫女姫様は魔神が現れると言っていますね」
「は!? な、ななんだと」
「神官長、いきなり声をあげないでください。耳が痛くなります」
「いやいや、トリツィアよ、なぜそんなに落ち着いている!?」
「大丈夫ですよ。というか、大丈夫にするために巫女姫様、わざわざ手紙書いてきたんですし」
さらっとトリツィアはそんなことを言って、叫んだイドブを煩いなとでもいう風に見る。なんとも緊張感がない。
魔神というのは、仮にも神の名がつく存在である。
トリツィアがペットにしている魔王よりも恐ろしい存在であると言えるであろう。それこそトリツィアが再封印しなおした邪神と同じようなものだろう。
そんなものが人の世に現れるかもしれない――それはその報せを聞いたものを絶望させるのには十分な情報だった。イドブはトリツィアが言った言葉でなければそんな与太話のような真実を信じることはなかっただろう。
「……トリツィアよ、どうにかできるのか?」
「さぁ? でもとりあえず詳しい話を聞きに巫女姫様に会おうかなーって思っているんですけど、いいです?」
「……もちろんだ」
トリツィアは全く持って動じた様子はなく、本当にいつも通りである。
まるでちょっとしたお使いを頼まれた子供か何かのように、ただただ無邪気で、能天気な様子を見せている。
そんな様子を見ていると、イドブも落ち着いてきた。
目の前のトリツィアがこれだけいつも通りならば、きっと先ほどの言葉通りに本当に大丈夫なのだろうと理解した様子である。
「トリツィア、巫女姫様はなんて言ってるんだ?」
「んー、あんまり詳しくは書いてないよ。いってから聞く形かな」
「そうか……。まぁ、巫女姫様が自力でどうにか出来ることはしてもらった方がいいだろう」
「それはそう。一旦私に魔神のことを知らせてどうしてほしいのかとかも詳しく聞かないと!」
ずっと黙ってトリツィアとイドブの会話を聞いていたオノファノも、いつも通りの様子でトリツィアと話し始める。
その動じることのない様子を見ると、イドブはやはりこいつもトリツィアの幼馴染であり想像以上に色々おかしいのだなというのを実感していた。
オノファノはトリツィアに比べてみるとまだ普通に見える。しかしそれはトリツィアに比べたらの話である。
オノファノにとってみれば、魔神が現れたとしてもそれはそれと思っているのかもしれない。トリツィアがどうにか出来るならそれはそれだが、出来ないならそれはそれで自分の力でどうにか出来ると思っているので特に気にすることではないのだろう。
「オノファノも、巫女姫様のところ一緒に行く」
「ああ」
「魔神が大人しくしているならそれでいいけれど、そうじゃないなら色々考える!」
トリツィアは元気よくそんなことを告げる。
魔神なんて物騒な名前の呼ばれ方をする存在が大人しくするなんてありえない。しかしそうであればいいなとそんな風にトリツィアは思っていた。
イドブはそんな会話を聞きながら、ひとまずトリツィアとオノファノに任せておいておけば問題ないと判断したらしい。
「……上手くいかなかったときのみ報告してくれ」
イドブはただそれだけ言うとそれ以上聞くことはやめたのであった。
そしてそれから数日後、トリツィアとオノファノは巫女姫から詳しい話を聞くために総本殿向かうのであった。
ちなみにマオは置いていくことになった。その間、シャルジュにマオの面倒を見るのをトリツィアは頼むのだった。




