邪神は既に封じ込めてある ①
7/22 二話目
ドーマ大神殿には、いくつかの逸話がある。
その一つが、その土地に邪神が封じ込められているというもの。この世界、女神であるソーニミアが過去に人間として生きていた世界とは違い、神というものが人間に近い位置にいる。それこそ、善良な神だけではなく、邪悪なる神も。
「ふんふんふ~ん」
藍色の美しい髪の少女が、楽しそうに鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いている。
小さな少女は、このドーマ大神殿で過ごしている下級巫女の一人である。
しかし下級巫女とは名ばかりで、日に日に力をつけている少女であると言えるだろう。
十一歳にして、凄まじい力を身に着けている彼女は、巫女生活を楽しんでいる。
ある日のことである。
彼女は、親愛なる女神様からの切羽詰まった言葉を聞いた。
女神様の声を聞けるようになって、二年。まだまだ彼女は女神様の言葉を常に聞けるほどの力を持ち合わせていなかった。
『トリツィア!! 逃げなさい!! 邪神が復活するわ!!』
親愛なる女神様――ソーニミアの言葉を聞いたトリツィア、当時十一歳はその言葉を聞いても逃げなかった。
あろうことか、邪神が封じられていると言われているドーマ大神殿の北側に位置する石碑の元へと向かったのである。
トリツィアは、敬愛なる信徒である。巫女としての責務を喜んでこなし、ソーニミアを敬愛している。女神様の敵である邪神なんてものが目覚めるというのに、信徒である自分が逃げるのは……と思っていたのもあるだろうが、個人的に邪神というものがどういう存在であるのか気になっていたというのもある。
トリツィアは、好奇心旺盛な少女であった。それでいて、自由に生きられるだけの力をその段階で既に身に着けていたのだ。
邪神が封印されているという石碑は、『はじまりの巫女』が邪神を封じるために作ったと言われているものである。
その十一歳のトリツィアよりも背の高い石碑には、古語が書かれている。古語もマスターしているトリツィアには、その書かれている意味も分かった。
『この地に邪神を封じる。
四百年の時を得て、この邪神よみがえるだろう』
そんなことが描かれた石碑。所々がもう読めなくなっているが、大体そんなことが書かれている。
今まで『はじまりの巫女』の聖なる気が充満していた石碑は、その日は邪神が復活するためか、邪悪なる気が漂っている。
つい先ほど、邪神を封じるためのものが解かれたのだろう。
何だか不気味な雰囲気が漂っている。
「――ふーん、あれが、邪神?」
トリツィアは、その石碑から這い出ようとしている黒い不気味な何かを見ても平然としていた。
その黒い不気味な何か――恐らく邪神であるその存在が、トリツィアが思うよりも力がなかったかもしれない。
『巫女か。我が名は――』
「はいはい。煩いよー。何で私が巫女になって二年でこんな面倒なのが復活するのかねぇ。もー、女神様にとっても邪魔でしょ」
トリツィア、魔力を帯びた手でがちりとその黒い存在を掴む。
掴まれた邪神、慌てる。
『なっ、我は――』
「名乗りとかいらないから、んー、今の私じゃ消滅は無理か。じゃあ……」
トリツィアは、折角よみがえったばかりの邪神の話など聞かない。あくまで自分のやりたいようにする少女である。
『え、ちょ、ま、何を――』
「もうちょっと眠ってて」
トリツィアは、そういうとその邪神を石碑に再度封じ込めた。
石碑の中に無理やり突っ込んだ後、術式を複雑に組んでいく。そしてそれは封じ込めた邪神が出てこられないように、それでいてその力を弱ませるようにという願いが込められている。
その願いは、トリツィアの内にある聖なる力によって体現する。
「消滅は出来なくても、弱らせは出来るもんね。これで女神様も喜ぶはず。それに邪神なんて復活してもいいことないもん。良いことした」
トリツィアは、物言わぬ石碑を見てにこにこと笑ってその場を去っていった。
――そしてそれから四年が経過した。
「『はじまりの巫女』様の封じた邪神は、四年前に復活すると言われていた。しかしその邪神はいまだに復活していない。我らは邪神が復活した時に常々備える必要があるのだ」
本人と女神様たち以外は、邪神が再度封じ込められたことなど知らないため、そういう教育が巫女にはされている。
ちなみに弁明をするなら、トリツィアは邪神を封じ込めたことは報告している。しかしただの十一歳の巫女がそんなことをしたなどと信じられなかったため、虚言と思われているのである。
『邪神なんてトリツィアが既に封じてるのにね』
(皆信じなかったんだから仕方ないですよ。それに邪神がいつか復活するかもと思わせた方がきっと神殿のためですよ。力もつくし)
『ふふ、あの時は止めているのに邪神の石碑の方に行くから本当に焦ったわ。自分の力でどうにかしちゃったのにも驚いたけれど』
(だって出来そうでしたから。それに邪神が復活してもよいことは何もないですしねー)
神官の言葉を聞きながらトリツィアは女神様と会話を交わす。