暗殺者に狙われているようです。③
この国でも有数の裏組織に、下級巫女トリツィアの殺害依頼が下ったのはつい先日のことである。
その裏組織は、この国に根付いてたった三年。しかしその間で数々の依頼をこなし、名を馳せてきた組織でもある。
今回の殺害依頼は、大神殿の下級巫女。
平民の出だという愛らしい少女、トリツィア。
王族に身分不相応にも近づこうとした不届きな平民。
それでいてその少女が亡くなれば第二王子は嘆き悲しむだろう。
トリツィアの命が狙われているのは、本当にそんな第二王子を落胆させるためというそれだけの理由である。第一王子と第二王子は正妃の息子。順当にいけば第一王子が王位を継ぎ、第二王子はそのスペアというか、何かあった時の代わりである。
側妃にも王子がいるため、そのあたりの権力争いはそれなりにこの国で行われている。
トリツィアを殺そうとしているのは、ただの嫌がらせのようなものである。
平民一人の命なんて、そういう権力者たちからしてみれば軽いものである。この世界では平民の命は簡単に飛んでいく。
――今回の依頼も裏組織からしてみれば、不運な平民の命を狩るだけの仕事。そんな簡単なものだったはずである。
一応、彼らはトリツィアの情報を集めはしていた。
下級巫女でありながらドーマ大神殿の中で特別視されており、巫女姫とは知り合い……しかしそれ以上の情報は彼らには集められなかった。
もう少しきちんと調べればトリツィアの規格外さが分かったかもしれないが、彼らは表面上のそうした情報を知ってトリツィアのことを身分不相応に権力者に近づこうとする、成り上がりを目的としている巫女と判断したようだ。
確かにトリツィアは巫女姫や王子という存在と関わりがあるが、それはトリツィアが求めたものではない。
そうして彼らはトリツィアの異常性を理解しないままに、トリツィアに襲い掛かってしまった。
人数は五人ほど。
手練れの暗殺者たちが五人も存在していれば、普通ならば失敗することなどありえない。
ドーマ大神殿に侵入することは出来た。その場を守る騎士たちを眠らせ、侵入し、トリツィアの元へ行くことは案外たやすい。
トリツィアは大神殿の中では身分が低く、そういう護衛などは少ないので彼らは五人で十分だと判断したのだと思われる。
……トリツィア自身が規格外すぎて下級巫女とはいえ、護衛などいなくても問題がないということを彼らは理解していないのだ。
トリツィア一人ぐらい五人いれば問題ない、などと勘違いしていた彼らはすぐにその思い違いを知ることになる。
気配を消してその場に居たはずの一人がぶっ飛んだ。
「本当にトリツィアを狙いに来ているのか。なんて命知らずな……」
呆れたような視線を暗殺者たちに向け、焦り一つ見せていないのはオノファノである。
オノファノからしてみればトリツィアの命を狙うなんて命知らずであるとしか言えなかった。しかもたった五人でトリツィアをどうにか出来るはずなどまずありえない。
一人が殴り飛ばされたことに他の四人は驚いたものの、オノファノのことを放っておいてトリツィアを殺すという目標を達成するために動き出した。
オノファノが他の四人をそのまま行かせたのは、見逃したからである。
トリツィアはただ守られてはくれない。そんなに大人しくはなく、自分を狙ってくるようなそういう存在が居るのならば自分の手でどうにかしようとするのである。
あとマオも「ご主人様を狙う輩は我もどうにかする」などと気合を入れていたので、何人か任せることにしていたのだ。
オノファノを躱したつもりでトリツィアの元へ向かった四人のうち二人は、マオによって止められた。
見た目はただの飼われたペットにしか見えないマオが立ちはだかる様子には、彼らはさぞ困惑したことだろう。
幾らトリツィアとオノファノの前ではただのペットでしかないとはいえ、マオの本質は魔王である。人族全てを恐怖に陥れると言われている悪。そんな化け物相手にただの暗殺者が立ちはだかれるわけがない。
彼らは仲間がただのペットにやられたことに驚愕したものの、それで依頼を達成しないなんてことはあり得ない。
残りの二人はトリツィアの元へと向かった。
……前に居る神殿騎士とペットよりも、暗殺対象の方が危なすぎる存在であるなどと彼らは思いもしないのだ。
「どうしてこういう人たちって夜に来るの? 夜は皆寝る時間なのに」
暗殺者たちが押し掛けたのは、人気がない夜中である。
基本的に規則正しい生活を送っているトリツィアにとって、夜中にわざわざ襲撃を仕掛けてくる連中はただの睡眠妨害してくる連中である。
不思議そうに問いかける姿には、恐怖心は全く見られない。
気配を殺して近づいたはずなのに見つかってしまったこと。
そして全く怯えもせずにただ疑問を口にしていること。
トリツィアが普通ではないと彼らは思ったが、それでも見た目がか弱いトリツィアぐらいどうにか出来ると無言で襲い掛かり――その後、彼らはなすすべもなく捕まった。




