暗殺者に狙われているようです。②
「お姉さん、暗殺者に狙われてるの? お姉さんを狙うなんて命知らずだね」
そんなことを言いながら楽しそうに笑っているのは、『ウテナ』の少年シャルジュである。
『ウテナ』は色んな国の暗部のこともそれなりに知っている集団である。とはいえ、トリツィアを狙うことに関しては命知らずだと思って仕方がない。
「狙ってくるなら全員ぶっとばすよー」
「お姉さんなら問題がないとは思っているけれど、何かあったら僕たちにも声をかけてね。僕ら『ウテナ』はお姉さんに忠誠を誓っているんだから」
シャルジュはそんな風に笑った。
「ところでお姉さん、このペット、普通のじゃないよね?」
シャルジュはそう言いながら、興味深そうにマオを見ている。
マオはシャルジュと会うのは初めてである。そして互いになんだこいつという風に見ている。
「なんだこいつ」
「わっ、お姉さん、これ喋ったよ!!」
「マオはね、魔王らしいよ」
「え。魔王なの? そんな物騒なものをお姉さん飼ってるの?」
シャルジュは驚いた顔をして、トリツィアのことを見る。
シャルジュも魔王のことは知っている。人族を絶望に追いやる悪の存在。勇者が倒すべき世界の悪。
――そういう存在のはずだ。
だけど、シャルジュの目の前にいる魔王はただのペットである。
トリツィア以外のものが魔王をペットにしたなんて言えば信じることが出来なかっただろうが、トリツィアが嘘を言うとも思っていないのでシャルジュはまじまじとマオのことを見る。
「この前、私のことを攫いに来たからペットにした」
「へぇ……お姉さんのことを攫おうとするなんて、魔王って命知らずだったんだ。世の中には本当に命知らずな人が多いね」
シャルジュはそんなことを言いながらマオのことを撫で始める。
もふもふとしたその毛並みを触りたくなったのかもしれないが、相手が魔王だと知った上で撫でるあたりシャルジュも中々度胸がある。
「我の頭を撫でるとは無礼な!!」
「魔王っていったって今はお姉さんのペットでしょ。あ、でもお姉さん、僕じゃ魔王には勝てないだろうから何かあったら助けて!」
「うん。悪いことするならちゃんと躾けるから大丈夫」
トリツィアはそう言いながらにこにこしている。
そういうわけでマオはシャルジュにされるがままだった。
「ところでお姉さん、なんで暗殺者なんかに狙われることに?」
「この前王子様が恋愛相談に来た」
「ははっ、お姉さん、王族から恋愛相談とか受けているの? 本当にお姉さんは規格外で面白いね」
「うん。ツンデレな婚約者の本音を知りたいって言ってたから」
「ツンデレ?」
「大好きだけど素直になれない系の人のこと。それで個人的にやってきたから、なんかその関係っぽい」
「へぇ……。それにしても王族が会いに来たからって何をもってしてお姉さんを排除したいんだろうね?」
「私には全然分からないよ」
「王族を狙っているとでも思われているのかな? お姉さんの前では権力とか関係なさそうなのにね」
シャルジュはそんな会話をトリツィアとしながらも、ずっとマオを撫でている。よっぽど撫で心地が良いのだろうか。
「ご主人様を狙うのは、本当に愚かだ。この我でさえもどうにも出来ない存在がただの人にどうにか出来るはずなどない!!」
「魔王でもどうにも出来ない存在が相手だなんて向こうは思ってなさそうだもんね。お姉さんって見た目だけは凄くか弱いから」
「ご主人を狙う存在はかみ殺しておこうか」
マオがそういう言葉を口にしたのは、トリツィアに完全降伏しているからに他ならなかった。
トリツィアが手をだすまでもないと思っているのだろう。
「マオはただの私のペットなんだから、私に守られて過ごしていればいいんだよ? ペットは飼い主が可愛がって守るものだって女神様言ってたし。あとなるべく生け捕りの方がいいからね」
トリツィアにとってあくまでマオは魔王だとかそういうのは関係なくペットでしかないようである。
「はははっ、お姉さんは本当にお姉さんだよね。相手が魔王でも本当にペットとしか考えていないのがお姉さんらしいよ」
「だってマオは私のペットだもん」
「お姉さんを狙うとなるとお兄さんも出てくるだろうし。魔王だっているし。うん、お姉さんを狙う人に同情する。ただの下級巫女と思ってお姉さんを狙ってくるんでしょ? 本当に可哀そうなぐらいだよ。僕たち『ウテナ』だってお姉さんの後ろには控えてるし」
シャルジュは楽しそうに笑いながら、そんな風に口にする。
肩書は下級巫女。ただしその力は並の巫女よりも強く、その傍には中々ぶっ飛んだ神殿騎士がおり、魔王までペットにしている。それでいて『ウテナ』もその後ろにいる。
そういう事実だけを並べてみると、トリツィアに手を出さない方がいいのは一目瞭然である。
――しかしそんなおかしな事実を知らないからこそ、暗殺者はトリツィアを狙った。
その夜、彼らは大神殿に潜入する。




