暗殺者に狙われているようです。①
「ほら、マオ、これ美味しい?」
「わふぅ」
「よしよし」
トリツィアが笑顔で、マオにご飯をやり、その頭を撫でまわす。
……魔王であるマオは、すっかりトリツィアに従順していた。逆らうことは出来ないことはもう百も承知である。
それにマオにとって、このペット生活は案外悪いものではなかった。
今まで気を張って、魔王としての自分を誇りに思い、動き続けていた。
――それが今は、ただ食事をして、寝て、身体を動かしてというそういうだらだらと過ごせる。それはそれで生活する分には楽なのである。
すっかりトリツィアとオノファノの前に服従してしまったペット。そうとしか言いようがない。一応魔王であるが、この姿を見てマオが魔王だなんて思う存在は居ないだろう。
「トリツィア、マオに餌をやってるのか」
「うん」
「なんだかんだ可愛がっているよな」
「だって私のペットだしね。ペットは大切にした方がいいって女神様も言ってたよ」
「そうか」
「うん。じゃあマオ。私は仕事行くからまた来るからね。いい子にしてるんだよ? 本当にいい子にしてたら自由に歩き回らせることも出来るかもだからね?」
「トリツィア、流石に魔王は野放しにしない方がいいと思う」
「んー、今のマオなら大丈夫じゃない? 何かしでかしたら私とオノファノでどうにかすればいいし」
「まぁ、それはそうだけど」
人類を絶望に追いやる魔王をトリツィアは本当にペットとして可愛がっていた。
さてそんな会話を交わした後、トリツィアはいつものように下級巫女としての雑用に向かった。
「ふんふんふ~ん」
今日歌っているのは、女神様から教わった異世界の歌である。どこか不思議なリズムの歌は、歌っていて楽しいものだ。
巫女として舞や歌を神にささげることも多いトリツィアは歌も上手かったりする。女神様との女子会の時に歌うようにせがまれて歌うこともある。
ただ周りからしてみれば女神様に教わった歌というのは知らないので、トリツィアが不思議な歌を歌っていると若干不気味がられていた。
『あら、トリツィア。今日も楽しそうね。教えた歌を歌ってくれているのね』
(女神様、こんにちはー。女神様から教わった歌はしっかり全部覚えてますよ! 女神様が教えてくれた大切な歌ですし)
『あら、トリツィアは本当に可愛い子ね。教え甲斐があるわ』
今日も女神様は、トリツィアに話しかけていた。
トリツィアは掃除を進める傍ら、脳内で女神様と会話を交わす。
(女神様の居た世界の曲って不思議なもの多いですよね。なんだか楽しそうなのも多いし)
『悲しい雰囲気の歌とかもあったわよ? ただ私がそういう歌の方が好きだったからそういうのしか覚えてないのよ』
(女神様が好きだった歌を聞けるなんてすごく最高ですね)
『学生時代にカラオケでよく歌った曲なのよ』
(カラオケって歌える娯楽施設って言ってましたっけ?)
『そうよ。学生の頃よく行っていたの』
女神様はこうやって元々人間だった頃過ごしていた異世界の話をトリツィアにしてくれる。
トリツィアがその話を楽しそうに聞くから話しやすいのだろう。
トリツィアが聞く女神様が元居た異世界は、この世界とはだいぶ違って面白いのである。
(そのカラオケってものを、疑似的に作って女子会で遊びます? 私と女神様なら出来そうです)
『まぁ! それは楽しそうだわ。精霊たちも呼んで音を鳴らしてもらいましょう』
(音を鳴らしてもらった方がいいんですか?)
『そうね。カラオケにはタンバリンとかおいてあるものだもの。精霊たちに音を鳴らしてもらって楽しく歌うのもありよねぇ。防音はちゃんとしなければならないけれど』
(そのあたりは女神様に任せます! 楽しくそのカラオケっていうのをやってみましょう)
『ええ! トリツィアとの次の女子会が楽しみだわ』
友達同士のように、トリツィアと女神様はそんな会話を交わして次の女子会の約束をしていた。
『そういえばトリツィア、別の話なのだけど、ちょっと狙われているみたいだから気を付けて』
(んー? 私を狙う人? なんで?)
『この前、王族と関わっていたでしょう。その関係みたいよ。トリツィアなら大丈夫だと思うけれど念のため気を付けなさいね。本当にまずそうだったら私を降ろしなさい』
(そうなんですねー。了解です! 私は自分で解決できると思うので大丈夫ですよ。でも何かあったら女神様に声かけますね! 私も痛い目見るのは嫌ですし)
『ええ。そうしてちょうだい』
そういう会話をしながらも、トリツィアは元気に掃除中である。
そうしてその時の会話は一旦終わった。
(私を狙う人かぁ。王子様関連って話だけど、どういう理由だろう? 偉い人は何を考えているかも分からないし、私が理解出来ない理由かな? 一応オノファノにも言っておこうかな。あとその連中を捕まえたら王子様には連絡しておいた方がいいかな)
トリツィアは女神様が一旦頭の中から去った後、そんなことを考えていた。
トリツィアにとって、狙われていようが動じることではないのであった。




